第34話 二十歳になったらわかる

「お父さん、また来るから」


 俺が時臣さんと二人で話した後、合流した莉世も交えての雑談をしていた。

 内容は主に大学のことや、さっき話した莉世の家での様子とか。


 身体を対価に、のとこを話してしまったためか、莉世はかなり強めに「軽はずみなことをするんじゃない」と叱られていた。

 約束の後はそれらしい言動を見なくなったけど、これで完全に封じたと思いたい。


 偶発的に起こってしまうそれは仕方ない。

 俺が頑張って耐えよう。


 そんなこんなで今日は帰ることとなったわけだ。


 病院を出ると鮮やかな夕焼けが広がっていた。

 結構な時間、話し込んでしまったらしい。


 帰ったら夕飯の支度だな。

 材料は昨日買い込んでるから問題ないはず。


「時臣さん、大丈夫そうでよかったな」

「ん。事故に遭ったって聞いたから本当に心配だったけど、骨折で済んでよかった。今後も湊の家で過ごす許可も貰えたし」

「……貰えなくても居座るつもりだっただろ?」

「どうせ家だと一人の時間が多くなるから、それよりは湊といたい」


 今回、莉世は時臣さんから俺の家に居座る権利を勝ち取っていた。

 時臣さんとしてもどのみち仕事が忙しく、あまり家に帰れないとのことで、それなら俺の家にいてもらった方が安心できる……らしい。


 これまでは家出少女を拾っただけだったけど、これからは時臣さん公認で莉世が居座ることになる。


 曰く『幸村くんなら莉世を任せられる』とのことだ。

 莉世は莉世で静かながら絶対に退かない意思を見せていた。


 そんな二人を前にして、お人好しの擬人化などと揶揄される俺が断れるはずもなく。


 ……父娘揃って俺への信頼が重すぎて胃が痛い。


 絶対にしないけど、莉世に手を出したらどうなるんだろうと考えて――俺の扱いは今とあんまり変わらない気がしてしまった。


「でも、時々顔は見せるんだろ?」

「そのつもり。お父さんが帰れる日は連絡するって言ってたから。湊も来る?」

「……俺がいていいの?」

「問題ない。お父さんも湊なら喜んでくれると思う。あと、ご飯も作らないと」

「そっちが目当てか。まあ、まだ莉世一人だと難しいからな」

「目玉焼きくらいは作れるようになった」

「じゃあ次はベーコンエッグにするか」


 料理の腕も着々と身についている。

 けれど一人で出来るようになるには、まだまだ先は長い。


 そんな話をしながら帰路に着いている途中。

 莉世が思い出したかのように「あ」と声を上げて、


「コンビニに寄ってきていい?」

「いいけど、何か欲しいものがあったのか?」

「お酒。ちょっと飲んでみたくて」

「……そういえば二十歳って話をさっきしてたな」


 だったら俺が止める必要もないか。


 一応着いて行った方がいいか聞いたけど、「いい」と口にするなりコンビニへ向かった。

 心なしか声色が素っ気なかったのは俺が莉世のことを「二十歳に見えない」と思っていたのがバレたからだろうか。


 だってなあ……莉世は下手をしたら中学生にすら間違われそうなほど小柄な体型だ。

 あの見た目でお酒を普通に飲んでいたら、正直二度見してしまう。


 数分ほど待っていると、コンビニ袋を片手に下げた莉世が戻ってくる。


「どんなお酒を買ってきたんだ?」

「チューハイ。度数低めの、甘そうなやつ」


 思っていたよりも安牌を選んできたな。


「ビールは苦いって聞くし、日本酒とかワインはもっといいお店で飲んだ方がいいと思って」

「そうかもな。宮前先輩からも似たような話を聞いたことがある」


『安い酒は悪酔いするから』って、飲み屋でべろんべろんに酔った宮前先輩が言っていた。

 絡み酒で他の人に手間をかけさせながら言われても説得力はまるでなかったけど。


 それから帰宅し、二人で手分けして夕食の支度を進める。

 今日のメニューは生姜焼きをメインにして、味噌汁と大量の千切りキャベツを合わせる王道の定食スタイル。


 莉世の手も借りて調理を終え、食卓で向かい合う頃には八時前になっていた。


 温かな生姜焼きをはじめとした夕食のメニュー。

