迷宮の守護者

亜蒼行

第01話(SIDE B)



「俺達はクラス全体で異世界にトラック転生したんだ! 転生特典のチート能力を授けられて!」


 クラスメイトの塩津正雄しおつ・まさおがいきなり歓喜の雄叫びを上げて、三島総司みしま・そうじは「何言ってんだこいつ」と白い眼を向けた。塩津は漫画やアニメに熱中する、絵に描いたような陰キャなオタクである。


「何言ってんのこいつ」


 実際にそう口にしたのは同じくクラスメイトの木ノ本咲夜きのもと・さくやだ。彼女は塩津の対極の、青春を謳歌する陽キャなギャルの典型だった。身にしているのは露出の多い、派手な改造制服である。


「しょーもない小説とかアニメの見過ぎで妄想と現実の区別もつかなくなったわけ?」


 その嘲笑に、塩津は哀れむような嗤いで応える。


「お前等こそ、今のこの現実を直視しろよ! ほら!」


 塩津が両腕を振り回し、それにつられて全員が自分達の置かれた状況へと目を向けた。

 ――天井・壁・床とも石材で覆われた、屋内だ。光源が一切見当たらないにもかかわらず周囲を見ることに支障はない。一見だけならどこかの遺跡の内部、その一室のように思われた。約一〇メートル四方の室内に総司達がいて、壁の一角には四角く切り取られたような出入口がある。その向こう側はまるで墨汁が満たされているかのような漆黒で、全く見通せなかった。

 そんな場所で、総司とそのクラスメイトが意識を失って倒れていた。そして順次目を覚まし、自分達の状況を少しずつ把握しようとしているところである。


「えっと……何があったんだっけ?」


「確か学外行事でバスで移動していたはず……」


 ざっと見たところその場にいるのは三〇人。バス内にいた者がそのままここにいるようで、服装や荷物にも変わりはない。総司も白いシャツと黒いスラックスの制服のまま。眼鏡をかけた、優等生然とした容貌にも変わりはなかった。なお総司達の高校は自由な校風が売りの進学校で、クラスメイトの半数は私服である。


「ものすごい光で目がくらんだような……そこで意識を失った?」

 おぼろげな記憶に総司が首を傾げつつそう言い、


「バスにトラックが突っ込んできたんだよ! その拍子に異世界転生したんだ!」


「前後の文章がつながってないんですけど?」


 満腔の自信をもった塩津の断言に木ノ本が突っ込みを入れる。


「単に誘拐されてここに閉じ込められてるだけじゃねーの? 外に出れば携帯だってつながるだろうし」


 圏外になっているスマートフォンに、彼女は舌打ちしつつそれをポケットにしまう。だが塩津はそれを鼻で笑った。


「一人一人に授けられたチート能力――この世界では『祝福』って呼ぶらしいけど」


 右腕を前へと突き出し、左掌を手首に添え、目を瞑り、


「ほあちゃー!! へあー!!」


 本人としては全身全霊の気合を込めたつもりなのだろうが、はたで聞く分には随分と間抜けな奇声だった。だが、前へと突き出したその右掌がまばゆく光り輝く。正確には、その掌の中で光を集約したような何かが生まれている。


「ひごー! しゅふー!」


 塩津は気合と汗と奇声を振り絞って、その光の凝固物に形を与えているようだった。やがてそれは円形から楕円へと、どんどんと細長くなり、ついには光が弾けて――涼しげな音を立ててそれが石の床へと落ちた。力尽きた塩津も両手両膝を床に突いている。


「み、見たか……これこそ俺の祝福、『無ピーの剣製』……!」


 その光景に誰もが言葉をなくしている。一同の視線を集めた塩津が偉そうに笑いながら立ち上がり、その剣を拾い上げて軽く振った。装飾も何もない、非常に簡素な西洋風の直剣だ。


「今は一本だけだけどレベルアップすれば『祝福』も成長して、いずれは同時精製した無数の剣を弾丸みたいに撃ち出して敵を掃討できるように!」


 そうやってモンスターの群れを薙ぎ払う自分を脳裏に思い描いてその顔がだらしなく緩み、


「マシンガンでも作った方が早くね?」


 木之本のもっともな指摘に塩津は気分を害するが、何も言い返せはしなかった。


「でも……異世界転生、まさか本当に?」


「里緒ちゃんの祝福って何だろ?」


 総司のすぐ横で会話をしているのは、向日葵むこう・あおい桂川里緒かつらがわ・りお。総司にとっては二人とも話す機会の多い女子だ。こんな状況でも能天気に笑う葵だが、それは里緒の不安を紛らわすためのものだった。里緒は首を傾げながら、


