第07話(SIDE B)
総司達が異世界にトラック転生(?)し、この「永遠の楽園」と呼ばれる迷宮の探索を開始して今日で四日目、丸三日間・約七二時間が経過。迷宮攻略は今、大きな壁にぶつかり難航しているところだった。
「これでラスト!」
総司達五人はモンスターの群れと遭遇した。それは小学生くらいの矮小な体躯と、鬼のように醜い容貌のモンスター。見た目のままにゴブリンと呼んでおくが、それの二〇匹近い集団と出会い頭にぶつかって戦闘となったのだ。彼等は襤褸同然の衣服しかまとわず、その武器は木製の槍か棍棒と非常に粗末なものだけだ。若葉や匡平からすれば二〇匹という数も大した脅威ではなく、草を刈るようにさくさくと倒して一掃した。だが、
「Gigigigigi!」
通路の奥から響く何十という啼き声と、何十という足音。若葉達が一蹴した群れはただの先遣隊でしかなかったようで、数え切れないほどの集団が総司達へと向かって突進してきている。
「さっきの階段まで後退!」
総司達は尻に帆をかけて逃げ出し、ゴブリンの群れがそれを追った。元来た道を百メートル以上引き返し、通路の側面に設置された階段に飛び込む。それを追うゴブリンの群れが先を争うようにその狭い階段に身体をねじ込んだ。
前回近い状況になったときは若葉が壁となってリザードマンの前に立ち塞がったが、さすがに今回は敵の数があまりに多く彼女の負担が重すぎるし、何より壁なら別にある。
「Gigigigigi?!」
先頭のゴブリンは光の壁にそれ以上の進行を阻まれて困惑の啼き声を上げた。その後ろから味方のゴブリンが殺到し、彼は光の壁と味方に挟まれて圧し潰されそうになる。来るな、という声も多くの悲鳴にかき消されて後続には届かなかった。今回逃げたのが下方向だったのが災いし、先頭集団のゴブリン十数匹が本当に圧し潰されて全身の骨を折り、うち何匹かが死亡した。
一方そこから一階下。「結界の宝玉」を壁としてモンスターの接近を阻んだ総司達だが、未だそこに留まっている。パーティの最後尾でしんがりを務めた若葉がゴブリンの攻撃により負傷したからだ。おそらくは苦し紛れか何かで撃たれた矢が彼女のふくらはぎに命中し、さらには、
「くそっ、多分毒矢だな」
「虎姫さん、しっかりしてください」
若葉は大量の脂汗を流し、意識を朦朧とさせていた。矢が刺さったまま長い時間走り回っていたのが失敗だったようで、毒がかなり回っている。このまま放置すれば彼女が生命を落とすまでさして時間はかからないだろう。昨日までなら彼等に打つ手は何もなかったが、
「いいんちょ、早く」
「判っている」
総司が魔法のカバンから取り出したのは魔法の
「……あれ」
光が収まったとき巻物は消えてなくなっており、若葉は発条のように飛び起きた。ふくらはぎの傷が完全に癒えていることを、全身のコンディションを確認する。
今回使ったのは、名前を付けるなら「再生の巻物」。これまで手に入れてきたアイテムとは違って消費型で使ったなら消えてしまう代物だが、魔法の鏡を持っている彼等にとってそれは何の問題にもならなかった。
「虎姫、傷は、具合は」
「何一つ問題はない。むしろ前より調子がいいくらいだ」
若葉は完全回復を誇示するように高く足を上げて虚空に蹴りを放つ。その姿に、傷一つないその足に一同は安堵の笑みを見せた――総司を除いて。
「……そのジーパン」
「あれ、穴が塞がっているな」
身体に傷が何一つ残っていないのと同じくジーンズのふくらはぎの部分も穴も血の跡も消え去り、まるで新品のようになっている。
「身体だけじゃなく服も元に戻してくれるのか」
「便利だね魔法!」
そう言って葵は笑うが、総司は顔色を悪くするばかりだ。
「どうかしたんですか?」
「……いや、何でも」
何かが引っ掛かるがそれが何か判らない。直感が何かを訴えているが考えがまとまらない――まるで、無意識のうちに正解から目を逸らしているかのように。
「ともかく、移動しよう」
