第13話(SIDE E)


「……まあ、簡単にはいかないと最初から判っていたことだけど」


 総司は疲れたようにため息をつくが、それは他のパーティメンバー、若葉・匡平・葵・里緒も同様だった。彼等がこの「永遠の楽園」と呼ばれる地獄にリポップして五日目。外部勢力と接触して意思の疎通を図る、という目標を立て、行動を開始して三日目。だがその行動は未だ何ら成果を結んではいなかった。

 まずは情報収集を優先し、迷宮探索を進める一方でリザードマンやワーウルフといった獣人を見つけたらその様子を観察して、だが彼等の索敵能力はときに葵の祝福を超え、彼等が総司達を見つけたなら殺意をたぎらせて突撃してきて、逃げ出すけれど追いつかれてやむを得ず里緒の呪歌や若葉の腕力により撃退し――この三日間はそのくり返しで終始している。


「もう! こっちは殺さずに見逃してやってるんだから、その思いを理解して『仲良くしようか』って歩み寄ってくるのが普通じゃないの?」


「それはどうでしょうか……」


 葵の憤りに里緒すらが首を傾げた。


「舐められている、ってかえって怒っているかもしれない。わたしだったら絶対にそう感じて、このままじゃ済まさないって思うと思う」


「それはどうなんだろう」


 と首をひねる総司。だがいずれにしても、総司達の行動について獣人側がどう感じているのか、それを知ることすらできない。このまま動き続けるのが正解なのか、誰にも判断はつかなかった。


「一回ぶん殴って無力化した奴をまた見かけたこともあった。はっきり言ってキリがないんじゃないか? これ」


 それは総司も感じていることで、彼は頭を抱えて唸るしかない。

 戦いとなっても殺されはしない、ということが獣人側に理解されている可能性がある。攻撃の仕方にためらいや恐れがなくなっているように感じられる。このままこの綱渡りのような戦いを続けてもより激しくなった獣人の攻撃を防御しきれず誰かが死ぬか、もう手加減できる状況ではなくなり相手を殺してしまうか――その場合、相手は「だまされた」と判断して停戦への望みはほぼ絶たれることとなるだろう。

 迷宮の奥の探索を優先させるべきなのだろうか? だがより多くの情報を手に入れられるのは、奥よりも外の方だろう。色々と検討した結果、


「……とりあえず、今よりも外に近付かないようにして、あまり奥に行かないようにして、未踏破部分の探索を優先することにしたい」


 正直言って時間稼ぎのような、前向きとは言えない折衷案だったが、


「賛成、これ以上の獣人との接触は危険すぎる」


「また何か便利アイテムを見つけられるかもしれないし!」


 匡平と葵が言葉で、若葉と里緒が表情で賛意を示す。ひとまずの方針が決定し、休憩を終えた総司達は探索を再開した。






 ……そして数時間後。戦闘にはならなかったがそれだけで何の進展もないまま時刻は夕方に近くなり、「そろそろ今夜の寝床を探すべきか」と考える頃。


「……なんかたくさんの獣人の声……もしかして悲鳴? 誰かと戦ってる?」


 索敵の祝福で葵がそれを察知、総司達は顔を見合わせた。


「戦うって、あいつ等が誰と?」


「まさか四番目のわたし達か?」


「ともかく行ってみよう」


 葵と若葉を先頭にして五人が走り出す。二人の背中を追いかけながら総司はいくつかの可能性を検討した。


(四番目の俺達、外部勢力同士の派閥争い、俺達以外の迷宮防衛モンスター……他に何がある?)


