第34話 先読み

「“後”っていうのはそうだな……動きを予測したら、当然その先の姿も一緒に分かるだろ?」


「そのレベルが常人と違い過ぎるのよ。この際だからもう一度言うけど、アラルゴスに弾を当てるのは至難の業なの。それが100発100中なんて有り得ないわ。もし出来たのなら、人類は今頃連中を撃退していたでしょうね」


「普通の“後”は予想した先でしょ? でも勇誠ゆうせい君は、明らかに本当に見ているように見えるの」


 やはりこの感覚は説明が難しいか。

 でも確かに分かるんだよ。

 確かに不規則に動いているし弾丸を避けるのも分かっている。

 だけどそれでも、確実に此処だというポイントがある。そこを撃てばいいだけなんだが……。

 けれど、見えているかと言われてしまうと確かにハッキリと数秒後にどうなっているかは見えているんだよな。

 今まで誰からも指摘された事が無かったから気にもしていなかった。


「なあ、なんか俺はおかしいのか?」


「おかしいから言っているのよ」


 来栖くるすは完全に呆れた感じで両手を上げる。

 まあ奴らに当てるのが難しいのは地元のハンターだって言っていた。

 それでも、俺の地元猟師はしっかりと対処していたもんなんだがなあ。


「この件は、一度きちんと検査した方が良いのではないでしょうか? ここで話してもらちが明かないと思いますので」


 高円寺こうえんじが控え目に発言すると、来栖も納得したようだった。


「それよりテメエはいい加減にしろ!」


 慌てて手首を掴もうとした杉林を離す。

 ついつい邪魔だったので、アイアンクローで押さえつけてしまっていた。

 しかし言われてみれば、今俺は杉林が掴もうと動くより先に離していた。

 筋肉の動きや空気の流れというか、雰囲気というか――そんな曖昧なものじゃなくて、確かに掴まれた瞬間が見えた。

 だから咄嗟に動いたわけだが……俺は昔からこうだったか?

 考えてみれば、確かにそんな気もする。

 あまり意識していなかったが、子供のころ生き延びた時も、何かが見えた気がする。

 ちょっと変な子供だったのかもしれない。


 まあ件の剣はともかくとにかく、杉林の戦闘力は全く問題無し。

 蹴りの威力を考えると、見た目以上の筋力があるのは分かった。

 これ以上疑う必要は無いだろう。


 というよりも、右に来栖、左に高円寺とがっちり腕を掴まれて、検査室に運ばれる事になった。

 傍から見れば両手に花なのだろうが、俺の体格でもびくともしない点が怖い。





 ◆     ◆     ◆





 連れていかれたのは医務室。

 といっても体調に異常があるわけではなく、単なる検査だ。

 MRIの様な大掛かりな機械を使うのかと思ったら、蛍光灯のようなものを体の周囲え動かすだけで、モニターには脳から筋肉、内臓までが細かく表示される。

 当然のように、MRIの様に断面図形式。それも前後左右どころか斜めからも切り取って見れる。

 相当なテクノロジーだな。


「うーん、脳にも肉体にも異常はないわね」


 診断したのは一ノ瀬牡丹いちのせぼたん先生。

 というより外にいないし。

 車両や銃に弾薬、野戦砲や対空砲、まで整備するが、人間のメンテもこの人の仕事だ。

 ただ杉林は校外の大病院に入っていたし、俺の治療も出向の医師だった。ここの施設も立派だが、それはそれで限界があるのだろう。


 もう20代後半と聞いているが、そうは見えない程に若く見え声も可愛い人だ。

 身長は162センチ程度。体格は標準的だろう。

 ショートにしている髪も瞳も黒く、普通の人間だという事が分かる。

 出る所はちゃんと出ているしモテそうな体格だと思うが、なにぶんにも2人が規格外だけに本当に普通に見える。

 ある意味毒されてしまったかもしれないが、まああず姉と一緒にいたからそう思うのかもしれない。

 普段から白衣を着ているが、実際には医者が使うような白衣では無くしっかりと防弾、防刃加工してある装甲服だ。

 もちろんあれで戦闘するわけではなく、機械整備から銃などの兵器まで扱うのだからその為の用心だろう。


「一応人間には間違いないんですよね?」


 高円寺こうえんじ、それは本人の前では言わない方がいいぞ。


「タヌキじゃないのよね?」


 来栖こいつはもっとストレートだった。


「お前、駅の時に俺をちゃんと人間と認めていただろう?」


「うっ……」


 少したじろいた所を見ると、本気で疑っていたようだ。


「ごめん! ちゃんと人間だって分かってはいたんだけど、そのね……やっぱりほら、群馬人でしょ? 心の何処かで、やっぱりあったのよ」


「無くせ! 俺は正真正銘の人間だ。とにかく、疑いは晴れたんだよな? ねえ、一ノ瀬

 先生」


「え、えっと」


 だから目を逸らすな。





 ◆     ◆     ◆





 結局あの後はそれぞれが自室に戻って休憩となった。

 杉林すぎばやしの退院程度で講義が中止になった訳ではない。

 何でも、校長や教頭、果ては教官までもがどこかに出かけているそうだ。

 そんな訳で今日は自主練となった訳だが、やる気が起きない――というより、改めて考えさせられたので俺は真昼間からベッドに仰向けになって考え込んでいた。


 自分としては、それが当然だった。

 相手の動きを予測して、先読みをする。

 新人でもベテランでも、差はあれども必ずやっている事だ。

 それをより正確にするのが鍛錬であり、正確さが増す程にベテランとか達人とか呼ばれるようになる。

 俺はどの段階なのだろう?

 考えてみれば、初めて銃を撃った時から出来たような気がする。

 そう、初めてあず姉に会った時。

 常連の猟師に、特別に裏山で撃たせてもらった時だ。


 確かに不思議な感覚だった。

 狙ったのはリスだった。

 こちらの殺意に気が付いて木の後ろに逃げたが、枝の後ろに行った時点でそれごと撃ち抜いたんだった。

 今思えば、あの時リスを見たのは最初だけだ。

 その後はすぐに木の陰に隠れてしまい、もうどこにいるかもわからなかった。

 だけど、確かに頭の中にもう一つの像があった。木の裏にいる姿が。

 そしてその先、どう動いて逃げていくかが。

 後は簡単だ。動く途中を撃ち抜けばいい。止まっている的と何も変わりはしない。


「……見えているか」


 この件に関しては誰にも言わない方が良さそうだ。

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