少し進んで十字路に差しかかったので、その四つ角全てにコピーで増やした「結界の宝玉」を設置して道を塞いだ。
「これで別の経路からゴブリンがやってきても少しは時間を稼げるはず……」
そうして総司達は探索を再開した。目指すのは総司が「外」と推測する方向だが、さほど歩かないうちにまたモンスターの集団と遭遇した。その身長は二メートル近く。衣服は着ておらず、全身が長い剛毛に覆われている。体形は人間のそれだが首から上は猪のそれ、凶悪な二本の牙が長く伸びている。オークと呼ぶのが適当なそのモンスターは一二を数える集団であり、さらにはその武器も金属製の槍や棍棒だ。おそらくはそれ一匹でもゴブリン一〇匹以上に相当するに違いない。さらに最悪なのが後退して逃げた先が広間のようになっている袋小路で、遮蔽物も何もないことだった。
「くそ、逃げ道は……」
「ない、覚悟を決めろ」
焦って左右を見回す総司に若葉が冷厳と通告し、総司は唇を噛み締めた。
「高月はみんなを頼む」
「判った」
若葉の指示に匡平が頷く。さすがの匡平もいつものような余裕はなく、真剣な表情だ。大きく息を吸った若葉が刮目し、オーク軍団のど真ん中へと吶喊した。祝福により限界を超えて強化した蹴りが、拳がオークへと叩き込まれ、瞬く間に三匹が血反吐を吐いて倒れ伏す。
「Gagagaga!」
だがその程度で怯むモンスターではなく、オークはむしろ怒りと殺意をたぎらせて若葉を包囲せんとした。大きくジャンプした若葉はオークの頭頂部に手を突いて一回転し、その包囲から抜け出す。背後に回った若葉が速射砲のような蹴りを放ち、四匹目のオークのどてっぱらに風穴が空いた。
「Gagagaga!」
怒りに燃えるオークだがさすがに若葉の戦闘力を警戒したようだった。残り八匹のモンスターと若葉が対峙する。匡平や総司達をより与しやすいと判断したのだろう、三匹がそちらへと殺到し、五匹は若葉を足止めした。
「桂川!」
里緒が呪歌を行使しオークの動きが鈍った。そこに匡平が突進し、ほとんど同時に二匹のオークの喉に剣を突き通す。残った一匹が総司達に襲いかかるが、その寸前に葵が跳躍。オークの眼前へと出現した葵は短剣でその顔を貫かんとした。が、
「しまった!」
「Gagagaga!」
オークが咄嗟に首をひねり、それでも短剣はオークの右目に突き刺さり、だが浅い。眼球は破壊したが頭蓋には届いていない。地面に墜落した葵は再びの跳躍で総司と里緒の下に戻り、そこに隻眼となったオークが怒り狂って襲撃してくる。慌てて逃げ出す総司達だが、それは自分からもう一方のオーク集団に接近するのと同義だった。総司もそれが判らないわけはないのだが他に選択の余地などなかったのだから仕方ない。
「くそっ!」
まず匡平が隻眼となったオークを始末し、総司達に気を取られたオークのうち二匹を若葉が打ち倒す。そして残り三匹となったオークの全員が総司達へと殺到した。里緒が呪歌を行使してオークの動きが鈍る。それに対して彼等のうち一匹が小さな巻物を取り出し、それを紐解いて放り投げた。巻物がまばゆい光を放って、
「呪歌が!」
「魔法阻害か!」
里緒の呪歌の効果が大きく弱まっている。その巻物は魔法阻害のアイテムなのだろう。ただしリザードマンの阻害魔法と比較すれば効果は限定的で、祝福が使えないわけではない。また巻物が放つ光量も目に見えて減衰していることからその持続時間も長くはないようだった。それでも、一瞬の攻防が生死を分かつこの戦場でその威力は絶大だ。若葉と匡平がそれぞれ一匹のオークと戦っているが、戦況は五分だった。そして残り一匹が総司達へと迫ってくる。総司は恐怖に歯を食いしばり、里緒は涙を流しながらも必死にバイオリン演奏を続けた。オークは苛立たしげな顔をするだけでその足は止まらない。
「ああああっっっ!!」
葵が自棄になったかのような雄叫びを上げてオークへと吶喊した。そのオークは棍棒を振り上げ、振り下ろす。唸りを上げたそれが――葵に直撃した。