 そして走ること数百メートル。五人は通路を通り抜けて大広間のような場所に到着し、そこで展開されている戦いを目の当たりにした。戦っているのはリザードマンの雑兵集団三〇人ほどで、その相手は――一〇匹近いゾンビ軍団だ。ただ、人間の形をしたゾンビはほとんど残っておらず、残骸となってその辺に散らばっている。形を残し、敵を襲っているのはゾンビ化したリザードマンだ。まともなリザードマンはゾンビ化したリザードマンに大いに苦戦しているようだった。


「……なるほど、三つ目か」


「三つ目?」


「いや、こっちの話だ」


 一人納得する総司に葵が不満げに問う。


「どういうこと? なんでゾンビが獣人と戦ってるの?」


「俺も今ここでようやく確証を得たことだけど、どうやらゾンビは俺達の同僚らしい」


「同僚?」


「俺達と同じ、迷宮防衛のために配置されたモンスターってことだよ」


 総司が自嘲するように言い、葵達は戸惑う顔を見合わせている。


「……あれが俺達と同じだって言うのか」


「ちょっと考えれば判る。俺達三〇人で、しかもまともに戦えるのが虎姫と高月だけでこの迷宮を防衛するなんて、どう考えても無理な話だった。俺達はただのおまけで、迷宮防衛の主戦力はあっちなんだろう。あるいは虎姫達はレイドボスやフロアボスの役回りなのかもしれない」


 自分達がゾンビと同じと言われ、若葉達は改めて自らの在り方をおぞましく感じ、慄然とした顔となっている。一方総司はそのような感傷を一時棚上げし、少しでも情報を得るべく目を凝らした。


「……おそらくゾンビの体液を浴びてゾンビ化してしまったのは同じだろうけど、リザードマンがあまりゾンビ化していない?」


 両手を前に突き出し、のそのそと動き、まともなリザードマンに襲いかかる、その行動パターンはゾンビそのものだ。が、外見だけではまともなリザードマンとゾンビの区別は難しかった。トカゲのようなその硬い皮膚では血色が判らず、その表情も読みがたいためだが、それだけでもない。


「ゾンビも俺達も同じ魔法のレゴブロック製。親和性が非常に高かったため塩津達はすぐにゾンビ化した。真っ当な存在であるリザードマンは体液を浴びてもすぐに全身がゾンビになるわけじゃないんだろう」


 ゾンビに苦戦していたリザードマンだがこれを排除しきれず、後退を決断する。逃げるリザードマンをゾンビが追うが両者の行動速度には一、二割の差があり、撤収は危なげなく完了した。多くのゾンビはリザードマンを追って通路の一つへと消えていくが、よほどの不運がなければ逃げられるものと思われた。一方一部の、敵を見失ったリザードマンゾンビがふらふらとうろつき、うち一匹が総司達の方へと向かってくる。若葉と匡平が戦闘態勢となるが、


「待て! 少しでも体液を浴びたらすぐにゾンビになる、あいつ等は俺達の天敵だ」


「それじゃ逃げるか?」


 総司は少し考え、


「一つ試したいことがある」


 と魔法のカバンから「再生の巻物」を取り出した。


「これを使ってみてほしい」


「判った」


 それを渡された匡平は「加速」の祝福を使って音もなくそのゾンビに接近。それが何をするよりも速く、再生の巻物を行使した。巻物が光を放ち、それが収まるとゾンビは棒立ちとなり、そのまま倒れる。ぴくりとも動かないそれに、総司達はおそるおそる近付いた。


「何をしたんですか?」


「再生の巻物は破損した人体や物体をデリートして初期状態のコピーと置き換える。リザードマンは対象外だけどゾンビはその対象だ。体液が初期状態に戻ったため侵食が停止したものと思われるが……」


 総司は火で炙った鉄に触れるようにして指先でそのリザードマンに触れ、そのうちにしっかりと掌を付けて解析する。その両脇に若葉と匡平が立ち、そのリザードマンを最大限警戒した。


「おっと、もう再起動した」


 総司が慌てて掌を放して距離を取り、若葉達もそれにならう。総司が再度「再生の巻物」を使ってその動きを止めて解析を再開。


「……なるほど。体液が体内で増殖し、脳を侵食してゾンビっぽく動かしているわけか。初期状態に戻されても体液は体液のまま、容量は減ってもまた増殖する。そして脳が侵食されてしまえば脳死した死体と同じで、手の施しようがない。腐ったゾンビはあんな身体だから行動速度が遅いけど腐る前なら普通程度の速度で動ける、と」


