第11話(SIDE E)
「俺達はクラス全体で異世界にトラック転生したんだ! 転生特典のチート能力を授けられて!」
クラスメイトの塩津正雄がいきなり歓喜の雄叫びを上げて、三島総司は「何言ってんだこいつ」と白い眼を向けた。
「何言ってんのこいつ」
実際にそう口にしたのは同じくクラスメイトの木ノ本咲夜――彼等が知る由もないが、そのやりとりはまるで「前回」をそのままなぞったかのようだった。塩津が自分の祝福、「無
ただ、幸運にも彼等は突然モンスターに襲われたりはしなかった。当然これ以降の展開は前回とは全く違ったものとなっていく。
「……いつまでもここでうだうだと話し合っていても何にもならないだろう。とにかく移動したらどうだ?」
「確かに、何にしても情報が足りない。情報を手に入れる必要がある」
匡平の提案に総司がそう頷き、クラスメイト三〇人全員に対して移動を促した。一同は困惑した顔を見合わせるばかりで何も意見は出てこない。賛成するにも反対するにも判断材料が何もなく、そもそも彼等は現状を決して受け容れてはいないのだ。
「トラック転生なんてそんな馬鹿なこと……外に出ればきっと携帯もつながるっしょ」
木之本はそんな物言いで移動に消極的に賛成、また目の前の事実への態度を保留とした。塩津はその「現実逃避」を鼻で笑うがほとんどのクラスメイトが木之本に倣い、ようやく彼等はぞろぞろと歩き出した。先頭を歩くのは虎姫若葉と高月匡平のツートップ、その後ろに三島総司、その次に向日葵と桂川里緒が続き、さらにその後ろに塩津正雄等クラスメイト二五名が並んでいる。
「三島、何か落ちている」
匡平がそう報告したのは、彼等が歩き出して五分も経たない時点だった。通路の側面にいくつかの小部屋が並んでおり、その一つをのぞき込んだときに遺留物を発見したのだ。それは古びた、簡素な革袋で、それが部屋の真ん中にぽんと放置されている。
「……これはネズミ捕りのような罠の一種か?」
眉を寄せて警戒する総司だが、それを捨ておくという選択肢はない。「解析」の祝福を使ってその部屋に罠がないことを何度も確認し、また革袋も同様に念入りに解析し、ようやくそれを――魔法のカバンを手に入れる。魔法のカバンや、その中に入っていた魔法の鏡に総司がぶち切れそうになったことは言うまでもない。
だが、それ等は全て些末事だ――カバンに入っていたノートの、そこに記されていた真実と比較するなら。それは「前回」の高月匡平が、向日葵が、桂川里緒が、虎姫若葉が、そして三島総司が生命を懸けて掴んだ情報であり、彼等が生きていた証だった。
「――そのためには迷宮探索を続けなきゃいけない。やるべきことは何も変わらない」
総司の言葉に「そうだな」と匡平が頷き、若葉も、葵も、里緒もまたそれに続いた。「この地獄を終わらせる」、鋼のように確固たる決意をその胸に、炎よりも熱く輝くその覚悟を瞳に宿して。
――だが、五人ならともかく三〇人の意志がそう簡単に一つとなるはずがない。
「こ……こんなの信じるのかよ?! 信じられるかよ!」
そんな必死の声を上げるのは塩津だ。一同の注目を集めた彼が手を振り回して全員へと訴える。
「今のこの俺達がコピー? 迷宮防衛のために作り出されたモンスター? これまで何度も死んでいて、そのたびにリポップしている? 信じるのかよ、こんなデタラメな話を!」
「トラック転生よりはよっぽど筋が通ってると思うけど?」
葵のもっともな突っ込みに塩津は逆上し、今にも掴みかかりそうになった。だが若葉の鋭い視線に彼は縫い留められたように足を止める。葵を罵ろうとして、だが何も反論し得ず、噛みつかんとして歯が届かないかのごとく口を開閉させるだけである。
「で、でも! 俺は確かに女神さまに会って! 祝福を使ってこの迷宮を攻略しろって!」
「他に誰か、その女神さまに会ったってやつは?」
匡平がその場の全員に問い、誰も手を挙げる者はいない。それを確認した匡平は小さなため息を一つつき、哀れむような顔で塩津に向き直った。
「前に読んだラノベか何かを夢に見ただけなんじゃないのか?」
「いや、そうとばかりも言い切れない」
そう言い出したのが総司だったため匡平はちょっと驚いた目を向ける。
