第50話 本隊襲来

 ごく普通のアサルトライフルを放り投げる。

 口径は7.7ミリ。引き金には結ばれたピアノ線。

 出発した時から用意してあったものだが、すみません教官。

 これ、いざという時にトラックごと敵を吹き飛ばすためでした。


 奴の近くまで行ったところでピアノ線を引く。

 普通はこんな事をしても引き金は引けない。単に銃が戻って来るだけだ。

 だけど俺には見える。ピッタリ引き金とピアノ線が水平になるタイミングが。当然そこで引く。

 しかしそこから発射された弾は奴には当たらない。

 さすがにそんなに都合よくは並ばない。

 だけどそれで良いんだ。弾なんて出ないから。

 けれど、その事を奴は知らない。理解も出来ないだろう。


 込めてあったのはひい爺さんの執念の結実である5052式歩兵小銃弾。

 それも榴弾。当然神弾。

 通常の銃で、こんなバカな弾は発射できない。

 発射の為の炸薬に着火すると同時に、銃は木っ端みじんに砕け散る。

 そのほんの僅かの差で、榴弾にも着火。弾頭もまた、コンマ1秒にも満たない時間で飛び散った。


 俺からしてもまあマジで痛い。

 だけどこの防弾スーツはさすがだ。この程度は問題ない。

 それに、弾が届かないほど上空にいたのが仇になったな。

 おかげで十分に爆発の威力は落ちていたよ。

 だけど、神弾の炸裂を目の前でくらったお前はどうかな?


 さすがにアレで倒れはしなかった。

 人間でいう所の火傷程度って所か。

 ただし軽度とはいえ全身火傷。しかも、自慢の複眼が相当に欠けているぞ。


「じゃあな」


 2発は当たらない。そう簡単な相手じゃない。

 だから3連射した。

 かわそうとするが、完全に回避ルートは塞いである。

 死なばもろともと考えたのか?

 本来当たらない予定の1発まで被弾し、2つの穴を開けながら降下して来る。

 しかしその体は砂で作ったボールを投げたかのよう。

 その巨体を少し赤らんだ光の中に散らしながら、半分も届かずに消滅した。


「教官、始末はついた。航空援護を再会してもらってくれ」


 次第に夕方が近づいている。さすがに日が落ちたら航空支援は厳しいだろう。

 あの戦いがいつまで続くかは分からないが、用宗港の戦いは夜だった。連中に時間はない。

 だが活動時間か数には限界がある。

 その為にも、一刻も早い支援が必要だ。


「まだだ。左を見ろ!」


 海岸?

 言われた時はビーンを予想した。もしくはクラゲだな。

 だがその緊張感のある声から、あの巨大なセンザンコウの可能性もあった。

 しかしそこにいたのは、巨大な赤いアラルゴスと、その周囲でホバリングをしている20を越える小型の――いや、小型なんてものじゃないのが2匹。

 8メートルクラスの巨体に真っ赤な体。そして特徴的な3本角。

 まぶたに焼き付いて離れない姿。

 赤兜ヤツではない。だが、その姿は当時のヤツそのものだ。


 そして中央にいる奴は、見ただけで別格だ。

 空が茜色に近くなってきたこのもあるが、まるで透明な宝石かのように輝く真紅の体。

 15メートルを超すであろう異様な巨体。

 何より特徴的な5本角。

 今までの中央、左右に加え、額からトリケラトプスの様な2本の角が生えている。


「なるほど、成長するとそうなるってわけか」


 さっきの奴は、おおかた群れの一部。

 俺達の事は獲物を狩るための練習台でもしていたって所だろう。

 だがこちらが狩る側だった。

 あの音は仲間に助けを求める声か、それとも自分でやるから手を出すなという意味か。

 だがどちらにしても、今はどうでも良い事だ。


「あれをどうにかしろって事だろ、教官。状況は理解した」


「……逃げても良いのだぞ。誰もお前を非難はすまい」


「逃げた先に、どんな生涯が待っているんだろうな」


 考えるまでもない。今まで生きてきた人生よりも、もっと辛い地獄の日々だ。

 何も出来なかった悔しさは今の力に変わった。

 だけど何かが出来たのにしなかった後悔は、逆に力と気力を失わせる。

 生きていればきっと? 何だよ。今のこのご時世で、何があるっていうんだ。

 そのありもしない“きっと”を死ぬまで待ち続けるのか?


「全速で走れ!」


「その覚悟は受け取った」


 同時に何かが開いた音がして、トラックの後ろから2本の炎と煙が吹き上がる。

 突如始まる超加速。車体が浮きそうになるほどの勢いに負けて、荷台の後ろまで飛ばされる。

 今までも限界かと思ったら――というより、今の速度を維持してくれと言ったつもりだったのだが、これは予想外だ。


「ハハハ、長くはもたんぞ!」


「バカヤロー!」


 今までの速度を保ってくれればと思っていたのに、急加速で荷台の後ろまですっ飛ばされた。

 背中を強打して行きが止まる。こんな状態で射撃なんて困難だ。しかも時間制限まで付けやがった。

 大体、この程度の加速でも連中にとっては他愛もない。

 相手は航空機を落とす奴等だぞ。


 ……と思ったが、ふと空を見たらそこには敵はいない。

 そうだ、海岸から新たに来たんだ。

 今の奴等に上空からの”目”は無い。

 だけど俺には、トラックの装甲越しに動きが見える。


 ここは速さだ。

 丁度1発弾倉に徹甲弾が残っている。それに合わせて同じ弾のマガジンをはめる。

 ただ――これが最後の徹甲弾のマガジンなんだよね。


 7連射でトラックの装甲に穴が開くが、装甲なんてどれだけ穴が開いても壊れはしない。

 逆にこちらに向かっていた7匹は確実に倒した。

 ただ行きの久能海岸で撃ちすぎた。

 今のマガジンは榴弾が1つで6発。それに新しく群馬から送ってもらった荷物にあった成形炸薬弾が1つ。同じく6発。

 あとは牽制に投げたまま落ちている徹甲弾3発にポケットとポーチに予備の徹甲弾と榴弾が数発。

 どう考えても足りない。

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