 ひとまずは満足するまで解析した総司がそれから離れ、それに若葉達が続き、その場には一匹のリザードマンの死体が残される。やがてそれは起き上がり、のそのそと移動を開始。そのゾンビはいつまでも当てもなく、ふらふらと迷宮を彷徨い続けていた。






 翌日、総司達五人はひたすら迷宮の中を歩き回っている。ときに獣人に見つかって逃げ出し、ときに戦闘になって呪歌で撃退しながらも歩き続けて、午後。


「ようやく見つけた。おあつらえ向きみたいだぞ」


 先頭を歩く若葉が報告。彼女が手振りで通路の角を示し、総司がその向こう側をこっそりとのぞき込む。見ると、ワーウルフの一団がゾンビの一団と戦っているところだった。その数はざっと一〇対四。人間のゾンビはほとんど原形をとどめずその辺を転がり、主敵がワーウルフゾンビとなっているのも前回と同じである。


「準備はいいか? 打ち合わせ通りやるぞ」


 総司の確認に一同が頷く。里緒はバイオリンをいつでも弾ける体勢で、総司達は両手に「再生の巻物」を持てるだけ持っている。葵と里緒は恐怖と緊張で青い顔で、若葉と匡平もまた平静とは言い難がった。だがどんなに危ない橋だろうと、これを渡らなければ先には進めないのだ。


「行くぞ!」


 総司を先頭として五人が走り出し、その戦いの渦中へと身を躍らせた。ワーウルフはさらなる敵の出現に歯を軋ませる。だが総司達に彼等と戦うつもりは毛頭なかった。四人は手にした再生の巻物を広げながらばらまいていく。それはまるで手榴弾のピンを抜いてばらまき、戦場を駆け抜ける兵士のような姿だった。が、再生の巻物は爆発などしない。ただ光を放ち――それを浴びたゾンビの残骸が普通の死体へと置き換えられる。ワーウルフのゾンビは動きを止めて倒れ伏した。

 倒れている人間の死体は病院の検査衣みたいな簡素な貫頭衣を身にしている。それは今死んだばかりのように新鮮で、今にも動き出しそう――いや、動き出した。もたもたとぎこちなく起き上がり、のとのとと歩き出そうとしている。


「こいつ等、初期状態が死体なのか」


 総司はその新発見に驚くが考察は後回しだ。総司達の働きで戦闘が一時中断。ワーウルフの一団は一箇所に集まり同胞の死体と総司達の両方を警戒しているが、敵意と警戒のほとんどは総司達五人へと向けられていた。一方こちら側も安穏としているわけではなく、若葉と匡平は戦闘態勢のまま待機。里緒も即座に呪歌を使える状態を維持している。そして総司は一歩前へと進み出――魔法の鏡と再生の巻物を手に持った。リザードマンと比較すればワーウルフの表情はずっと読みやすく、彼等の警戒がさらに強まったことが感じられる。戦闘を避けるために、するべきことを手早く終わらせなければならなかった。再生の巻物を地面に置き、それに魔法の鏡を向け、


「増えろ!」


 鏡を揺らすとその鏡面から巻物のコピーが転がり出てくる。二回、三回とそれをくり返し、ワーウルフにその使い方を見せつけ、その鏡を床へと置いた。


「行こう」


 目的を果たした総司達が逃げるように去っていくが、ワーウルフはそれを追おうとはしなかった。ただ長い時間、彼等は当惑した顔を見合わせていた。


「……判ってくれたでしょうか」


 期待に満ちた里緒の言葉に総司は「さあ」と素っ気なく言う。


「一回だけで判ってもらえると思うべきじゃない。判ってもらえるまで何度でもやる」


 総司の自分に言い聞かせるような言葉に一同が頷く。彼等は次の目標を探し、迷宮を移動した。

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