「その根拠は?」
「塩津が真っ先に祝福を使っただろう」
あれがあったからこそ総司も自分の祝福を理解して使えるようになったが、そうでなければそう簡単に祝福に目覚めていたとは思えない。
「俺達がすぐには殺されないように、侵入者とまともに戦えるように、祝福に目覚めるように促した。俺達をこんな目に遭わせている張本人、この迷宮の支配者が――おそらくそれはラスボスの『迷宮の守護者』とイコールだ」
「でも、それにしては情報の伝え方が中途半端というか……わたし達を騙していいように戦わせたいのなら他のやりようもあるんじゃないでしょうか」
手を挙げて疑問を提示するのは里緒である。
「全員の夢に女神さまとして出てきて『手違いで死なせてしまったのでおわびにチート能力を与えて異世界に転生させますね』って?」
総司はそう言って苦笑し、肩をすくめる。里緒もまたその説明で完全に納得していた――それはあまりに陳腐で、あまりに阿呆らしく、あまりに嘘くさかった。
「それよりは、夢か妄想か判らないような形で非常に限られた情報しか与えず、疑わしく思いながらも他に頼るべき指針もないから一応その情報を前提条件として行動して……そうやって、俺達が右往左往する無様な姿をどこかで見ていて、嗤っているんじゃないかと思う」
だしにされただけ、と断言された塩津は総司に強く反発するが、それが反論として言語化されることはなかった。ただ、舌打ちしてふて腐れるだけ、という非生産的な態度として表現されたのみである。
「でも、そうなると『迷宮の守護者』って誰なのか……」
里緒の疑問に総司もまたその正体を推測する――その発想の根本は、どう考えても異世界人のそれではなく地球人、それもオタク文化に慣れ親しんだ日本人のそれだった。つまりは今この場にいないクラスメイト(及び担任)の誰かではないか、という疑念が強くなっていくのだが、
「充分な根拠もなしに誰かを犯人扱いするべきじゃないと思う。ともかく情報が足りない、もっと情報が必要だ」
総司の自他に対する戒めに里緒もまた「そうですね」と頷いた。
「このノートに書いてあること全てを鵜呑みにはできない。もしかしたら本当に、どこかに女神さまがいないとも限らない。それを知るためにももっと情報が必要で、つまりは迷宮探索を続けなきゃいけない。やるべきことは最初から何も変わらない」
回り道をしながらもようやく再びその結論に至り、総司達は迷宮探索を再開する。だが総司達は、前回では思いもよらないような困難に見舞われることとなる。
「虎姫、次の角を右に」
「判った」
総司の指示に頷く若葉だが、
「ちょっと待て、どこに行くんだ」
後ろから異議の声が飛んできた。総司がちょっとうんざりしたような顔となって後ろを振り返ると、前に進み出てきたのは大柄な男子。彼の名は瀬田輪大と言い、サッカー部で活躍するスポーツマンである。
「大体お前、何かあてがあって進んでいるのか? ただ適当に、行き当たりばったりで歩いているだけじゃないのか」
「じゃあお前には何か行くあてがあるのか」
若葉の問いに瀬田は一瞬言葉に詰まるが、
「何のあてもないならとにかく真っ直ぐ突き進めばいい! この迷宮の大きさがどれだけか知らないけど一時間も歩けば外に着く! 適当に右に左に曲がったって、道に迷って堂々巡りをするだけじゃないか!」
会心の、的確な指摘ができたと、瀬田は偉そうな顔となった。それが面白くない若葉と匡平は総司に期待の目を向け、
「何のあてもないままならそれもいいと思う」
「何かあてができたとでも?」
嘲笑するようなその問いに総司は「ついさっき」と頷いた。
「さっきまでは行き当たりばったりで歩いていた、と言われても仕方なかったけど、無目的に右に左に曲がっていたわけじゃない」
と総司は手にしたノートを一同に示す。
「前回の『俺』の残したマップと通路の形を照合して現在地を探っていた。それと水路の水の向きを確認して、どっちが外でどっちが内かは大体掴めたと思う」
「それで今はどっちに向かおうとしているんだ?」
内側へ、という答えに「どうして!」と瀬田は強く反発した。
「こんなところからはさっさと逃げ出すべきじゃないのか!」