「なんとなく、これを使うものじゃないかって気がするけど……根拠はないですけど」


 彼女はバイオリンケースを抱えてそう言い、葵が「判る判る」とくり返し頷いた。里緒はその外見そのままに良家のお嬢様で、幼い頃からバイオリンを続けている。国内外の大きなコンクールで何度も入賞しており、天才美少女バイオリン奏者として一部では有名な存在だった。


「ハチャトゥリアンの『剣の舞』を奏でたら剣が出てきて自動で戦ってくれたりとか?」


 すごーい!と目を輝かせる葵に対して里緒は、


「そんなの無理、そういうのとは違うはずです」


 と慌てて否定している。もちろん葵は本気で信じたわけではなく「あはは」と笑うが、総司のその冗談の元ネタが古くてマイナーな漫画だということまでは知らないようだった。


「そういう葵ちゃんの祝福はどういうものなんですか?」


 葵は小柄ながらもバスケットボール部でレギュラーを獲得している、明朗快活なスポーツ少女だった。その祝福も当然身体を使うものなのだろうが――


「うーんとね、右手からマヨネーズが無限に出てくる祝福! 名付けて『無限のマヨラー』!」


 満面の笑みの葵に対し、里緒は笑うべきかどうするべきかと迷ったような、微妙に哀れんだ顔となっている。


「ああ、うん。葵ちゃんマヨネーズ好きだものね……」


「祝福が成長すれば左手からソースが出てくるようになるんだよ!」


「ああ、うん。お好み焼きが作り放題になりますね……」


「質量保存則はどうなってるんだ?」


「さあ? そこは魔法でどうにかこうにか。あの祝福だってそうじゃん?」


 と葵はある方向へと視線を送った。つられて目を向けるとそこでは塩津が、


「モンスターと戦って『永遠の楽園』と呼ばれるこの迷宮を攻略せよ! それが女神さまから俺達に与えられた使命! ラスボスは『迷宮の守護者』って名前で」


 剣を片手に周囲のクラスメイト相手に熱弁を振るっている。だが、


「なんでわたし達がそんなことを。自分等でやれよ」


 と白けた顔をしているのは木之本だけではなく、ほとんどの者がそうだった。いや、白けているというよりは、大半の者が未だ事態を理解できない、受け容れられないのだ。彼等は一様に困惑した顔を見合わせている。

 塩津のことに意識を向けられ、総司はある可能性に思い当たった。


「……この祝福って、本人の素質や適性に応じて授けられるのかと思っていたけど」


「『魂の形』が魔法の世界で具現化した、ってやつ?」


「でも塩津の『魂の形』がああだとは、ちょっと考えられない。もしかしたら本人が心から強く願えばその要望が叶えられるのかも」


「『無限のマヨラー』なんて嘘! ただの冗談! そんな祝福絶対に要らないから!」


 葵が何者かに対して必死に訴えるが、それが聞き届けられるかどうかは保証の限りではなかった。


「そういう三島君の祝福は?」


 問われた総司は一瞬考え込み、


「適正と要望、いずれにしても俺に授けられるとするなら――」


 総司はズボンのポケットからスマートフォン取り出し、握り締めた。そして精神を集中して……


(androidスマートフォン、バッテリー残量八二パーセント)


 モニターの文字を読むように、それらの情報が掌から脳へと送り込まれてくる。


「なるほど」


 総司は得心して頷く。予想通り、自分の祝福は手で触れた物体の情報を読み取り、分析する能力。


「名前を付けるなら『解析』ってところかな」


 その説明に里緒と葵はそろって「うんうん」と頷いた。


「いかにも三島君らしい祝福だと思います」


「いいんちょにはぴったりだよ!」


 その客観評価は自己評価とほぼイコールで、事実ともまたそうだった。戦闘系のチート能力を与えられても自分に活かせるとは到底思えず、自分にはこれが最適な祝福だと思う。

 スマートフォンをポケットに戻し、総司は「ん?」と首を傾げた。ポケットに何か入っている。スマートフォンの代わりにそれを取り出し、


「何ですか? それ」


「水晶玉?」


 葵の言う通り、それは水晶玉にしか見えないものだった。薄く青みがかかった透明で、ゴルフボールより一回り大きいくらい。内部に複雑な紋印が刻み込まれているらしく、光の乱反射が万華鏡のような煌きを作っている。