「――」
総司の呼吸と思考が凍り付いたように止まった。まるで時間も止まったかのように、全てがスローモーションのようにゆっくりと動き、鮮明に見えている。
棍棒は頭部と肩を打ち据え、葵の頭蓋が割れてその内側から白い脳漿が見えた。大量の血飛沫は噴水のように四方へと広がり、その赤い雫一つ一つがきらめていた。咄嗟に頭部をかばおうとして上げた腕は小枝のようにへし折れて関節が二つ三つ増えている。棍棒が振り切られて彼女は圧し潰されるように地面へと叩き付けられた。片方の目はどこかに行ってしまい、もう片方の目は大きく見開かれて眼窩からこぼれ落ちそうだ。その唇が何かを言おうとするように開いて、閉じた。
「しねえっ!」
葵が上から降ってきた。
跳躍の祝福により天井までテレポートした葵が頭上という死角からオークを奇襲。葵は全体重を短剣に込め、その先端がオークの頭頂部を貫き、破壊する。葵はオークの頭部に短剣を置き去りにして地面に転がり落ちた。刺突の勢いで手首を痛め、着地にも失敗して全員を打撲している。それでも彼女は顔をしかめながら起き上がろうとし、だがそのオークはもう生きてはいなかった。まず足が崩れてひざまずき、そのまま横倒しとなるオーク。また若葉と匡平がそれぞれオークを殺したのもほぼ同時だ。それを確認した葵は力尽きたように地面に突っ伏した。
「あ、葵ちゃん! 身体は」
「あー、全身痛くて泣きたい。早く治して」
里緒が再生の巻物を使って葵を治療し、その光景を総司は身も心も凍り付かせたままただ見つめている。
「よし! 元気百倍!」
治療を終えた葵が勢い良く立ち上がってガッツポーズを取り、その姿に里緒が信じられないものを見る目を向けた。
「あの、葵ちゃん。確かオークの棍棒で殴られたはずじゃ……」
「その前に跳躍で逃げたじゃない」
その答えに首をひねる里緒。だが実際、オークの棍棒の直撃を受けて潰された葵の死体はどこにも存在しない。まるで夢か幻を見たかのよう……何かの見間違いだったのだろうかと、里緒は疑問を抱きつつも無理に自分を納得させようとしている。一方の総司は――突然その場で四つん這いとなり、吐いた。
今朝食べたものを全て吐き出し、胃液を吐き出し、それでも吐き気は収まらない。吐しゃ物が気管に入って激しく咳込み、吐きながら咳込み、ついには喉が裂けて血の混じった咳を吐いた。
「三島君、大丈夫ですか?」
「いいんちょ、しっかり」
「三島、どうした」
「何か毒でも食らったのか?」
水路を流れる水を飲み、水でうがいをし、何とか人心地つく。吐き気はひとまず収まったがその顔色はほとんど死人のそれだった。
「これ使う?」
そう言って葵が差し出したのは再生の巻物だ。悲鳴を呑み込む総司が必死に手を払い、巻物が地面を転がっていく。力任せに手を殴打された葵は、総司に暴力を振るわれたことを信じられないように呆然とするばかりだった。
「委員長、どういうつもりだ」
若葉が避難がましく問うが総司はそれに応えられない。凍えるように身体を丸めて、身を震わせるだけだ。一同が途方に暮れたように顔を見合わせ、
「……どうしよう」
「これ以上ここに長居するべきじゃない。移動した方がいい」
「そうだな。三島、どっちに行く」
その問いに総司はわずかに正気を取り戻したかのようだった。総司が何とか立ち上がったので一同は移動を開始。その袋小路から抜け出して元来た道を進んでいく。
総司は土色の顔を俯かせ、機械的に足を動かした。パーティの中心たる総司がその有様では空気が良くなるはずもなく、一同は重苦しさを抱えたまま歩き続けている。それはまるで地獄へと向かって進むかのような足取りだった――あるいは、ここが地獄であるかのような。
(SIDE D)
「俺達はクラス全体で異世界にトラック転生したんだ! 転生特典のチート能力を授けられて!」
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