破滅フラグからの結婚破棄。でも、ご心配には及びませんわ。我が名はアンジェラ・ビュシュルベルジェール。公爵令嬢ですわよ。

悟房 勢

第1話 運命の出会い


 東の森でお茶会でもどうですかって、下僕どもが珍しくいうものですから、百歩譲って付き合ってあげたのです。


 私としたことが大失態でしたわ。我が家に仕える下僕どもがりすぐりだと自負しておりましたの。これほど無能だなんて。まぁ、どんなに優れていようとも平民なぞはそんなものかもしれませんね。


 甘い顔を見せたらこの通りですもの。帰ったらちゃんと立場を分からせてあげて、二度と私に軽々しく声を掛けさせないよう厳しく処罰いたすとしましょう。


 それはそうと。だあれもいらっしゃらないのですね、枯れた大きな木に剣で打ち付けられた殿方以外は。


 屋敷にある蝶の乾燥標本みたい。まぁ、あれは瑠璃色の羽で綺麗でしたけど、この殿方は白骨死体。しかも、礼儀もお知りにならない。不遜にもこの公爵令嬢アンジェラ・ビュシュルベルジェールに話しかけてこられる。


 何度もこの場を離れましたのよ。ですが、なぜか必ずここに戻って来る。そして、この殿方はこうおっしゃいますのよ。


「剣を抜いてくれ」


 骸骨風情が誰にものを申しているのかしら。下僕どもの言葉を聞いたばっかりにこうなってしまって、今度は骸骨の殿方の言葉を聞けっていうの? 片腹いとうございます。


 そもそも、だあれもいなくなるってどういうこと。この私を置き去りにして、下僕どもはそろいもそろって道に迷い、どこかに行ってしまいました。


「剣を抜かねば帰らせない。夜が来ると狼に襲われるぞ」


 そんなことは分かっております。ご心配ご無用。きっと下僕どもがやって参りますわ。姫様―っ、と言ってね。


「残念だが、誰も来ない」


 えっ! なに今! 私は何も口に出してしゃべってないのに、この殿方と会話が成立してしまっている。何たる偶然。


「待っていても無駄だと言っているんだ。皆、死んでしまったのだからなぁ」


 間違いありません。この殿方、私の心の内が聞こえていらっしゃる。でも、耳もないのにどうやって聞いているのかしら。


 なぁに、驚くことではございますまい。舌がないのに喋っている時点でこの殿方は変だったのです。


 さて。どういたしましょうか。こちらは声に出して喋らなくていいので楽は楽なんですが、話しかけてもいないのに返答されるのも正直、しゃくにさわりますわ。軽んじられているとしか思えません。レディーを何と思っているのかしら。


 よろしい。他のことでも考えましょう。プディングがいいですね。ちょうどお腹もすいてきたことだし。


 あ、そうです。ここに来た目的はお茶会でしたわ。使用人たちがここに来られなくても、お茶会のスイーツはどこかにあるはず。早速森を探しましょう。


「どこにも行くな。ここが一番安全だ。森に魔物が一匹いる。使用人たちは全員、そいつに食われてしまった」


 私としたことが、はしたない。思わず笑ってしまいましたわ。魔物? この殿方は面白いことをおっしゃいます。


 いくら剣を抜いてもらいたいからって、嘘はいけませんわ。それはずっと西方の彼方、リディアでのお話よ。子供でも分かるおどかしですわ。


 それに正直、私の感想を申しますと、あなたみたいな者がいるから平民どもが、やれ魔物だの、やれ魔王だの、騒ぐのです。あくまでも私の感想ですけどもね。


「残念だが、お嬢ちゃん。魔王は実在する。魔王が復活を遂げたんだ。各国に触手を伸ばそうとしている。この国にも魔の手が伸びている」


 まだ申しますか。諦めなさい。その手には乗りませんことよ。


「だったら、そなたはなぜここにいる。誰かにめられたんだろ」


 あら。められたとは聞き捨てなりませんこと。公爵令嬢たるこのアンジェラ・ビュシュルベルジェールを侮辱しようというのですね。


「ビュシュルベルジェール?」


 そうおっしゃって、骸骨さん、なぜかお笑いになられたの。


 はいはい。随分とご余裕がおありになりますこと。私の名がそんなにおかしいのですか。つくづくお可哀そうな方。頭の中が腐って空っぽになって何もかもお忘れになられたのですね。


 いいですか。一回しか申しません。この国では我が名をはずかしめることはすなわち、万死に値する。


「怒るな。笑ったのは他でもない。その長ったらしい名に覚えがあるからだ。そなた、アルフレッドの子孫だな」


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