「こんなもの入れた覚えはないんだけど……」


 総司はそれに「解析」の祝福を行使するが、すぐに慌てて中断した。顔をしかめる総司に、


「どうしたんですか?」


「セキュリティにひっかかって何も読めなかった」


 強い静電気を脳が直接受けたようなこの痛みは、水晶玉のセキュリティ機能なのだろう。


「読み取るにはパスワードか何か、一定の手順に従う必要があるものと思われる」


「ふーん」


 と感心する葵が両手を床についてその水晶玉に顔を近付け――その両掌が床のわずかな振動を掴んだ。


「足音! 何か来る!」


 葵の発した警告に全員が息を呑んだ。一切の身動きを止め、六〇の目を壁の一角へと向ける。そこは墨で塗り潰されたかような暗闇だが、何かが近づいてくる足音は確かに聞き取ることができた。それは次第に大きく、明確となっていく。足音は一人分でなく複数、そのどれもが重々しい。限界まで引き絞られた弦のようにその場を緊張が支配した。総司は冷や汗を流しながら、通路の奥を見つめ続ける。

 一体どのくらいの時間が経過したのか。何時間もそうしていたようにも思えるし、一瞬だったような気もする。ともかくも待つだけの時間は終わり、足音の持ち主が暗闇の中から姿を現した。


「ひっ……!」


 無理に押し殺した悲鳴は里緒や葵が発したのかもしれないし、あるいは自分だったかもしれない。衝撃と恐怖に総司の身体は硬直し、指の一本も自由にはならない。

 姿を見せたのは三体の異形の怪物だった。体形は人間と大差ないが、その顔は爬虫類のそれである。三体ともその身長は二メートルを優に超え、総司達とは大人と子供以上の体格差があった。さらに彼等は全身の大部分を鎧で覆い、剣や棍棒といった武具を手にしている。三体とも小さな筒状のライトを腰に携行し前を照らしているが、その光量はわずかなものだった。姿かたちはモンスターそのものだが、あるいは人間に近い知性があるのかもしれない。名を付けるならリザードマンと呼ぶべきか。

 三人のリザードマンはそれぞれの武器を総司達へと向けるが、すぐには襲いかかってこようとしなかった。だがその強い殺意と敵意は、まるで肌を刺すかのようだ。攻撃してこないのは見慣れない総司達を警戒してのことであり、他の理由は何一つないように思われた。だがこの危うい均衡状態がそう長続きするとは思えない。ほんのわずかのきっかけで――


「ひっ、ひっ」


 その場で唯一武器を持っていた塩津がそれをリザードマンへと向けた。身を守るためにそうするのはあるいは当然だったのかもしれないが、リザードマンがためらいを振り捨てるにはただそれだけで充分すぎた。一瞬で距離を詰めたリザードマンの一人が旋風とともに槍を振り下ろし、塩津の頭部は真っ二つとなって大量の血と脳漿を床にぶちまけた。

 耳が痛むほどの悲鳴と絶叫が響き渡る。だがそれはリザードマンをわずかたりとも押し止めはしなかった。むしろ彼等は総司達に攻撃手段がないと判断し、嬉々として武器を振るって死体を量産していく。クラスメイトの死者が一〇を超えるまで十秒ほどしか経っていない。その中に総司達が含まれなかったのは、単に立っていた場所が良かったからに過ぎなかった。だがその幸運も長続きはせず、このペースなら三〇名のクラスメイトが全滅するのに一分もかからないだろう。


「こっちだ!」


 クラスメイトのうち二人がリザードマンの横をすり抜けて通路の方へと逃げていき、二人のリザードマンがそれを追った。この場に残った敵は一人だけだが、殺戮のペースが多少落ちるだけで結果は何も変わらない。クラスメイトの死者はもう二〇人を超えている。

 残りわずかとなった獲物を探してリザードマンが左右を見回し、目を付けたのは里緒と葵だ。二人一緒にいるから手間が省けるという判断だろう。一際体格が大きく、その分鈍重そうなそのリザードマンはことさらにゆっくり歩いて二人へと接近した。葵は涙を流して震えることしかできず、里緒もまた涙を流し――バイオリンと弓を手に持って構えた。リザードマンが攻撃を警戒するように足を止める。だが彼女ができるのは攻撃ではなく演奏だけであり――


