第17話 酔いどれオッサン珍道中
「え、誰このオッサン……?」
「新手のモンスターかしら?」
俺たちは突如現れた、謎のオッサンについて話し合う。
どうやらヴァニラたちも知らないようで、警戒した表情で相手を見つめている。
「ま、待ってくれ。俺は敵じゃねぇ、人間だ。っつーか、オッサン呼ばわりはやめてくれ、まだ27だぞ」
「27歳? その見た目で?」
「何よ、私より年下じゃない」
「まだまだガキんちょですね」
いや、長命種のメス星人と比べたら、地球人はみんな年下だと思うけど。
それにしてもスーツ姿でダンジョンって、酔狂すぎるだろ。
俺だって動きやすいジャージに、ヴァニラから支給された謎素材の鎧を着ているっていうのに。
俺たちの疑わし気な視線を気にもせず、オッサンはヘラヘラと笑いながらこちらへと近寄ってくる。
まるで駅のホームで飲み仲間を見付けたようなテンションだ。良く見れば右手には日本酒の瓶が握られ、時折それをグイッと直飲みしていた。
「俺の名前は山田西紀。気軽にニシキお兄ちゃんって呼んでくれ」
「ニシキお爺ちゃんですか?」
「お・に・い・ちゃ・ん! ってなんだ、この失礼なメイドは。チビっ子は家に帰れ、しっしっし!」
「うわっ、お酒臭いですこの人っ!? 人間の屑みたいな匂いがします」
赤ら顔で無精ヒゲだらけのオッサンが、
ヒルダはきしょいオッサンをウザがるJKみたいに、眉を
大人のオッサンと小柄なヒルダが並ぶと、仲の悪い親子にしか見えない。実際の年齢差で言えば、ヒルダの方が何倍も生きているんだろうけど。
「……で、このオッサンは何者なんだ?」
「さぁ? でもたぶん悪い人じゃなさそうよ」
「そうですね、お近づきになりたいとは思いませんが」
「んだとゴラァ! さっきから全部聞こえてんだぞ!?」
(急に大声出すなよ……ビックリするだろ)
どうやら相当に酔っ払っているみたいだ、アルコール臭がキツくて頭がクラクラしてきた。
「でもただの酔っぱらいじゃないわよね……?」
「そうだな、こんなダンジョンの中を一人でブラついてるんだからな」
この日本最難関のダンジョンは、そんな気楽に散歩するできるような場所じゃない。
俺たち三人は互いに頷き、警戒心をあらわにした。
「ま、待てよ。俺はただのしがないサラリーマンだぜ?」
「ただの会社員……?」
「余計に怪しいですね」
俺とヒルダの意見が一致する。ヴァニラは何か考えているようで、顎に手を当てたままオッサンを凝視していた。
(ヴァニラ、どうしたんだ?)
(……いえ。なんだかこの人、普通の地球人と違う匂いがするの)
(違う匂い……?)
「ホントなんだって。何か悪だくみしてんなら堂々と出てこねぇよ!」
慌てて弁明するオッサンは、酒瓶を放り捨て両手を上げる。
そのままゆっくりと近づいていき、ヴァニラの手を掴んでブンブンと握手を交わした。
「いやぁー! こっちのお嬢さんはお人形さんみたいに可愛いねぇー」
(なんだこのオッサン……)
言動は完全に酔っ払いのそれだけども。俺は未だに目的の見えないオッサンを注意深く観察する。
「それで? さっきは『酒が欲しい』とか言っていたような気がしたけど……」
そう
「お、そうだ! 実は酒が切れちまってよォ。コンビニにゃ人も商品もねぇし。アチコチさまよっている間に、ココに紛れ込んじまってな。煙草でもいい、1本で良いから恵んでくれ」
「なに言ってんだよニシキのオッサン。今の時代に、コンビニなんてやってるワケがないだろ?」
「はぁ? お前こそ冗談はよせよ。24時間、年中無休がコンビニのウリだろ」
おかしい、話が全く嚙み合わない。このオッサンは日本人じゃないのか?
まるで地球が侵略されたことを知らないような口振りだ。
(そういやスーツを着てる人を見たのなんて、いつぶりだろう)
「街も廃墟で人っ子ひとり居ねぇし、新宿駅は迷宮みてぇになっちまうし。俺が異世界を救っている間にどうなっちまったんだ日本は……」
おっさんは遠い目でダンジョンの天井を見上げている。ヴァニラたちは興味なさそうな顔をしているが――。
(いまこのオッサン何て言った……?)
聞き間違いじゃなければ、確かに『異世界』って単語が聞こえたぞ。俺は思わずゴクリと生唾を飲み込む。
「酒がなきゃ俺はもうダメだ。生きていく希望がない……せっかくあの女から逃げ延びたっていうのに……」
「なぁ、アンタまさか……」
頭をよぎったことを訊ねようとした時だった。
――ゲヒャッゲヒャッ!
フロアボスを倒して一定時間が経過したせいで、小鬼モンスターがどこからともなく湧いてきた。
俺のダンジョンにポップする緑色のゴブリンとは違って、絵巻にでてくるような赤肌で小さな角の生えた鬼だ。
「ちっ、こんなときに……!」
俺は舌打ちをしながらも、その小鬼へと駆け出していく。
(酒に酔っぱらってる変なオッサンとはいえ、放っておけないからな!)
だがそんな俺の心配は杞憂だった。
「……え?」
俺に任せな、という言葉が耳に聞こえたときには、目の前からオッサンの姿が煙のようにかき消えていた。次に見えたときには、小鬼たちの眼前。そして――。
「ブラック会社撲滅パンチ!」
――グギャァアッ
「残業代返上アッパー!」
――ヘギャアアッ
なんだか耳を塞ぎたくなるような技名を叫びながら、ニシキのオッサンは拳一つで小鬼たちを殴り飛ばす。
しかもその威力が尋常じゃない。
小鬼たちが次から次へと吹き飛ばされ、壁や床のシミとなって消えていく。
「ちっ、ドロップ品がシケてやがる。煙草の一本でも落としやがてっての」
討伐報酬として現れたのは、紙パックの野菜ジュース。それを指で摘まみながら、そんな文句を垂れている。だが俺はそれどころじゃなかった。
「なんなんだ、あのバカげた戦闘力は。ただの日本人じゃないぞ」
俺は訳がわからず呆然と立ち尽くしていた。ヴァニラとヒルダも同様だ。
動揺する俺たちをよそに、オッサンはこちらを振り返ってにへらと笑った。
「あ、あのさ。コイツと酒を交換してくれたりしねぇ?」
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