第14話 殿下が家にやって来た

 慌てて屋敷に戻った私は、土いじりで汚れた髪を拭い、普段着に着替えてフィレン殿下の元へと向かう。王子とはいえ先触れがあっただろうけど、いかんせん来るのが急すぎる。というわけで、だいぶ殿下をお待たせする事になってしまった。

 自分の家だとはいえ、応接室には王子が来ているわけで、部屋に入る前にはスーラが扉をノックして部屋の中に呼び掛ける。

「失礼致します、スーラです。アンマリアお嬢様をお連れ致しました」

「よし、入れ」

 父親の声が聞こえてきて、スーラが扉を開けてくれたので、私は部屋の中へと入る。するとそこには、フィレン殿下が侍従を伴って待っていた。

「大変お待たせ致しました。アンマリア・ファッティ、ただいま参りました」

 私はカーテシーをしながら挨拶をする。すると、殿下は立ち上がって私を見てきた。

「急な訪問ですまない。アンマリアが目を覚ましたと聞いて、心配で来たんだ。元気そうで何よりだね」

 フィレン殿下の顔が心配そうな表情からホッとした表情へと変わった。本当に私の事を心配してやって来たようだった。そりゃ、あれだけ派手に鼻血を噴いたわけだし、心配にならない方がおかしいだろう。でも、その原因は私自身だ。ここまで心配されると申し訳なく思ってしまう。

「その節は大変ご心配をお掛け致しました事を心よりお詫び申し上げます。ご覧の通りの体形ですし、もう動いても平気ですので、もう心配はございません」

 私はカーテシーを崩さないまま、謝罪の言葉を述べる。それにしても、少しは慣れてきたとはいっても、やっぱり貴族の言葉遣いはまだむず痒く感じてしまう。前世ではなじみが薄いからだろう。

「そうか、それを聞いて安心したよ。でも、鼻血を出してしまうほどに無茶をさせてしまった事は、こちらとしてもすまないと思っている。今後は無理だと思ったら断ってくれても構わないよ」

 予想外の殿下の言葉に、私は面食らってしまった。しかし、ここで何かを言わないと失礼になってしまう。でもね、殿下。鼻血を出したのは殿下たちがとても尊かったからですよ。

「いえ、お心遣い本当にありがとうございます。ですが、王国の臣下としての責務もございます。二度とこのような事がないように気を付けます」

 カーテシーをまだ崩せない私は、その姿勢のままフィレン殿下にそう申し上げた。

「そうか……。おっとすまない、もう楽にしてももらっていいよ。その姿勢もつらいだろうに、すまない」

 フィレン殿下はやっと私の姿勢がカーテシーのままという事に気が付いて、それをやめさせてきた。もうちょっと早く気が付いて頂けませんかしら。土いじりの後ともあって、私の足がぷるぷると痙攣し掛けていた。

「……アンマリア、少し足がふらついているのかい?」

「い、いえ。そんな事はございません」

 殿下が私の体がぶれるのに気が付いたようで、心配してきた。だけど、私はちょっと強がってみる。

「いや、また倒れてはいけない。無理をせずに腰掛けて欲しい」

 フィレン殿下が強くそう言ってくるので、私は仕方なく、

「そこまで仰られるのでしたら、着席、失礼致します」

 私はゆっくりと椅子に腰掛けた。うーむ、私って殿下にはどのように思われているのだろうか……。思わず尋ねてみたくなってしまうわね。だけど、下手に質問をして不敬になってはいけないので、私はぐっと言葉を飲み込んだ。

「とりあえず、先日の一件を正式に申し入れをしたい」

 私が座って落ち着いたところで、フィレン殿下が話し始めた。

 私とサキ・テトリバー男爵令嬢の二人が、フィレン殿下とその弟のリブロ殿下の婚約者候補に選ばれた事。そして、それぞれの家に書簡でもって正式に申し入れをした事。この二点の説明がなされた。

 私たちが婚約者候補となった理由が、洗礼式の結果だ。サキ・テトリバー男爵令嬢は『神の愛し子』とかいう恩恵と光と氷の2属性持ちから、『聖女見習い』という扱いになっている。一方の私は、しっかり8属性の光が見られていたようで、大魔法使い候補というものにされてしまったらしい。

 ついでに言えば、フィレン殿下には『先見の目』という、一種の未来視のような恩恵が現れている。それによって、ある程度の未来予測ができるらしい。それで、洗礼式を受けた令嬢の集まるラム・マートン公爵令嬢のお茶会に乱入したというわけなのだそうだ。その結果が、今の状態である。一体どんなものを見たのやら。

 そういう経緯があって、二人とも王家にとっては重要な人物とされたわけだ。はっきり言って迷惑な気もするけれど、私はここでいろいろと考えを巡らせた。

「婚約者候補の件、確かに承知致しました」

 私は婚約者候補の件を受け入れる事にした。

 なにせこのぽっちゃりボディだ。このまま放っておけば、他の貴族からいろいろ言われる事は容易に想像がつくもの。それを牽制するためにはこれ以上ない武器だもの。だったら精一杯利用させてもらおうじゃないの。

 私が内心腹黒く笑う前で、フィレン殿下は満足そうに微笑んでいた。

 こうして、お互いに思惑が渦巻くフィレン殿下の我が家の訪問は終わったのだった。

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