第13話その2(SIDE E)
何時間か歩き回って、今度はリザードマンの一団がゾンビと戦っているのを見かけて同じように再生の巻物と魔法の鏡の使い方を見せつけて逃げ出し、そして夕方。
「またワーウルフだけどまた戦闘になってない」
「時間の問題だろうけど」
葵と若葉が見つけたのは、ワーウルフがゾンビ集団に包囲されている場面だった。ワーウルフは五人。先頭にいるのは黒いローブを着、杖を持った、魔法使いと思しき者。残りの四人はこれまで見かけた雑兵と比較すれば体格や装備は悪くないが、魔法使いと並べばかなり見劣りしている。
「魔法使いとその護衛のベテラン兵ってところか」
と総司は推測した。そしてもし総司や若葉に前回の記憶が明確にあったなら、そのワーウルフが一度戦った相手だと、剣士と武闘家と三人でパーティを組んでいたワーウルフだと悟ることができたかもしれない。
一方このワーウルフを包囲するのは何十というゾンビ軍団。ゾンビは人間・リザードマン・ワーウルフ・ゴブリンの混成部隊で、ゴブリンの数が一番多いように見受けられた。
「数が多い。俺達だけで何とかなるのか?」
「わ、わたしが敵の動きを止めてみます」
迷う総司に里緒が提案。ゾンビに呪歌が通用するのか確証が持てなかった総司だが、せっかく里緒が積極的に動こうとしているのにそれを却下するのは望ましくなく、またワーウルフを見捨てるという選択肢も取りがたかった。そして何よりもう時間がない。
「判った、頼む」
それを受けた里緒がしっかり頷き、バイオリンを構える。そして呪歌が奏でられ――ゾンビが次々と爆裂した。
「ストップ! ストップ!」
総司が慌てて呪歌を止めるが、それより先にあまりの事態に演奏が中断している。目を丸くし、マネキンのように硬直する里緒。一方総司達は近い位置まで飛び散った体液を無効化し、ゾンビを無力化するべく必死に再生の巻物を投げつけた。そうやって何十本もの巻物を消費し、ゾンビ軍団の動きは止まっている。もちろんそれは一時のことですぐに再起動するだろうが、爆裂した半数にはその警戒は不要だった。
ゾンビ軍団のうち総司達に近かった個体から半数程度が内部から爆発したように身体が裂け、原形をとどめない無残な死体となっている。どうやらその多くがゴブリンのようだ。それ等よりも多少離れた場所にいたものの多くはリザードマンやワーウルフのゾンビ。それらは身体の一部が風船のように大きく膨らんでいる。
「増殖したゾンビ体液が体内で暴れ回ったのか? ゴブリンの小さくひ弱な身体ではそれに耐えきれずに爆散して、頑丈なリザードマンやワーウルフはそこまで行かなかったと」
また、ゾンビになってどのくらいの時間が経過してゾンビ体液がどこまで増殖していたか、その総量の差も大きいものと思われた。
「ゾンビは魔法攻撃に極端に弱い……いや、そう見せかけて、体液を飛散させて汚染を拡大させるのか。しかも体液が付着してからゾンビ化まではタイムラグがある。なんで仲間がゾンビ化したのか、そのからくりをすぐに見抜けたとも思えない」
「獣人側が苦戦するわけだ」
非常に嫌らしく、悪質で、厄介な迷宮防衛モンスターだった。これが主戦力となり、真っ当にしか戦えない若葉や匡平がおまけ扱いなのも当然というものだろう。
「すごいね里緒ちゃん! 今なら北斗神拳伝承者を名乗れそうだよ!」
「桂川が『お前を木偶人形にしてやる』って顔になっているぞ」
里緒の気を紛らわせるべくいつものやり取りをする葵と総司だが、里緒がそれを喜んだかは保証の限りではなかった。若葉が総司に白い目を向けつつ、
「委員長、そんなことより」
「すまない、判っている」
ゾンビはひとまず無力化したが五人のワーウルフは無傷で、牙を剥き出しにしてうなり続けている。今にも噛みつかんとする顔は総司達へと向けられ、総司は彼等と真正面から対峙した。その両側に若葉と匡平が、その後ろに葵と里緒が立っている。
一歩前に進み出た総司が魔法の鏡と再生の巻物を取り出し、前回前々回と同じようにその使い方を見せつける。そしてコピーした巻物を再起動したゾンビに使用し、その動きを止めた。ワーウルフの側から敵意が薄れるのが感じられ、代わりに困惑の感情が伝わってきた。
「行こう」
総司達は再生の巻物と魔法の鏡をその場に残して立ち去ろうとし、ワーウルフに背を向けた。彼等は襲ってはこない。
「Varrrruuu!」
まるで呼び止めるようなその声に総司達の足が止まる。ゆっくりと振り返る総司達へと向かって、ワーウルフの魔法使いが一歩二歩と近付いた。彼我の距離数メートルを置き彼が止まり、杖を持った手を力強く前へと突き出してくる。
「Varrrruuu! Varrrruuu!」
彼が何かを訴えているが、何を言いたいのかこれっぽっちも判らない。どうやら同じ言葉をくり返しているみたいだがそんなことすら確実ではなかった。
