第42話 暴れる巨体

 片足を捨てる覚悟で体制を変える。

 激突まで2秒も無い。走馬灯なんて見ていたら間に合わなかったな。

 だがその時、強い力で腹を抱えられる。というか、引っ張られてくの字に体が折れる。

 ぐええと叫びたいが、全ての空気が吐き出されて声も出ない。

 この容赦のなさは――なんて思う間もなく、横でポンと間の抜けた軽い音がする。超嫌な予感しかしねえ。


 そしてその予感は的中した。

 というか、他の可能性が無い。

 あの音はグレネードの発射音。相対距離を考えると、着弾まで1秒も無い。ほぼ目の前だ。

 当然すさまじい炸裂が俺を襲う。咄嗟に目を庇ったのは本能か。

 とにかく右手のやけどだけで済んだ。


 いや実際にそれで済んだんだ。爆風のおかげで、目の前の巨大な鱗への激突は避けられた。

 まあ結局は当たったんだけどね。

 ただ激突というより着地に近い。

 俺をくの字に曲げるほどの勢いは、後ろに引っ張ったため。

 爆風の殆どを高円寺こうえんじが引き受けてくれた訳だ。

 その高円寺の防弾ジャケットはまだ使えるとはいえ相当ボロボロ。スカートも同様だ。まああその下はブルマだが。

 そして俺より酷い太腿の火傷は、ゆっくりと――だが人間の治癒力を考えれば恐ろしい程の速度で回復していく。

 あの様子なら、10分もあれば完治するだろうな。


「助かったよ、まどか


「どういたしましてです。それよりも――」


 そう言いながら周りを見るが、その辺りはさすがという感じで来栖くるす杉林すぎばやしも普通に着地している。

 身の危険があったのは俺だけだった訳だ。なんか悔しい。

 それにしても来栖のスカートの下がスパッツなのは知っていたが、杉林はそのまま。しかもクマのアップリケ付きかよ。

 まあ脳は男だからどうでも良いのだろうな。

 あの飛行機の二人に見つかったらどうなるかは知らんが。


 ただ問題は、この角付きのセンザンコウもどきのデカブツは俺たちを乗せたまま悠々と歩き続けている事だ。

 図体がでかいだけに動きに対して移動距離が長い。

 もう燃え盛る武装トラックはかなり後ろには慣れたしまった。

 さらば教官……とか思ったらなんか草むらにいるぞ?

 あの衝突の瞬間に脱出したのか!? シートベルトを外して?

 だったら避けろよ! と言いたいが今は無事を喜ぼう。


「今はこいつをどうにかしよう」


「そうよね。目的地からも離れちゃうし」


勇誠ゆうせい! 円! 二人でどうにかならない!?」


 確かに火力面で考えれば俺たちでどうにかしないといけない。

 しかしさっき、高円寺のグレネードは鱗に掠り傷ひとつつけることが出来なかった。

 対戦車ライフルも担いではいるが、体勢を維持するだけで精一杯だ。


「とにかくこれを」


 高円寺に渡されたフックをベルトに固定する。

 俺以外は、全員着地した時に鱗にひっかけていた。

 用意周到というか、対応力がすごすぎだろ。

 まあこれで両手は自由になったし、移動の振動にもある程度は対処できる。


「とにかく頭なら」


「確かに、気を引けば止まるかもな」


 ……ではあったのだが、高円寺が5発のグレネードを後頭部に撃ち込んでもびくともしない。

 しかし直接は狙えないとはいえ、こんな振動の中、ほぼ真上に撃った山なり弾道でよく当てられるものだ。

 などと感心はしていられない。例の爆破用の家――というより地雷原に踏み入っても変化なしだ。

 足元では派手な爆発が起きているのにな。


「対戦車ライフルを使うわ」


 弾切れになったグレネードは躊躇なく捨てて対戦車ライフルを装備し直そうとするが――、


「いや、待った。俺に考えがある」


「お前に何が出来る! 一般人!」


「多分な」


 攻撃が効かなすぎる。

 教官のトラックには、まだ相当な武器弾薬に爆発物が積んであった。

 それにさっきのグレネード。そして足元の爆発。

 確かにでかいからという事もあるだろう。

 それに見るからに堅そうだ。当然、ただ単純にそれが原因かもしれない。

 本当はもう少し試したいが、上空のセスナ2機は俺たちが背中にいるから攻撃できない。

 ならもう自分で確認するしかないだろう。

 確かにでかいが、おそらくこいつの性質はアラルゴスと同じ!


 背中にいるのと姿勢のせいで、首も頭も見えやしない。

 だけど激突した時に骨格は把握した。見えなくても分かる。

 背中から首筋めがけて神弾を撃ち込む。その光は鱗を貫き、体内にまで達した。

 流石に当たったら爆発してしまう炸裂弾頭は使えなかったが、これではっきりした。

 狙うべきは首だ。まあ体自体も有効とはいえ、この巨体に何発も撃ち込むほどの余裕はないんでね。


 と思ったらよっぽど痛かったのだろう。

 いや、そんな感覚があるかは知らないが、とにかく二本足で独立して体を振り始めた。

 巨大な咆哮が耳を突く。

 音の圧力だけで車くらい潰せそうだな。

 というかこっちはこっちでそれどころじゃない。

 鱗に引っ掛けたフックとワイヤーのおかげで転落死は免れが、こう振り回されて叩きつけられると、衝撃で死しそうだ。


 そんな時だった。ふわりと何かが俺を優しく包む。


「行くわよ。アンタが頼りなんだからね」


 来栖か。

 激突しそうになった俺の背中を、やさしく受け止めてくれたんだ。

 高円寺とはまた違った、硬く弾力がある感触が背中に当たる。というか突く。


「ワイヤー、外すわよ」


「ああ……」


 とは言っても、これだけ振り回されてもがっちり食い込んでいる。

 というか。これだけ振り回されているからこそとも言える。

 あれを外すのはかなり大変――ブチッ!


「え?」


 容赦なく片手で引き千切りやがった。

 さようなら、今まで俺の命を救ってくれたワイヤーよ。

 というかさ、俺装備まで含めると相当な重量なんだよね。

 それを散々振り回されても耐えていたワイヤーをブチって……。


「首まで一気に行くわよ」


 そう叫ぶと、体がふわりと浮き上がる。

 暴れている巨体から離れたからだが、まるで翼が生えた様だ。

 しかも動きが優しい。気遣いを感じる。しかし――、


「どうして首だって分かったんだ?」


「さっき撃ったもの」


 そりゃそうだ。


「でもやれるの?」


「実に簡単だね。ただ俺が止まった状態にして欲しい」

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