第46話 88ミリ砲

 全員、俺が逃げると思っているらしい。

 まあ少し弱気な事を言ったしまった自覚はあるけれども。


「そう結論を急ぐなよ。俺が言ったのは、この状況をどうするかだ。対処法があるなら一緒に戦うし、無いなら一緒に逃げる。悪いがお前たちを犬死させるつもりはないんでね。お前たちも、そうやって生き延びて来たんだろ?」


「……そう」


 来栖くるすはそう言ってそっぽを向くが、なんか恥ずかしそうだ。

 俺の言葉が恥ずかしかったのか、逃げると侮った事を恥じているのか……まあそんな事はどうでも良い。


「それが分かっているのなら、残って理由も理解しろ、一般人」


「では手段を聞くとしようか」


「とにかくこの周辺に惹きつける。手段は簡単よ」


「ほお」


 その方法を聞く前に、遠くのドリンクアーロンと呼ばれた黒い球体めがけて高円寺こうえんじの対戦車ライフルが火を噴いた。

 今は三保半島に入ってすぐなので端までは3キロメートル以上あるが、今回の距離はおよそ800メートル。高円寺なら外さない距離だ。

 まあ端にいてもあのでかさだ、外さないだろうけど。


 高円寺の対戦車ライフル弾は中心を違わず命中し、同時に驚くほどの大爆発を発生させた。

 爆発は天を衝くほどに拭き上がるが、当然こちにも炎が来る。

 全員屋上に設置された鉄板に隠れたが、激しい激流のような炎が吹き抜ける。

 なんか久々に恐怖を感じたぞ。


 爆炎の後、残ったのは小さなクレーターと広範囲に溶けて光を放つ土。ただそれだけだった。


「これはまた派手に拭き取んだな」


 当たり前だが周辺のビーン、上空にいたギラントも跡形も残ってはいない。


「さっきも説明したけど、あれ自体が生きる爆薬のようなものなの。ただ普通の攻撃なんて通用しないけど、高円寺さんの成形炸薬弾は別」


「ああ。あれは確かに」


 俺も弾は使い分けるが、彼女も使い分けている。

 用宗港や道中では貫通してから爆発する徹甲榴弾を使っていた。ただどうも見た目通りあいつは純粋に固いらしい。

 そこで貫通力に特化した成形炸薬弾にしたんだろう。


 まあ本来は命中に難のある弾ではあるが、高円寺は外さない。

 それにあの弾は純粋な貫通強化だけじゃないからな。

 中に入った金属弾は高熱の液状と化し、それが敵の内側に入り込む。歩く爆発物なら、確かにイチコロだわ。

 なる程ねと納得していると、これまで清水港方面に向かっていた群れが一斉にこちらに方向を変える。


「これで分かっただろう」


「分かったには分かったが……」


 確かにゾロゾロと集まって来る。引き付けるという作戦はこの時点で成功しているわけだ。


「それで引き付けてどうするんだ?」


「ここは絶対防空件って言ったでしょ。ここもその一つよ」


 高円寺が2体目を吹き飛ばしている間に、屋上からドーム型の機銃がせり出してくる。

 というか、あれを機銃という奴はいないか。88ミリ4連装対空砲。

 第二次世界大戦では、対空はもちろん対地にも使われて絶大な戦果を挙げた。

 そういや学校の屋上にもあったな――って待て。

 よくよく考えてみれば、あんなゲテモノが使われていたか?

 確か88ミリ砲は元々対空、対地両用に作られた高射砲だ。単純な対空砲と違い、更に高高度の相手まで撃ち落とせる奴だな。

 ここが絶対防空圏というのもよく分かる。

 そしてキロ単位で空に打ち出す砲弾を地上に使った時の射程と威力は言うまでもないだろう。

 ただそれは単発砲だ。4連装だったのは20ミリ。まるで違う。


「あんなもの、本当に使えるのか?」


「授業で扱ったじゃない」


「動かしただけだよ。実際に撃ったわけじゃない」


 あの時は興味もなかったから、訓練用の重機程度にしか考えていなかったし。


「あれで掃討するんだよ!」


 杉林すぎばやしが意気揚々と乗り込んだ。

 うん、一応俺も、授業で動かしたんだよね。だから分かる。


「あ、出て来た」


 杉林がトボトボと降りてくる。

 からかってやろうかと思ったが、なんか泣きそうだ。あれには口は出せん。


「私がやるわ」


 まあそうなるよね。

 砲身は4門だが、トリガーは1つ。

 更に銃身――じゃねえな。砲身の上下は左のレバー。その点だけでいうなら杉林にも使えるんだが、問題は左右の方向転換。これ足元のペダルを使うんだよな。

 残念ながら小学生には届かないのであった。


「なんだその目は! 笑いたきゃ笑えよ!」


「いや、笑わないよ」


 生暖かい目で見守るが、こう強気になられるといきなり吹き出しそうになってしまう。

 注意しないと。


 などと考えている間に、高円寺が3体目を撃破した。

 爆発の衝撃で建物がビリビリと揺れる。かなり近かったな。

 というか三保松原の火が消えている。

 今の爆発は新しく海岸線から出て来たのか。

 これはタフな戦いになりそうだ。


 そしてこの建物より後ろにいる連中に、来栖の88ミリ連装砲が火を噴いた。

 というか轟音が凄い。

 戦車砲クラスが分間10発。しかも4門。

 弾はさすがに徹甲弾の様だが、あそこまで大口径長砲身だとどんな装甲も軽々と貫くな。

 まあ元々高射砲にも使えるわけだし。


 爆発したり高熱の液体金属を発する弾ではないとはいえ、そもそもの威力が桁違いだ。

 1発で爆発させる高円寺の対戦車ライフル程では無いにしろ、数発も当たれば摩擦熱がどこかで引火して大爆発を起こす。

 いやマジで凄いものを持ち出したものだ。


「弾頂戴、弾!」


 問題はすぐに弾切れになるところだな。

 というか弾? これは砲弾って言うんだよ。

 しかもご丁寧にマガジンに入っているし。何キロあるんだよこれ。

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