「なんだ? 何が言いたいんだ? せっかく向こうから意思の疎通を図ってきているのに何一つ判らないなんて……!」
総司は様々な可能性を検討するがそのどれも正解とは思えず、焦りばかりが募っていく。が、
「どうやら『勝負しろ』って言っているみたいだぞ」
「え?」
そんなことを言い出した若葉を、総司が大きく見開いた目で見つめた。若葉はそれに構わず、大きな手ぶりを添えて、
「移動しよう」
彼等にそう呼びかけ、彼等に背を向けて歩き出す。総司達が慌ててそれを追い、さらにワーウルフがそれに続いた。
「虎姫、ワーウルフの言葉が判るのか?」
「いや、まさか」
若葉の返答に総司は「いや、でも」と再度問おうとし、
「でも言いたいことは何となく判るだろう?」
当たり前のようなその物言いに何を言う気もなくなってしまった。総司は深々とため息をつき、
「……虎姫。向こうが何か言ってきたら『多分こうだろう』でいいから教えてくれ」
「判った」
そんな話をしながら数分歩き、総司達は一つの大広間を見つけてそこへと入った。広さは学校の教室二つ分くらい。ワーウルフ側も異議はないような様子だ。その広間の一方の端に総司達五人が、もう一方の端にワーウルフ五人がそれぞれ立って、対峙した。
「Varrrruuu!」
魔法使いが何か言って前へと進み出て、それを受けて若葉がことさらに大きく頷く。
「タイマンが所望か。判った」
若葉が前へと出ようとし、だが魔法使いが抗議するように杖を突き出した。
「Varrrruuu! Varrrruuu!」
その杖が真っ直ぐに――総司へと向けられている。振り返った若葉の目は戸惑いを帯び、また気の毒そうなものとなっていた。
「……すまない。どうやら向こうさんは委員長との勝負を望んでいるらしい」
「うん。判る」
総司は諦めたようにため息をついた。魔法使いが確実に勝つために一番弱い総司を指名した――とは思わない。そういう性根ならそもそも一対一の勝負を挑んだりはしないだろう。大抵こういう勝負は一番強い奴かリーダーが受けるもので、ワーウルフという種族ではその両方が同一でも特に不思議はなく、そして総司達を見て誰がリーダーなのかを察するのはそこまで難しくはないのだった。
「でもどうしてこんな勝負を……そもそも受ける必要があるんですか?」
里緒の疑問に総司は「ある」と断言した。
「元の世界だって無力な人間の言葉に耳を傾ける者はほとんどいなかった。ましてや異世界で、前回の俺達と殺し合った相手だ。俺達の力を示す必要がある」
「殴り合えばどんな奴かは大体判る。力を認め合えば、勝負がつけばノーカンだ」
総司と若葉はこの勝負に意味を見出し、一方里緒と葵は否定的だった。
「夕暮れの河川敷で殴り合う、昔の漫画じゃないんだから」
と葵が呆れたように言う。匡平は若葉達と同意見だが、
「三島、勝てるのか? 俺が代わりに」
「心からそうしてほしいけど相手が納得するか判らない。……一応、作戦がないわけじゃないから」
万馬券を狙うような大博打だけど、と内心で付け加える総司が前へと進み出る。一方ワーウルフの魔法使いもまた前へと出、両者が何メートルかの距離を置いて向き合った。杖を手に構える魔法使い。一方総司は短剣をベルトに差し、手に持っているのは――魔法のカバンだ。カバンの口をわずかに開け、そこに手を突っ込んでいる。
若葉が場所を移動。両者の中間の、邪魔にならない地点、まるで審判のような立ち位置へとやってくる。彼女が自分の持っていた短剣を軽く振って両者に示し、それを放り上げた。短剣が地面に落ちて乾いた音を立てて、
「うおおっっ!」
「Varrrruuu……!」
それを開始の合図として総司と魔法使いが同時に動いた。総司が雄叫びを上げて全力疾走で魔法使いへと特攻。一方の魔法使いも短い呪文を唱え終えている。
「Varrrruuu!」
魔法の火炎が撃ち放たれ、一直線に総司へと突き進んだ。直撃すれば死にはせずとも大火傷、重症は免れず、そしてそれは直撃コースだ。足を止めた総司は大きく口を開けたカバンでそれを受けた。カバンの中へと火炎が入り――何も起きない。
「Varrrruuu?」
意表を突かれた魔法使いの、その半瞬にも満たない隙を突いて総司が彼へと体当たりする。体格差と体重差は大きく魔法使いはわずかに揺らいだだけで、むしろ総司が大きく体勢を崩していた。だが彼はそれに構わず、倒れながらカバンに左手を突っ込み、何かを取り出しながら、
「行けっ!」
カバンごと取り出したそれ――火炎を魔法使いへと投げ付ける。火炎はその眼前で炸裂し、彼は声を上げて倒れ込んだ。総司は倒れた魔法使いに馬乗りとなり、腰の短剣を抜いてそれを振り上げ、
「あああっっ!!」
雄叫びを上げながら渾身の力を込めたそれを魔法使いの顔面へと――そのすぐ横へと突き立てる。短剣の切っ先はわずかに石の床に突き刺さった。
