第21話 アラルゴスの群れ

 飛来した角度が僅かに変わっただけ。だけどそれが重要だった。

 来栖への直撃コースだった奴は軌道を変え、すれ違いざまに前足だけでひっかいて行った。

 直撃だったらあの先端の角で腹を貫かれている所だったからセーフ――と言いたいが、足が掠っただけで防刃防弾のコートが切り裂かれ、細い右腕からは噴水の様に血が噴き出した。

 込めていたのが神弾だったらと悔やみたくもなるが、いかせん貴重な弾だ。通常弾で倒せる相手に撃ちまくるわけにはいかない。

 倒れたまま、マガジンを変えてボルトを引く。

 既にアイツは暗闇へと移動しているが、独特の羽音が――いや待て、おかしい。

 羽音が多い。1か所? 2か所? 違う!

 無意識の内に空を見る。

 そこには10匹を超えるアラルゴスがホバリングしていた。


 ただその内1匹の色と形が違う。

 大きさは4メートルほど。ただ黒や茶色の普通のアラルゴスと違って、上半身は赤。そして左右には耳のような突起が付いている。

 あの姿は見た事が無い。あそこから全身を赤くし、突起を伸ばしていけばその姿は赤兜そのものだ。

 あれは突然変異とか別種とか言われ、仮称として“赤兜”の名が付いた。

 だけど違うな。何となくだが理解した。

 他のアラルゴスは半分程が赤い奴を中心にするように動いている。

 不規則かつ超高速。目で追うだけでも大変だが、アイツらは攻撃の隙を見つけるまでいつもこうだ。面倒くさい。

 こいつらが群れを作る事自体初耳だが、間違いない。あの赤いのがボスだろうな。

 だが分かっても隙が無い。比較的高い位置にいる事を考えると、神弾でも何処まで有効か。

 ここは奴が降りてくるのを待つしかないが――、


 まるで様子を見るように、2匹のアラルゴスが上空から襲い来る。

 仕方がない。こちらは躊躇できるほど余裕のある立場じゃないんだ。





「クソッ、アラルゴスが相手じゃどうにもならん。教官はどうして撤収指示を出さないんだ」


「それは、彼がいるからよ」


来栖くるすか。腕はどうだ」


「舐めないでよね。これでもTYPE―Eよ」


 傷口は既に塞がり、破れたコートと流れた血の跡が先程の光景が現実だと物語っている。

 だが既に普通に両手で自動小銃を持ち、アラルゴスを牽制しながらまだ少しだが湧いて来る連中を仕留めている。

 杉林すぎばやしとしては頼もしい味方だと思うが少し複雑だ。

 自分もTYPE―C。単なる薬物強化のBまでとは違う。脳を始めとした各所に埋め込まれたチップは人間をはるかに超えた反射神経や判断力。それにレーダー機能まで有している。

 身体能力も人工筋肉や人口内臓などで補強され、今までその力で存分に活躍して来た。

 しかし現実に最新型のTYPE―Eを見てしまうと、複雑な想いが去来する。

 命を懸けたあの改造は何だったのだろうかと。


 ただ当然ながら、こんな事は逆恨みだ。

 向こうは生まれる前から肉体改造をされ、物心つく前から戦闘訓練だけを施された戦闘マシーン。

 あれは人の姿をした怪物であり、同時に被害者なのだ。

 そう考えれば頭も冷える。一般人は誰もがそう考える。俺たちは同じモンスターにすぎない。

 どうせ群馬人も、真実を知れば同じ事を考えるだろう。


 しかしそんな事よりこの状況をどうする?

 通常弾でアラルゴスを倒す事はどう足掻いても不可能。

 一応は目が弱点だが、当然攻撃させるわけがない。

 昆虫と同じ様な複眼なのに、まぶたまで付いている厄介者だ。

 だから砲撃、ミサイル、銃弾。何でも良いから飽和攻撃で動きを制限し、俺たちの様な改良された人間が超接近戦で無理やり瞼をこじ開け、銃なりナイフなりで死ぬまで格闘を続けるしかない。

 一撃だの一発だのでは無理だ。何十分にも及ぶ格闘戦。当然逃がさない対策もするが、それが仇となって倒された同法は数知れず。

 しかも赤い奴までいる。あれは群れのボス。その力はTYPE―Eにも匹敵する。

 自分じゃどうにもならない。来栖や高円寺でもダメだ。一般人など話にもならない――詰んだ。

 まだなにも成してはいない。

 散っていった戦友たちに、胸を張って誇れるほどの結果も出していない。

 なのに、ここで終わる。全てが。

 実にくだらない結末だった。


 そんな事を考えていた杉林の横を、一本の白い光が貫いた。





 超高速で不規則に動くアラルゴス。普通に狙ってもそうそう当たるものではない。

 しかし2匹降りて来た。先ずはあれだな。

 回避行動はしているが、ほぼ真っ直ぐ降りてきている。もはやただの的だ。

 強烈な爆発音とともに、闇を照らす森の炎の中を白い光が一直線に貫いた。

 それは回避したアラルゴスが、まるで自分から当たりに行ったかのような完全な予想の上に成り立つ正確無比の射撃。

 そして弾丸は神弾。

 それが当たると同時に、アラルゴスはまるで存在することを否定されたかのように粉微塵となって風に乗って消えた。


 すぐさまボルトを引いてかつて薬莢やっきょうであったカスを輩出し、次弾を装填する。

 しかし余裕は与えてくれないらしい。装填が完了した時には、もう1匹は早くも目の前にいた。

 近すぎる。銃身が長くて狙いが付けられない。

 まずい、どう負傷を抑える? とにかく銃を傷つけられてはダメだ。

 銃身はもちろん、他の何処を傷つけられても発射に絶えられない。


 ――いっその事、左手を犠牲にするか?


 考えている時間は無い。右手で銃を体の後ろに回し、左手で心臓をカバーする。

 まるで時間がゆっくりになった様に感じる。

 本気で直進されていたらこんな事で死を回避できるとは思えない。

 だが今の状態なら、左手だけで何とかなる気がする。

 そんな俺と奴の真ん中を衝撃波がすっ飛んでいた。


 あまりの衝撃に後ろに吹っ飛ばされるが、骨がきしむほどの衝撃に耳は完全に聞こえなくなり、頭痛が酷い。視界も殆ど無くなって自分の体制も分からない。三半規管は完全にアウトだ。

 意識も一瞬飛びかけた。それ以前に、命すら飛んで行きそうになったぞ。


 微かにアラスゴスがくるくると周りながら体勢を立て直そうとしているのが見える。

 それを見ながら、勝手に体が奴に向けて発砲していた。

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