「Gigigigi!」


 地獄のような怪音がバイオリンから轟き、リザードマンが耳を抑えて悲鳴を上げた。こんな状況と精神状態でまともな演奏ができるわけがなく、脳が割れそうなひどい音となるのも無理はなく……いや、違う。どれほど冒涜的な下手さ加減でも、腐れ果てたような音だろうと、ただの演奏だけでリザードマンがこれほど苦しむはずがない。


「これが桂川の祝福か?」


 バイオリン演奏による敵への状態異常、あるいは精神攻撃。ゲームになぞらえるなら里緒の職業は吟遊詩人バード、その祝福は「呪歌」といったところか。実際、そのリザードマンは鈍重な動きがさらに遅くなっている。

 が、「呪歌」は攻撃そのものではない。多少動きが鈍くなったところでその進撃を止められるわけではない。リザードマンは床の石材を割るような勢いで大地を踏みしめ、一歩ずつ前へと進んだ。呪歌の呪縛を振り払うように棍棒を振り回し、何人かのクラスメイトがただのついでで殺されてしまう。あと数メートルで、あと十数秒で里緒もまた、彼等と同じように棍棒で頭部を砕かれて無残な死体と化すだろう。


「こっちだ!」


 総司は拾い上げた誰かのスマートフォンを全力投球、それはリザードマンの頭部に命中した。ダメージはゼロだがそれは苛立った目を総司へと向ける。総司は意を決して、


「うおおっっっ!」


 雄叫びを上げて敵へと吶喊した。リザードマンは総司と里緒、どちらを先に始末するか迷ったようで、その間に総司はそれの間合いへと入っている。ならばもう迷う必要もなくそれは棍棒を振り上げて総司の頭部を叩き潰さんとし、


「くらえ!」


 総司の攻撃に、まばゆい光にリザードマンは悲鳴を上げて目を覆った。それはスマートフォンのフラッシュ機能であり殺傷力は皆無だが、リザードマンは思いがけないほど怯んでいる。あるいは彼等は人間よりも強い光に弱いのかもしれない。ともかくも千載一遇の、そして最後の好機だった。


「今のうちに!」


 塩津が作り出した剣を拾って、リザードマンを殺す――総司が生き残るにはそれしか道がなかった。このモンスターと戦って勝てる可能性など万に一つしかないだろうが、


「桂川のデバフが効いている今なら、勝率はきっと十倍くらいに!」


 それでも生存確率は千に一つだが、まだ分のある賭け……のように思えるかもしれなかった。

 リザードマンは全身を鎧で覆っていて、防護されていないのは頭部や関節部くらい。二メートル以上の高さの頭部に攻撃が届くとは思えず、狙うとするなら股間の関節部。敵の攻撃をかいくぐって下から剣を突き上げれば――だがそれも、武器が手に入ればの話だった。


「ない、どうして」


 さっきまでそこにあったはずの剣がない。慌てて左右を見回し、その剣を持っている葵が目に入った。なんで、どうして、いつの間に――混乱した総司が棒立ちとなり、その間にリザードマンが距離を詰めた。手を伸ばせば触れる距離にそれが立ち、それは嫌らしく笑ったように見えた。


「あ……ああ……」


 剣はない。スマートフォンのフラッシュももう効かないだろう。葵は里緒をかばうようにしてその前に立っていて動こうとしない。葵なら自分よりよほど上手くその剣を使えるに違いないが、彼女は剣の切っ先を真下へと向けている。見捨てるつもりか、そんなのじゃ自分だって守れないだろう――葵への百の罵声が総司の脳内で渦を巻いた。


「Gigigigi!」


 リザードマンが棍棒を振り上げる。総司は思わず目を瞑って両腕で頭部をかばうが、そんなものは紙の盾だ。噴き出した血が総司の顔を濡らすが不思議と痛みは感じなかった。


「……え?」


 と目を開ける総司。そう、目が、顔が、頭が無事に残っている。攻撃を受けていない。流れる血を拭って視界を確保し、最初に目に入ったのは、リザードマンの脳天に剣を串刺しにする葵の姿だった。そのリザードマンがゆっくりと倒れ、地響きを立てる。葵は振り落とされて地面を転がりながらもすぐに身を起こした。が、立ち上がるほどの気力は残っていないようだった。


