第286話 2年生の夏の終わりに

 夏休みももう終わってしまう。この短い期間でどうにかタミールのリハビリをしたけれど、なかなかに厳しい様子だった。

 あっ、連れてきた日はしばらく寝てたけど、ちゃんと夕食の頃には目を覚ましてたわよ。いやまぁ少し焦ったわね。

 でもまぁ、エスカが意外と頑張ってくれたので、どうにか歩けるようにはなっていたわね。自力で生活するにはまだまだ遠そうだけど、ここまで回復したのは嬉しいわね。


 さて、夏休み最終日はサキの誕生日という事で、テトリバー男爵家へと赴く。テールとタミールはまだ病み上がりの状態なので、とりあえずお留守番だ。スーラとネスの二人に加え、屋敷の使用人たちに様子を見てもらうように頼んである。

 呼ばれたのはサキの友人関係だけなので、マートン公爵家、バッサーシ辺境伯家、ファッティ伯爵家の三家だけである。実にひっそりとした誕生日パーティーだった。

 ボンジール商会との取引で少々潤って余裕が出てきてはいるけれど、誕生日パーティーで貴族たちを招くような余力はないらしい。なので、知り合いだけが集まって行う素朴なものとなっていた。

 仮にも聖女とされる少女の誕生日だというのになんとも寂しいものである。とはいえ、その集まった三家の国での重要度を考えると、逆にすごい誕生日パーティーと言えるのである。

「ラム様、サクラ様、アンマリア様、モモ様、それとエスカ王女殿下……。よくいらして下さいました」

 エスカの登場にびびりまくっているサキである。隣国とはいえども、まさか王女が誕生日パーティーに臨席するとは思ってもみなかったのである。ちなみに招待状は送っておらず、アンマリアとモモのおまけとしてついてきたのである。

「ふふっ、そこまで硬くならずともいいのです。私は確かに王女ですが、本日はただの友人としての参加です。どうかそのように接して下さいませ」

 エスカは笑顔で言っているものの、誰が王女をそのように扱えるというのだろうか。転生者である私ならまだしも、この世界の人間にそんな事ができるわけがないのだ。これが転生者と現地人の意識のずれというやつなのかしらね。私は頭が痛かった。

 始まる前からいろいろと胃が痛くなりそうな感じだったものの、無事に誕生日パーティーが始まる。

 明日からは2年生後期の授業が始まるので、パーティー自体は簡素なものだった。私たち少人数の令嬢とその母親くらいという少ない参加者ながらにも、それはにこやかにパーティーを楽しんでいる。ちなみにだけど、私の母親は参加していない。

「まったく……、事前に相談してくれましたら、もっと賑やかにできましたのに」

 パーティーを楽しみながら、ラムが少し愚痴めいた事を話している。

 誕生日パーティーとはいえ、参加人数が少数すぎるのが原因なのだけど、そこは公爵家と貧乏男爵家の圧倒的資金力の差なのである。

 テトリバー男爵家は領地経営だけで細々とやって来ているがために、そもそも他家との交流が交流が乏しいのだ。なので、どうしても知り合いというのがぱっと思い浮かばない。家の者が誕生日を迎えても、身内だけで簡単に済ましてしまうというのがいつもの事だったのだ。

 それが、少人数とはいえども他人と共有できるようになったというのは、テトリバー男爵とその夫人にとっては涙が出るくらいに嬉しい話だった。実際、今もものすごく泣いている。感動し過ぎですよ、お二人とも。

「サキ様のご両親とも、本当に嬉しそうにしてらっしゃいますね」

「ええ、うちは貧乏ですからね。このようにみなさんを招いてパーティーができるというのは、夢のような話なんですよ」

 ラムに言われて、サキはこのように返していた。

 でも実際、私たちファッティ家が介入する前までのテトリバー家は、いつ潰れてもおかしくない経済状態だった。

 いやまあ、本当にあの時助けられてよかったと思うわよ。だって、こうやって素敵な笑顔を見られているんだものね。

 来年はここにもっと多くの友人を加える事ができるかしらね。いろいろと夢は広がるものだった。

 最後に誕生日プレゼントを渡して、この日のパーティーはお開きとなった。


「お帰りなさいませ、エスカ王女殿下、アンマリアお嬢様、モモお嬢様」

 スーラが家に戻った私たちを出迎える。

「スーラ、ネスは?」

「はい、今はテール様の様子を見ております。タミール様は奥様が付きっきりでございます」

「まあ、お母様が?」

「はい、魔力循環不全の治療を行っております。それに、奥様にとっては甥っ子でございますので、気になって仕方がないのでしょう」

 スーラからこう答えが返ってきて納得する私だった。確かにそうだったわ。父親の兄の息子なので、母親からすれば血のつながりはない。でも、甥っ子には変わりがないわけで、気になるのは仕方なかったのだ。

「分かりました。エスカ王女殿下、モモ、テール様の様子をお願いします。私はタミールの様子を見てきます」

「分かったわ、アンマリア。さっ、行きましょうか、モモ」

「は、はい」

 モモとエスカは、スーラの案内でテールの元へ向かった。

 私はタミールの居る客間へと移動する。そこでは確かに、母親が付きっきりでタミールの手を取ってリハビリを行っていた。

「あら、お帰りなさい、タミールはだいぶ歩けるようになったから、これなら学園も無事に通えると思うわ。あの人も手続きをしてくれたから、大丈夫なはずよ」

「ありがとうございます、お母様」

 私たちが話していると、タミールはどこか恥ずかしそうにしていた。

 何にしても、抱えていた問題はかなり解消されたようでなによりだわ。

 こうして、長いようで短く、いろいろとあった夏休みは終わりを迎えたのだった。

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