第25話 医務室での目覚め

 どうしようもない。

 高円寺こうえんじだけでも逃がしてあげたいが、もう武器が無い。それに指一本動かない。

 主に高円寺のせいで。

 走馬灯が過る。

 こんな所で死ねないだろともう一人の俺が叱咤する。

 群馬で待つ家族の心配そうな顔が頭をよぎる。

 だけど全部が消える――その時だった。


 突進してきた奴も大きかったが、それよりはるかに大きな――それこそ倍以上の10メートル級のアラルゴスが、突進してきた奴を横から串刺しにした。

 あの大きさなのに見えなかった。羽音にも気が付かなかった。

 だけど姿を、俺は知っている。一生忘れる事は無い。

 全身深紅の姿。かつて見た時より大きく、そして赤は更に鮮やかさが増している。

 もう一体を貫いた角は長く、2メートル近いだろう。

 そして特徴的な横の角。

 湾曲した角が、左側から生えている。

 だけど右は無い。それは俺が持っているからだ。

 ……今は部屋に置いてあるけど。


 俺を助けた?

 いや、違う。

 奴らとは精神構造がまるで違う。

 語り合う事も、分かり合う事も無い。まさに見た目通りの虫だ。

 だがその複眼からは、強い意志を感じる。

 俺は自分の獲物だと。そして、必ず俺を倒すのだと。


「手負いのはぐれ!? こんな時に! もう!」


 来栖くるすが銃身が焼けるほどに撃ちまくるが、まるで蜃気楼を相手にしているかのようにすり抜けていく。

 信じられないが、あの大きさで全て避けているんだ。

 そして同時に、残っていたアラルゴスが一斉に襲い掛かった。


「今がチャンスだ! 杉林すぎばやしを回収して撤収する。もう大規模攻勢は無い! 乗れ! 急げ!」


 声と軽トラの音しかしなかったが、間違いなく石垣の向こうまで教官が来ている。

 確かに潮時だ。

 上空では奴が他のアラルゴスや翼竜もどきと戦闘中。

 その様子はまるでバーサーカーの様で、見るだけで圧倒されてしまう。

 呑まれるなよ、俺よ。あの姿を忘れるな。恐れるな!


「了解!」


 来栖はすぐに杉林を担ぐと、全速力で戻って来た。

 凄い腕力だと思うが、傷の回復といい戦い方といい、彼女らの話は事実なのだろう。

 まあこんな戦いをして疑う余地もないか。


「大丈夫ですか?」


 こちらも高円寺が肩を貸してくれる。


「ありがとう」


 負傷は確かにほぼ彼女が原因だが、そうしてくれなければ死んでいた。

 さすがに文句はない。

 それにこれはこれでなかなかに良い。

 そんな事を考えていたら突然宙に浮く。

 ああ、そうか。軽トラの荷台に乗るためにジャンプしたんだ。

 そう思ったのが最後。着地の衝撃で、とうとう俺の意識は断たれた。





 ◆     ◆     ◆





 気が付いたのは、医務室のようなところだった。

 病院か?

 だが病院から感じる独特の空気が無い。

 曖昧に言うと分かりにくいが、要は看護師たちが忙しく動き回る人の気配や音のようなものだな。

 するとここは医務室程度。なら学校だな。

 左肩はもちろん、全身治療されてはいる。

 しかしまだまだ痛くて起き上がれないな、これは。





「起きたみたいね。まああれだけ鍛えられているなら大丈夫だとは思ったけど、さすがに高円寺さんも心配していたわよ」


「……そうか。それで、あれからどうなったんだ?」


「開幕一声がそれ? あなたやっぱり兵士に向いているわ。素直に士官の道を目指してみない?」


「ごめん被る。俺にはやるべきことがあるんでね。それで?」


「じゅ・う・しょ・う。4日も寝ていたのよ。それに当分そこから動けないわよ」


「そうか……迷惑をかける。すまないな」


「べ、別に構わないわよ。こっちもしばらくは戦えないわ」


「そういえば来栖やまどか、それに杉林はどうなんだ? かなりの怪我だったが」


「私と高円寺さんは問題無いわよ。あの程度の怪我なんてすぐに再生するわ」


 そういえば、来栖の傷は戦闘中にはもう塞がっていたな。

 高円寺は結構傷はそのまま残っていたが、とりあえず血は止まっていた。

 確かに、俺のような一般人とは違うな……あれ?


「杉林はどうしたんだ?」


「彼は……」


 途中まで言いかけて顔をそむける。

 それ程の怪我か。

 そういえば傷口が紫色になっていたような気がしたが、確か毒は効かないと聞いたばかりだ。

 とすると、アレはあの巨大クラゲの体液か。


「杉林さんは――毒で重体よ」


 おいおい。


「毒は効かないんじゃなかったのか?」


「効く相手が出るかもとも言ったでしょ」


 言った傍から登場かよ。

 そういうのを“フラグ”って言うんだ。


「それで容態は深刻なのか?」


「ある意味命に別状はないから、そちらは大丈夫よ。それよりも今は自分の方を心配して頂戴。かなり無理な戦い方だったわ」


「それは自覚しているよ」


 狩りではなく戦闘。あんなもの初めてだったからなんて言い訳はできない。しくじったら死ぬという事には何も変わりはしないのだから。

 それに怪我は高円寺――ではなく、アラルゴスの生態を甘く見ていた事が原因だ。

 あんな風に群れを作る事も知らなかったが、そもそも率いる奴の力を侮った。

 いや、普通にやっていたら勝てた自信はある。

 だけどそれは、普通の野生動物を前提にした場合だ。

 あんな風に、連携をしてくるとは思っていなかった。

 見た事は無いしもはや見る事も無いだろうが、狼とかがあんな感じなのだろうか?


 それに3本角……まあ今は2本角だが、あれ程の殺気を浴びせられたのは初めてだ。

 襲って来る熊なんかも明確な殺意があるが、あれとは違う。もっと鋭い、氷の刃の様な殺気だった。

 色合いもそうだが、羽音なんかや動きも変わってたな。

 お互い、当時とは違うって訳だ。

 なぜあそこで俺を殺さなかったのかは分からない。

 単に、自分に群がる邪魔な連中の始末を優先させただけなのかもしれない。

 どっちにしろ、再戦が楽しみだよ。今度はどちらかが斃れるまでやろうじゃないか。


「それにしても、さすがは群馬人ね。並の人間なら、高円寺さんのタックルを受けた時点で死んでいるわよ」


 普通ならどっちにしろ死んでいたのかよ!


「人との接触は慣れていないような話は聞いたが、力加減の方は早く覚えて欲しいものだ」


 というか群馬人ってなんだ。俺は普通の群馬県民だ……。

 そんな事を考えながらも、口にする事は無く俺は再び寝てしまった。

 まだまだ体調は万全じゃない。それどころか瀕死だ。

 今は回復に専念する事を、体が欲求していたんだろうな。

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