「ははは、やった、やった。助かったよ……」


 涙目になり、震えながらそうくり返す葵。あんな高さまでどうやって跳躍したのは判らないが、おそらく祝福の力だろう。ぶっつけ本番で奇襲が成功したのは幸運以外の何物でもなかった。


「葵ちゃん!」


 里緒が膝からスライディングするように座り込んで葵に抱きつく。「よかった、よかった」とくり返して涙を流す里緒。葵もまた彼女の身体に手を回し、子供のように泣き続けた。総司にも生き残った喜びをこの二人と分かち合いたい思いはあるものの、


「まだ二匹残っている、早く逃げないと」


 安心するのはまだ早かった。その警告に二人が慌てて立ち上がって涙をぬぐう。


「どこか安全な、身を隠せる場所があれば」


 総司が四方八方を見回して逃げ道を探し、里緒と葵もまたそれにならった。が、それが見つかるよりも早く何者かが接近する足音がする。心臓を鷲掴みされたように硬直する三人だがそれも長い時間ではなかった。軽やかで速いテンポの二つの足音は、リザードマンのそれとはまったく種類が違っている。


「委員長、向日、桂川」


「生きていたのか」


 暗闇の中から姿を見せたのは女子と男子のペア。女子の方が虎姫若葉とらひめ・わかば、男子の方が高月匡平たかつき・きょうへいだ。二匹のリザードマンを引きつけて通路側へと移動していたのがこの二人である。


「三人でこの一匹を?」


 倒れたリザードマンを視線で指し示して若葉がそう問い、


「向日さんの祝福で」


「里緒ちゃんのデバフがあったから」


「三島君が助けてくれたから」


 三人がそれぞれの役割分担を端的に説明。匡平が「驚いた」と目を丸くする。


「正直言ってこっちは全滅だろうと思っていた」


「運が良かったんだ」


 総司が簡潔にまとめて「それよりも」と逆に問う。


「君達を追った二匹は」


 ああ、と匡平は一瞬苦笑を閃かせて肩をすくめた。


「二匹とも虎姫が」


「高月のアシストがあったから」


 こともなげにそう言う若葉に、総司も里緒も葵も開いた口が塞がらない顔となった。マジかこいつ、と内心で戦慄する総司。彼女は古武術の使い手で中学の時に熊を倒して熊鍋にしたとか、暴走族と乱闘して一人で全員を病院送りにしたとか、無責任な噂話は耳にしたことがある。話が針小棒大に極限まで誇張されているだけと思っていたのだが、あるいはそれらの噂は結構正確なのかもしれなかった。


「でも……無事だったのは俺達だけか」


 最初に頭部を真っ二つにされた塩津を始め、棍棒で首をへし折られた木之本など、その場には二五の無残な死体が転がり血の海となっている。生き残ったのはこの五人だけである。


「三島、これからどうする?」


「委員長、指示を」


 匡平と若葉の問いに総司は「クラス委員だからってこんな状況のリーダーシップまで求めてないでほしい」と反論したかった。だが今はそんな言い合いをしている時間も惜しい。


「……とにかく、どこか安全な場所に移動して身体を休めたい」


 その提案に葵と里緒は一も二もなく賛成。匡平と若葉も、人間の部品が転がり血に染まった室内を見回し、


「確かにここは落ち着かない」


 と同意した。葵と里緒が即座に移動しようとし、総司がそれを引き留める。


「ああ、ちょっと待った。みんなの荷物の中から使えるものを持っていきたい。特に食べ物はこの先手に入るか判らないから」


「それは大事だ」


 と若葉は手が血で汚れるのも構わずにその辺に転がるカバンを勝手に開けて荷物を物色する。あっけに取られる匡平と総司だがそれも長い時間ではなく若葉に続き、さらに葵と伊緒もそれに倣った。

 十数分かけて使える荷物を複数のカバンにまとめ、彼等五人はその室内の向こう側へと足を踏みいれた。通路は室内よりも暗くて見える範囲はほんの数メートル、その先は地の底へと続くような暗闇の中だ。総司達はその暗闇のさらに奥へと、身を震わせながらも進み続けていく。



【後書き】

ということで新作の投下を開始しました。本作は全24話、最終話更新は9/3となります。しばしの間お付き合いください。最初で最大のネタばらしが8/18くらいになりますので、最低限そこまではどーか読んでやってほしいと伏してお願いいたします。

本作を楽しんでもらえれば幸いです。

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