「俺の……勝ちだ!」
「――Varrrruuu」
魔法使いが何か言うが、それを通訳してもらう必要はなかった。
勝負を終えた総司が一同の下へと戻ってきて、
「三島君!」
「いいんちょ!」
「三島」
「委員長」
気力体力を使い果たした総司がひざまずき、心配した一同が取り囲んだ。
「大丈夫ですか? 怪我は」
「手を火傷した。大丈夫、想定より大分軽く済んだ」
とは言うものの左掌には水ぶくれができ、皮膚の一部も剥がれている。その傷に里緒と葵は自分が痛そうな顔となった。
「相手の魔法攻撃を魔法のカバンに収納して、それを取り出して相手にぶつけた?」
匡平の確認に総司が「そういうこと」と頷く。この魔法のカバンは本来迷宮由来の物質しか収納できないが、
「火炎の魔法や風の魔法は魔素の塊だ、収納可能なはずと判断した」
「つまりはぶっつけ本番だったわけか」
もう一度「そういうこと」と言う総司は、今度はそっぽを向いていた。
「そんなことより! ああ、何か薬はなかったっけ」
「何もないです。早く水で冷やしてハンカチを巻きましょう」
葵と里緒がそんな風にわたわたとしていると、そこにワーウルフの魔法使いが歩み寄ってきた。匡平の手を借りて立ち上がった総司が彼と向かい合う。
「Varrrruuu」
彼は自分の持っている杖を前へと差し出し、それを総司は右手で受け取った。多分これで正しいはずと思いながらも絶対の自信があったわけでなく、結果として正解だったので密かにほっとしている。それで終わりかと思ったら魔法使いは小瓶を投げてきて、手の塞がった総司の代わりに匡平がそれをキャッチした。
「ありがとう」
「Varrrruuu」
魔法使いが背を向け、護衛を引き連れて立ち去っていく――当初の目的通り、再生の巻物と魔法の鏡を手にして。総司達はその背中が通路の暗闇へと消えていくのを見送った。
「いいんちょ、何もらったの?」
ワーウルフが立ち去るのを待ちかねていたように、それを問う葵。彼女の興味は小瓶の方に向けられていた。まるで香水でも入っていそうな、クラシックな意匠のガラス瓶だ。匡平から受け取ったそれを、総司は右手で解析する。
「……すごい、魔法薬だ」
「え、本当?」
「じゃあ早速使って治療しましょう」
と喜び勇む里緒達を、総司は「いや」と止める。
「これ、迷宮由来の物質に負けないくらいに魔素の含有量が高い。もしかしたらコピーできるかもしれない」
総司が床に置いたその小瓶に魔法の鏡を向け、「増えろ!」と鏡を振る。鏡面から魔法薬が出てきて――ただし瓶はコピーできず、軟膏状の薬だけだ。それが床にぶちまけられた。
「……一応コピーできたな」
総司は右手で床のそれを拭って左掌に塗った。その途端、強い痛みが引くのが判る。また水ぶくれや皮膚の剥がれも縮小するのが目に見えて判った。完治には至らずとも、中程度が軽い火傷にまで軽減している。その効果に総司達は目を見張った。
「すごい、これこそ本当の魔法だな」
「大成果だな。しかもコピーできて使い放題なんて」
「ああ、助かる」
ただオリジナルの魔法薬(その小瓶)は魔法のカバンに収納できないので誰かが持たなければならず、相談の結果里緒が持つこととなった。中身は大量にコピーして――きれいに洗ったペットボトルに入れてそれぞれのカバンに収納する。
「……なんか、途端に効き目が弱そうになったね」
「有難みがなくなったな」
その見た目に言いたいことを言う二人を、総司は「仕方ないだろう」とたしなめる。
「液体を持ち運ぶのにこれ以上手軽で便利で耐久性に優れた入れ物があるか? 劣化はかなり早くなるみたいだけど、またコピーしたらいい」
葵と匡平もそれ以上は文句を言わなかった。里緒が話題を変えるように、
「その杖はどんなものなんですか?」
「見ての通りの、魔法使いの杖のようだけど……」
と解析をかける総司は、得られた情報に目を見張った。
「うん、なるほど。こんなことになっているのか。この杖の内部には地水火風の四台元素と光闇、合わせて六種類の発動体が入っていてこの組み合わせで様々な魔法を使うものと思われる。小さな魔法陣が一緒に入っているんだけどこれが電子回路そっくりで」
「うん、そこまで詳しい説明はいらないかな」
葵のあっさりとした言葉に総司は「そうか」と、ちょっとしょんぼりとなった。
「まあ、ともかく。もうこんな時間だ。今日休めるところを探しに行こう」
と気持ちを切り替えた総司が一同に告げ、彼等は移動を開始した。
――この日、ようやくつかんだ第一歩は小さなものだったかもしれないが、総司達にとっては大きな前進だった。彼等は暗闇の中を手探りで、それでも着実に前へと進んでいく。
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