第11話 蛇に睨まれた蛙?
ラム・マートン公爵令嬢のお茶会の場に、まさかの大物の来客である。フィレン第一王子が姿を見せると、お茶会の席は黄色い声に包まれたのだ。それはもう、感動のあまりに気絶する令嬢が居たくらいである。いきなりとんでもない展開となってしまったお茶会だわね。まあ、予告も無しに王子が現れれば、当然と言えば当然かしらね。
「それにしても、いきなりわたくしのお茶会に参加なさりたいだなんて、国王陛下たちもよくお許し下さいましたわね」
「公爵家と仲良くする事は別に悪い事でもないみたいですからね。父上も意外とすんなり許可を下さりましたよ」
フィレン王子とラムが会話をしている。ラムの体格は小太りとはいえど、さすがに王子と公爵令嬢が並ぶと絵になるわね。私には到底無理だわ。
とりあえず私は、みんなが騒いでる中で、一人だけ運ばれてきた紅茶をしばいていた。いや、どっかの方言じゃなくて気分的にそういう表現になったのよ、気にしないで。
そしたらば、フィレン殿下が不意に私の方を見やがりました。おっと、地の文で感情を入れてはいけないわね、失礼しましたわ。
私の方を見たフィレン殿下は、周りの令嬢には目もくれず、一直線に私に向かって歩いてくる。さすがにこれはどうしたらいいのか分からない。私は思わず動きを止めてしまった。
「この私が来ているというのに、一人のんびりお茶とは、実に大した度胸ですね」
フィレン殿下の声に、私はカップを置きながら、目を見開いたまま顔を少しずつ殿下の方へと向けていく。そこにはフィレン殿下の笑顔があったのだけど、どういうわけか恐ろしさを感じてしまう笑みだった。マジ怖い。
「……なるほど、君がそうなのか」
「うん?」
フィレン殿下が私を見た瞬間によく分からない事を呟いたので、私は思わず首を傾げてしまった。まったくどういう事なのだろうか。
振り返ったフィレン殿下は、私から離れていく。そして、その途中でまた足を止めた。その視線の先に居るのはサキ・テトリバー男爵令嬢だった。確か彼女は、聖女的な恩恵を受けた令嬢である。
「ふっ、今年の洗礼式はなかなかおもしろい結果になったようだね」
何やらぶつぶつと言いながら、フィレン殿下はラムの所まで戻っていった。一体何だったのだろうか。
「さて、令嬢方。さすがに今回は令嬢諸君のお茶会だ。なので、男性である私はこれにて退散させてもらうよ」
そう告げたフィレン殿下は、侍従を伴ってお茶会の席を退場していった。まったく、何をしにこのお茶会へと足を運んだのだろうか。その意図がはっきりと分からなかった。
私が呆気に取られる中、フィレン殿下が去っていくのを惜しむように、令嬢たちはその後ろ姿をずっと眺め続けていた。何なの、この光景。
「こほん。さて、本日は皆様お集まり頂き、本当にありがとうございます。公爵家の娘として、同い年の皆様にゆっくり話をする機会を与えたいと思い、このような場を設けさせて頂いましたわ」
なるほど、どこか見た事があるような顔ばかりだと思ったら、洗礼式を一緒に受けた子ばかりを誘ったようだった。これだけきちんと調べて招待状を出すあたり、さすがは公爵家。王族以外の貴族のトップなだけあるというものだった。
それにしても、ラム・マートン伯爵令嬢は、私とは違って本当に性格もできた令嬢のようだ。殿下との受け答えにしても、私たち令嬢たちへの挨拶にしても、さすが貴族の模範を示すべき上級貴族。私ではさすがにこうはいかない。私はこのお茶会を通じて、貴族の何たるかというものを学んだのだった。
しかしながら、あれだけ洗礼式での奇妙な行動が目立った私に対して、話し掛けてくるような令嬢が皆無だった。私は伯爵家というだけあって、子爵家、男爵家の令嬢たちはほとんど話し掛けてこなかった。
「失礼致します、ファッティ伯爵令嬢」
ようやく話し掛けてきたのは、サクラ・バッサーシ辺境伯令嬢だった。国境沿いの防衛を担当する辺境伯の娘だが、彼女もまた、洗礼式のために王都へとやって来ていたのだ。
「これは、バッサーシ辺境伯令嬢。お初にお目にかかります」
一応辺境伯の方が貴族としては上なので、両手が塞がりながらもなんとか膝を折って挨拶をする。
「ははは、無理をしなくてもいい。私の事はサクラと呼んでくれて構わない」
「それでしたら、サクラ様。私の事はアンマリア、いえマリーとでも呼んで下さいませ」
「そうかそうか。しかし、その体形だと膝を折っての挨拶も大変だろうに。どうかな、このあと私と一緒にトレーニングなどいかがかな?」
サクラは意外にも、この年ですでに男性のような言葉遣いをしている。これが辺境伯たる家柄のせいなのだろうか。この日のサクラはちゃんとした令嬢の服装をしているだけに、見た目と言葉遣いのギャップが凄かった。あかん、これは惚れてまう。
「お誘いは嬉しいのですが、お茶会が終わったらすぐ戻るようにお父様から仰せつかっております。本当に申し訳ございません」
私は困った表情を浮かべて、やんわりと断っておいた。言葉遣いと同様にゲーム本編と同じような性格をしているのなら、ここで誘いを受ければ王都一周ランニングに付き合わされそうだからだ。王都はかなり広いしね。
「そうか、残念だな。私はたるんでいるのはどうしても許せなくてな。ラム様にお声掛けをしようとしたら、使用人たちに睨まれてしまったよ」
もうラムにも声を掛けた後だったか。なんて恐れ知らずなんだろうか。
サクラと言葉を交わした後は適当に受け答えをして、最終的には疲れたと言ってラムに謝罪を入れてお茶会を後にした。
しかし、この日の驚きはそれだけでは終わらなかった。家に帰った私を待ち受けていたのは、血相を変えた父親の叫び声だった。
「あ、あ、アンマリアや。お前は一体何をしたというのだ?」
父親の声が震えているが、私にはとんと何の身に覚えもないので、とにかく可愛く首を傾げてみせる。父親はその姿に癒されつつも、とんでもない事を伝えてきた。
「アンマリアを連れて、王城に来るようにとの呼び出しが掛かったのだ。事情を説明してくれ、アンマリア!」
「ええーーーっ!!」
父親の叫びにつられるように、私も大声で叫び声を上げたのだった。
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