融雪、燃ゆる
T◎-BUN
第1話
場所は首都近郊のとある児童養護施設。
そこは一見すればただの広い屋敷であり、児童養護施設というよりはお金持ちが住んでいるのような場所であった。
事実、周辺の地域住民はそこが施設である認識は無い。
そこにいるのは特殊な理由で集められた子供たち。
また一人、新たな子供がそこに入れられた。
「ピポラ・ディジィー、ねぇ」
「はい」
応接室で革張りのソファにちょこんと座った少女と机上に広げられた紙に眉を顰める男が一人。少女も特殊な理由があって此処に入ることになった。男はもう一度来歴が記された書類に目を通す。
【昨年末まで軍人として務める。×××作戦等に従事。階級は大佐】
施設には確かに特殊な理由を持って来た子供たちが多いが、十二歳で軍属というのは有り得ない。この国の軍は基本的に志願制で成年にならなければ志願することすら叶わない。目の前の少女は座り方は確かに年相応、容姿も綺麗にしている。
それでも年齢を感じさせない歴戦の戦士のような据わった目。男もかつて軍属であった為に分かる、独特の気配が滲み出ている。
いったい何十人殺したんだか、と男はため息をついた。
少女の出生が地名ではなく、研究所名であること。
誕生からすぐの謎の空白期間。
そこからのいきなりの軍事作戦従事。
そして少女をこちらに渡した研究所。
所員と思われる人間は少女を男へ渡すと足早に立ち去った。
明らかに触れてはいけない何かが関わっていることは、誰でもわかる。
此処までの厄ネタは誰もいない。
嫌な予感が男の脳内を駆け巡る。
それでも、施設に少女を拒む理由は無い。
此処に入ると決められた子供達は受け入れるのが鉄則だ。
ならば、仕方が無い。
「俺の名前はルイフェル・トクツェアだ。この施設の監視役をしている。何か困りごとがあれば俺に言ってくれ」
男が差し出した手のひらを見つめること数秒。
「はい。これからよろしくお願いします」
スッと握られた手のひらは、おおよそ齢十二の少女がするような手ではなく、まるで機械に握られたようだと後に男は語った。
**********
ピポラが入所して数日。
心配していたほど少女が浮くことは無かった。
むしろ施設に馴染んでいる現状に違和感さえ感じるが、「まだ年若い身だ。きっと優しい子になるさ」と微笑んだ上司の言葉を今は信じておくことにする。
中庭に降った雪のせいで、暖房の効かない廊下は冷えきっている。標高が高い山に囲まれた盆地が都市となっている以上、冬は雪が降ることは毎年のことであるし、
出身国も雪が日常的に降っていたので嫌悪対象ではないのだが、重労働であったあの雪かきと、視界が真っ白になる状況での運転を思い出しては頭痛がする。
温かいものでも晩御飯に出そうと台所へ歩を進めようとしたところ、視界の隅に何かが映った。
嫌な予感がするので正直見たくはないのだが、監視役として何が起こっているのか把握は必要である。
意を決して、視線を中庭へ移すとマッチで雪を炙る子どもが一人とそれを眺めるもう一人。
眺めていた子どもは、先日やって来たピポラだった。
ありったけの声を出して、中庭に面した窓を急いで開け、靴も何も履かないまま飛び出した。
マッチを持っている一人に勢い良く近付いて、その手に持っているマッチを氷が薄く張っているバケツへ腕ごと突っ込む。
冷たいとか服が濡れるとか考える暇なんて無い。
「あー‼ 折角の火が‼」
叫ぶ子どもに対して、バケツに突っ込んでずぶ濡れの腕を振り下ろして拳骨をする。
それを無表情で見るピポラ。
「
怒鳴り声を上げるが、対象の子どもは口を尖らせるだけで反省は全くしていない。
この施設は基本的に火気厳禁。暖房からコンロまで全て電気で動くようになっている。
先ほど空炉が使用していたマッチは、停電時などの非常用に一箱置かれているがそれも厳重に管理された場所にあり、容易に使用できるはずが無い。
「いやぁ、雪が降ってたし? ピポラちゃんの入所祝いも出来てないし? そろそろ本物見たいな~って思ったんです、よ」
腕を組み無表情で見下ろしていることに恐れをなしたのか語尾が徐々に小さくなっている。
「どこで手に入れた?」
「管理室の、非常用品が入っている場所です……」
「あそこは鍵がかかっているはずだが?」
「そこは……」
チラリと、空炉が視線を隣に移す。
「ピポラちゃんがやってくれました」
思わず、俺は天を仰いだ。
馴染んでいることは良いことだが、結託するとはまさか思わなかった。
「……すいません」
声は固く小さいものの、きちんとした謝罪をする十二歳に対して十六歳のほうは謝罪をする気がまるで感じない。
ガシガシと頭を掻きながら、大きくため息をつく。
「管理室など鍵がかかっている場所は基本的に大人以外は立入禁止だ。
今回は知らなかったから報告はしないが次したら報告になる。分かったか?」
コクリと小さく頷くピポラに対して、「二度とするなよ」と釘を刺す。
「ルイさん、私は?」
「お前は反省文。そして俺は報告」
えぇー⁉ という声を無視して、残りのマッチをバケツに放れば、
次にはあぁ~といかにも落胆する声が聞こえてくる。
「分かったら二人はさっさと戻れ」
二人の返事を待たず、また廊下へ戻る。
濡れた靴下が空気で冷えて、足先の感覚が無い。
それどころか、バケツに突っ込んだ腕の感覚も鈍い。
一度着替えるかと思ったが、残念ながら中庭の位置から着替えのある自室は遠い。憂鬱になるが風邪を引かないためには仕方ないことだと言い聞かせた。
ぐっしょりと濡れている靴下では廊下も濡れると思い、靴下を脱いだものの素足もそれなりに濡れている。
どうしたものかと、冷えて真っ赤になっている足先を見つめていれば、「どうかしましたか?」と男の後ろ側から、高い声が聞こえてきた。
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