 そこに、莉世は買ってきたチューハイの缶を置いた。


 白桃チューハイ。

 アルコール分は四パーセントと記載されている。

 その缶の蓋をかしゅっと開けて、透明なグラスに注いでいく。


「ほんとに飲むんだな」

「そのために買ってきた。湊と一緒なら私が万が一、急性アルコール中毒で倒れても救急車を呼んでくれる」

「……頼むから倒れるなよ?」

「私を信じて」


 初めて飲むのに信じるも信じないもない気はするけど、莉世はダメそうなら飲むのをやめてくれるはず。

 下戸ならそれはそれでいい。

 酒豪でも……まあ、俺が困る可能性が減るのでよし。


 問題は酔い方だ。


 宮前先輩は典型的な絡み酒。

 しかも酒豪寄りで、飲み屋に行くと色々ちゃんぽんするから酷い酔い方をする。


 莉世は……どうだろう。

 勝手な偏見だけど、静かに飲んで気付いたら寝ていそうな雰囲気がある。


「酔いつぶれても問題ないけど、吐くならちゃんとトイレで吐いてくれよ」

「善処する」


 応えてくれるけど、酔っぱらいにそこまでの期待はしていないので、俺も警戒だけはしておこう。

 宮前先輩の介抱に何度も呼ばれているから、吐きそうな兆候はわかっているつもりだ。


 いつものように手を合わせ、「いただきます」がリビングに響く。

 俺はとりあえず莉世の初飲酒を見守ることにした。


 生姜焼き、キャベツ、ご飯、味噌汁と順に口へ運んで、一息つくかのようにチューハイの入ったグラスを傾ける。


 瞬間、莉世の眉が微妙に寄る。

 嫌い……よりは、判断に困っているかのような表情。


 たっぷりと数十秒もの時間をかけて初めてのアルコールを飲み下し――


「……結構好き、かも?」


 はっきりしない雰囲気ながら、アルコールへの判断を下した。


「フルーツの風味でお酒の苦みがあんまり気にならない。甘さもこれくらいならちょうどいい。もっと度数が強くなるとわからないけど、これは美味しい」


 莉世は自分なりの評価を並べて、また一口。

 嫌々飲んでいるようには見えない。


 これは……まさか酒豪系か?


「湊も二十歳になったらわかる」


 ふふん、と鼻で笑う莉世。

 急にどや顔で大人ぶられるの、ちょっと腹立つな……?


「いつ二十歳になるの?」

「俺は夏だな。もうちょっと先だ」

「なら、湊の誕生日は一緒にお酒飲む。決まり。約束ね」

「はいはい」


 適当に返事をして、俺も夕食を食べ進めた。

 莉世も変わらずのペースでお酒を飲み、とうとう一本目を飲み干して二本目に突入。


 目立った変化としては顔色がほんのり赤くなって、いつもより幾分か饒舌になっていたくらいだろうか。

 酔い方としては絡み酒っぽいけれど、度合では相当にマイルドで助かる。


 食後は面倒にならないうちに食器を洗ってしまう。

 これは二人でやっても仕方ないし、初めてお酒が入った莉世を家事に立たせて大惨事になるのは避けたかったため、手伝わなくていいと言ってある。


 なのでグラスに残った二杯目のチューハイをちびちびと飲んでいるはずだ。


 このまま終わればいいけど……と考えながらぱぱっと洗い物を終えてリビングへ戻ると、静かな寝息が聞こえてきた。


「……寝てるし」


 その出どころは当然、ソファーで蹲るようにして眠る莉世だ。

 お酒が入り、疲労も相まって眠気に耐えられず寝落ちしてしまったのだろう。


「今日は大変だっただろうからな。ゆっくり寝てくれ」


 寝室から莉世のブランケットを持ってきてかけると、もぞりと身じろいだ。

 でも、それっきりで寝息が途切れることはない。


「さて、莉世が寝ちゃったなら俺は風呂入ってくるか。ぱっと見、気持ち悪そうにはしてないから大丈夫……だと信じたい」


 お願いだから俺がいない間に吐かないでくれよと心の中で唱えながら、今日一日の疲労を流すべく脱衣所へ向かうのだった。


―――

眠気に耐えながら書いたので誤字脱字あったらごめんなさい……鱗滝左近次が腹を切ってお詫びします(?)

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