第33話 前後

 まあ当然ながら、向こうに今の打撃が効いちゃいない。

 カウンターではあったが、空中で、しかも軽い。

 しかも空いていた左手でしっかりガードしていた。

 そして再び迫る杉林。

 今度は左右にステップを踏み、的を絞らせない。

 影が無い事もあって、読み切るのは難しい。

 しかしまあ、左だろうな。

 わざわざ右手のナイフのポーズを見せつけて攻撃し、反撃された。

 勝ち負けを決める以上はナイフ側で決める必要があるのだろうが、それは普通の場合。

 こいつらにとっては素手もナイフも関係ないしな。


 そして予想通り足関節に蹴りが来る。

 そりゃ空中はダメだと見せつけられたばかりだしな。

 しかし容赦なく関節を降りにくる所がすごいわ。


 足を曲げて関節をガード。

 衝撃はすさまじかったが、曲げていれば何とかなる。

 ただ衝撃は子供のそれではない。衝撃に合わせて跳ねるなんて器用な事も出来なかったので、そのまま吹き飛ばされる。

 ただし、杉林もな。


 蹴られた時に、しっかりと足首を握っていた。

 そして倒されると同時に、180度の弧を描いて杉林も地面に全力で叩きつけた。

 手加減が不要な事はもう分かったしな。

 痛み分けと言いたいだろうが、ダメージは向こうの方が上だ。

 まあこちらが生身という事を考えれば、その程度は優位にならないのかもしれないが。


 その足首を掴んでいた方が、指が千切れそうな勢いの蹴りが飛んできたので慌てて避ける。

 こいつ元気だなーというか、ここまでのこちらの攻撃はノーダメかよ。

 ただ杉林も少し慎重になったようだ。迂闊に仕掛けて来ない。

 さてここからどう動くか――というところで、


「はい、それまで」


「はあ?」


「どうした?」


 来栖くるすから発せられたいきなりの終了宣言に、杉林も俺もちょっとあっけにとられた。

 つーか、そう見ても杉林は納得していないぞ。


「今のだけで戦えることは分かったでしょ。それよりいい加減聞きたい事があるのよ」


「ん? 俺の方か?」


「ええ。貴方、見えているでしょ?」


「見えている? 何が?」


 何を言っているのかは分からないが、来栖は真剣な表情だ。ジョークだとは思えない。

 それに高円寺こうえんじも腕を組んだまま、納得というか聞きたかったという様な真剣な表情をしてこちらを見ている。

 一番の問題は、俺が意味を理解していないことらしい。

 ただまあこの状況で考えられる事は――、


「見えていると言われても、そこまで深刻になる話か? 正直いえば杉林の行動は読みやすい。だからちゃんと姿は捉えているよ。でもそんな事でストップをかけたのか?」


「読みやすいとはなんだ!」


 杉林は怒り狂っているが、今は戦闘モードではないのだろう。

 手を振り回しているが、頭を押さえておけば攻撃は届かない。

 というか脳まで退行したか。


「そういう事じゃなくて、ある程度の先がよ。それも予測なんかじゃなくて正確にね」


 言いたい事は分かってきたが――、


「ないない、それは無い。つまりは未来予知みたいなもんだろ? 俺にはそういった超常的な力はないんだ。杉林の言葉じゃないが、一般人だからな。今回の事も、全て経験則から来る読み合いの結果だよ」


「アラルゴスもそうなの?」


「アレはまあ……普通かな?」


「そんな訳が無いでしょう。あれは不規則な動きだけじゃなくて、しっかり銃弾を見て避けているのよ。当てられるのは方向転換の一瞬だけ。でもそんなの常人に見切れる? 方向転換をした時、もうそれは終わっているのよ。私じゃ避けきれない様な範囲に弾をばら撒くしかないわ。それでも当たるのは100発撃ったって1発か2発。それが致命傷になるなんて想定外の幸運に期待するしかないわ。でもあなたは違う。もう避けようもないタイミングで、丁度方向転換をしたところに弾が置いてあるように見えた。それも急所に。あんなことがどうやってできるの?」


 ……どうやってと言われても、練習したらできたとしか言いようがない。


「それに杉林ちゃんの攻撃もそう。最初は確かにストレートな攻撃だったけど、それだけに分かっていなければ対応できる速さじゃないわ」


 いつの間にか杉林がちゃん付けされている。


「そして次の攻撃は搦手。でも攻撃されるより前に、貴方はもう対応していた。そうでなければ間に合うはずが無いもの」


 改めて言われると、返答に窮するところが確かにある。

 実は確かにわかっていたんだ。アラルゴスの動きも、杉林の攻撃も。

 だから見てから対処した訳じゃない。こうするだろう、こう動くのだからこうしておいた――そんな感じなんだが、その感覚自体を言葉にするのは難しい。


「ちょっと分かりにくいかもしれないけど、前後の動きから察しが付いたりしないか? そんな感じだよ」


「……ねえ、“後”って……なに?」


 今度は高円寺が真顔でこちらを見つめていた。

 言われてみれば確かに変な言葉だった。だけど一番簡単に説明するとそうなるのだが……改めて考えると逆に自分の行動が分からなくなる。

 それが普通だったのだけど、思い返せば、俺ってどんな風に戦ってきたんだっけ?


 相手と対峙した時に、その動きを観察する。

 何をする? どう動く? それはハンティングの基本だ。

 例えば鹿を狙うとしよう。

 向こうが此方に気が付いて逃げ出す。当然、それに対処して行動を予測する。

 そして数秒後にどんな体制でどこにいるかを予測して撃つわけだ。

 杉林との戦闘でも同様だな。

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