「外に出れば携帯だってつながる、助けだって呼べるじゃん!」
未だそれに固執するのは木之本で、塩津が呆れたような目を向けた。それに対して総司は静かに首を横に振り、
「外に近付けばそれだけモンスター……いや、侵入者が増えていく。リザードマン、ワーウルフ、オーク、そんな敵に襲われて、戦えるのか?」
瀬田は「戦える」と胸を張りはしなかった。悔しげな顔で総司をにらむだけである。
「まともに戦えるのが俺と虎姫の二人だけで、さすがにこの人数を守れないぞ」
祝福を授かったのは総司達五人と塩津だけではない。残りの二四人全員が何らかの祝福を手にしている。たとえば火炎の魔法、たとえば風の魔法――だがそれで戦えるかどうかは別の話だった。総司達五人を例外とするなら塩津の「無〇の剣製」でも強力な部類であり、そもそも論として彼等は野良犬一匹殺すにも抵抗を覚える、普通の善良な高校生なのだ。いくら襲われたからと言って、いくら敵が人間ではないからと言って、祝福を十全に駆使してためらいもなく敵をぶっ殺せる若葉や匡平の方がよほどおかしいのである。
「で、でも、内に向かってどうしようっていうんだよ。そこから先は」
「ひとまず考えているのは、安全な拠点を探すことだ。せめてはとりあえず、今日休めるところを見つけたい」
「安全な」「休めるところ」の単語に一同の顔が色めき立った。賛意の空気に瀬田は(勝手に)追い詰められていき、苦し紛れに、
「安全な拠点を見つけて、その後は。そんなのただの一時しのぎだろう」
「その後は、クラスを二つに分けることを考えている。探索班と、拠点に残る班に。正直言ってこの人数を引き連れての探索は無理だ」
想定していなかったが、ちょっと考えればすぐ判ることだった。三〇人もの人間で迷宮探索をすればどうなるか、など。たとえばトイレ一つにしても全員が同じタイミングで行くわけではなく、一人が用を足すために全員の足が止まる。三〇人もの人間がいれば五人の六倍、そうやって足踏みをすることとなるのだ。
「文句を言うだけで何もしない人間もいるしな」
「誰のことだよ」
「判らないのか?」
匡平の嘲笑に瀬田が歯軋りをし、総司はさらにうんざりした顔となった。
「今はつまらない喧嘩している場合じゃないけど、人数が増えればそれだけ衝突も増える。効率的に動くためにも班を分けることは必要だ」
身も蓋もない本音を言うなら、探索班には総司と若葉と匡平の三人がいればそれで充分であり、他のクラスメイトには身の安全を最優先としてほしいと思う。おそらくクラスの大半はそれに賛同するだろうし、瀬田も結局はそれを受け容れることだろう。
……そんな風に時間を浪費しながらも総司達は探索を再開、迷宮の内側と思しき方向に向かって進んでいく。安全な、休める場所に――その思いが一同の背中を押したのか、そこから先は大して足踏みすることなく前へ前へと進んでいった。幸い敵に遭遇することなくかなりの距離を進み、またその道中で、
「よし、魔法の鏡だ!」
とある小部屋に隠されていた便利アイテムを発見し、それを手にした総司はガッツポーズを取った。一方葵や里緒は首を傾げている。
「でもそれ、もう持ってるやつじゃないの?」
「一つしかなかったじゃないか」
魔法の鏡は迷宮由来の物質なら何でも、いくらでもコピーして増やせる、必要不可欠の超絶チートアイテムだ。だが、魔法の鏡でコピーできないものが一つだけあった。
「魔法の鏡がないと食料がなくなってすぐに行き詰まるけど、これは一個しかなくて自分自身は増やせない。つまりはクラスを二つに分ける、なんて無理な話だったんだけど」
「これでクラスを二つにでも三つにでも分けることができると」
その通り、と頷く総司。魔法の鏡が二つあるなら魔法の鏡をいくらでもコピーできる。全体の生存性を考えるなら大人数が一つに固まるのではなく何人かに分散して別々の場所に隠れるべきで、その班全部が魔法の鏡を持てるのだ。
班を分けることが現実的となり、総司は軽い足取りで前へと進んだ。これで後は安全な場所を見つけられれば――だがその思いはすぐに打ち砕かれることとなる。
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