第01話(SIDE C)


「……生き残ったのはこれだけか」


 高月匡平が自分の周囲を見回し、呟くように言う。その視界に入るのは、虎姫若葉、向日葵、桂川里緒、塩津正雄、木ノ本咲夜といったクラスメイト。少し前までクラスメイトだったもの――その残骸。そしてリザードマンの死体だった。

 彼等が「永遠の楽園」と呼ばれるこの迷宮にトラック転生(?)し、その直後。暗闇の中から現れたリザードマンが襲いかかってきて、若葉・葵・里緒、それに匡平がこれに立ち向かった。四人が祝福を駆使して何とかこれを殺害するも、それまでの間にクラスメイトの実に半数が生命を奪われたのだ。その犠牲の大きさに彼は一時の放心を禁じ得なかった。

 それでも、塩津正雄が祝福を使って武器を作り出さなければ犠牲者はさらに増えたのは間違いなく――おそらく、匡平と若葉を除いて誰も生き残れはしなかっただろう。その彼は、


「なんで、なんで、なんで、なんで、なんで」


 身体を丸め、頭を抱え、涙を流し、ひたすら同じ言葉をくり返している。そしてそれは他の者も同じだった。誰もがこの惨劇に震え、クラスメイトの死に涙を流し、恐ろしいモンスターに怯えている。まともに会話ができそうなのは若葉くらいのものだった。


「……一体何が起こっている」


「見ての通りとしか言いようがないな」


「これからどうする」


「俺が訊きたい」


 まともに会話できたとしても、それが実りあるものになるとは限らないのだった。匡平と若葉はそろってため息をつく。


「ともかく、いつまでもここでこうしていても仕方ない」


 そうだな、と頷く若葉が左右を見回し、


「委員長はどこだ」


「さあ。多分その辺だろう」


 と匡平が顎で指し示すのは、人間の部品が転がる血の海の中だった。そうか、と若葉がため息をつく。


「委員長がいたならリーダーをやらせたのに」


「いないものは仕方ない。他にリーダーができそうなのは……」


 と匡平が生き残った面子を見回し、絶望的な気分となった。正直言ってこれっぽっちも柄ではないし全く性に合わないが、それでも自分がリーダーとなるのが一番マシかもしれない、と匡平が悲壮な覚悟を決めていると、


「と、とにかく! 移動しよう! 外に行こう!」


 一人の男子が立ち上がり、大声で一同にそう呼びかけた。彼の名は瀬田輪大せた・もとひろ、サッカー部で活躍するスポーツマンだ。堂々とした体格と押しの強い性格はリーダー向きかもしれず、彼自身もまた人の上に立ちたがる性格だった。彼が突然立ち上がったのも自分に主導権イニシアティブを握らせないためではないかと、匡平はひねくれたものの見方をしている。ただ、それでも匡平は「主導権を奪い返して自分がリーダーになってやろう」とは夢にも思わなかった。むしろ逆に、


「こんなわけの判らない状況でリーダーをやりたがるなんて正気を疑うけど、進んでやってくれるのならそれに越したことはない」


 と心から思うくらいだった。


「確かにここは落ち着かない」


 と若葉が周囲を見回して言う。また他のクラスメイトも、脳漿や臓物が飛び散った場所にいつまでもいたいと思っているわけでは決してなかった。


「そうだよ……外に! 外に行けば携帯だってつながる! 助けだって呼べるじゃん!」


 木之本がスマートフォンを握り締めて言う。「この期に及んでまだそんなことを」という呆れと、「外に出れば元の日常に戻れる」という根拠のない願望が、匡平の中でせめぎ合った。他のクラスメイトは後者の思いが他の思考を圧倒しているようで、全員の意志は「外に出る」の一言へと集約される。ただ問題は、


「それで、外ってどっちだ?」


「どっちと言われてもな」


 匡平はまず通路の暗闇を見、次いで瀬田へと視線を送った。二八の目に見つめられた瀬田が目に見えてうろたえるが、


「……あのトカゲの化け物はどっちから来た?」


「多分右からだろう」


「それなら行くのは左だ。壁に手を添えてずっと歩いていけばどんな迷路だって必ず突破できる!」


 匡平も若葉もその判断に異存はなく、瀬田を先頭とした彼等一五名は移動を開始した。海の底のような漆黒の闇が彼等の姿を呑み込み、消し去っていく。

 ――もしこの場に三島総司が生き残っていたなら、彼はこう言ったことだろう。


「『左手法』は全ての迷路を必ず突破できる、万能の解法じゃない」


 と。

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