第3章 突撃隣のダンジョンご飯

第15話 廃墟アナルカンドにて


 ――新宿駅。

 一日の利用乗客者数が世界一としてギネス認定された、日本最大級のターミナル駅。


 その複雑すぎる立体構造は、数多あまたの田舎者を惑わし、「もうお家に帰りたい」とトラウマを量産した人工ダンジョンである(実体験)。



 そして時は流れ。

 メス星人の襲来によって、この新宿駅は本物のダンジョンと化していた。




「ほえぇ~。たっけぇなあ、新宿幻妖ダンジョンは」


 視界に広がる青空を、左右に割るように伸びていく銀色の巨塔。

 宙に浮かぶ月まで届くんじゃないかと錯覚するほどに高い。ひたすらに長くてデカい。



「これって、大宮のソニックビルの何倍あるんだろうな?」

「そんな地元民しか分からないようなローカルネタ、いったい誰が分かるというのですか」


(じゃあ五稜郭タワーとか神戸タワー、通天閣って言えば良かったか? 九州は……んー、なんかあったかな?)


 いやここは、スカイツリーよりも大きいって言っておけばいいか、うん。



「……異星人に日本人の感覚で例えないでください、という意味です」


 白と紺のメイド服に、背負いのリュックサック。それに麦わら帽子と、チグハグな恰好をしたヒルダが、半目になりながらツッコミを入れる。


 そしてその隣には、戦鎚ウォーハンマーを杖がわりにして、今にも倒れそうに項垂うなだれるヴァニラの姿があった。



「おい、大丈夫かよ。この天気にドレスアーマーは、やっぱり無茶だったんじゃないか?」

「まさか日本の中心都市が、ここまで過酷な環境だったなんて……またもや人類の強さを見誤りました」

「温暖化で死人が出てるぐらいだからなぁ。別に人間も平気だったわけじゃないと思うけど」


 メス星人の襲来によって、地球上で活動する人の数は極端に減った。とはいえ、環境までは変わっていない。

 ましてや現在は八月。日本の季節は夏真っ盛りだ。つまりは連日40℃越えの猛暑日なのである。


 そんな中で、熱の篭もる金属の鎧を着たらどうなるか?



「全身の水分が、全身のありとあらゆる穴から吹き出しそう」

「ヴァニラお嬢様。カメラが回っているので、そういう発言センシティブはおやめください」

「下着もビショビショで、お漏らししたみたいになってるの」

「お嬢様!?」


 いくら屈強なメス星人といえど、無茶をすれば熱中症になるのも当然だ。

 ていうかヴァニラのキャラが、今にも崩壊しそうでヤバい。



「暑さで頭がアホになりかけてるぞ。ほら、冷たいスポドリでも飲んで理性を取り戻せ」


 俺は持っていたペットボトルを差し出してやった。するとヴァニラは、金色の髪を汗でベッタリと貼り付けた顔をのっそりと上げた。


「……シュワシュワのがいい」

「こんなときに我が儘を言うなよ……仕方ない、オロナミンEを出してくれ銀大福」

『ぷぴー』


 俺は自分の肩に乗っている小さな銀色スライム(銀大福と命名)に、補給物資を出すよう命令する。


 銀大福は『任せろ』と言わんばかりに鳴き声を上げると、その体からにゅるんとオロナミンEを取り出した。



「ありがとなー」

『ぴるぴるー』


 ダンジョンボスだった銀大福は今や、俺の眷属として大活躍だ。


 戦闘や擬態能力に加えて、こうしたアイテム収納なんかもこなしてくれている。ヴァニラやヒルダも彼(?)を気に入っていて、「銀ちゃん」なんて言って可愛がっている。



「さて、オロポの再現だ」


 銀大福から受け取ったオロナミンEを飲みかけのスポーツドリンクの中に入れ、新たなドリンクを錬成。黄色みがかった炭酸飲料へとレベルアップした。


 いやー、こいつがまた美味いんだ。



「ほれ、ご注文の品だぜ」


 「ありがとう!」と言って受け取るやいなや、ヴァニラはゴクゴクと喉を鳴らしてドリンクを飲み干す。


 その様子を、メイドのヒルダはジッと見つめていた。



「……間接キスですね」

「言うな。別にそういったつもりはねぇよ」


 小学生じゃあるまいし。


「でもちょっとドキッとしたでしょう? まさかあのボトルを自分のアレに見立てて……ハレンチです!」


「最近になって気が付いたんだけど。お前って俺のリアクションを見て、ただ楽しみたいだけだろ」


「あら、バレましたか」


 わざとらしく両手で顔を隠して恥じらっていたヒルダが、スッと真顔に戻った。やっぱりコイツ、俺をおちょくっていやがったな。


 だいたいなぁ。いくら相手が美人だからって、そういう下心で心配したりしないっての。それに……と心の中で呟く。


(ヴァニラはメス星人で一番偉い人の娘なんだろ? 怖くて手を出せないっての)



「今のところ、わたくしのチャンネルではヴァニラ様が断トツ一位。次いでユウキさんと狂人スカーレットが同率です」


「いや、何の話!?」


「誰がナオトさんを射止めるか? を賭けたレースです。ちなみに穴場はわたくしで、オッズは10倍となっております。……試しに賭けてみますか?」


「嫌だよ! っていうか何で恋愛ゲームに発展してんの!?」


 そもそもユウキは男だろうに。

 なんで二位にいるんだよ。



<やっぱりユウキ君が受けかしら?>

<意外と夜は積極的だったり>

<でもナオトってガバガバそう>


「おいコメント欄! 誰のケツがガバガバだって!?」


<未使用新品で締まりも最高だってさ>

<やっぱりナオトが受けかぁ>

<アナト爆誕>


「や め ろ」



 まったく、勝手になんて企画を初めてやがるんだコイツは。どこの恋愛リアリティーショーだよ。炎上したらどうするんだ。


 ……あ、分かったぞ。

 さてはヒルダの奴、自分のチャンネルを大きくするために、バズりそうなネタを片っ端からやってみる気だな?



「ぷはっ! 生き返ったわ!」


 そんなくだらないやり取りをしている間に、ヴァニラのペットボトルは空になっていた。


 水分補給のおかげで、彼女もいつもの調子に戻ったようだ。



「ふぅ~、お待たせ! さぁ、日本での最難関ダンジョンに向かうわよ。今の私たちで、どこまでいけるか挑戦ね!」

「出てくるモンスターは強いけど、経験値稼ぎにはもってこいだって言ってたもんな」


 ちなみに情報源は、戦闘狂でお馴染みのスカーレットだ。

 中に出現するモンスター以外にも、トラップや道中の複雑さが一般的なダンジョンとは比べ物にならないらしい。未だに誰も制覇していないのも、うなずけるってワケだ。


 でもそんな話を聞いたら、誰だって挑戦したくなるもんだろう?



「では行くわよ二人とも! まず目指すは五階フロアの中ボスね!」


 そうして俺たちは歩き出す。

 そこで思いがけない出会いが待っているとも知らずに――。

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