第12話 世界の真実

「あらかじめ言っておくが、1つ上は2人。最上級生は3人だ。それに教官と校長に教頭。それとオペレーター兼事務員が2人。車や銃器のメンテナンスから調理器具の整備、食材の仕入れまで担当しているのが1人。以上がここに常駐している人間だ。もっとも、先輩方はほぼ外にいるから、学校に戻って来る事はあまり無いと聞いている」


 ――1人過労死しそうなほど仕事を押し付けられている人がいなかったか?


「だから大宮さん一人で回っているみたい」


 教官と大宮さん、それに来栖くるすが軍曹と呼んでいる人間は全部同一人物だろうな。

 アレが3人いたら別の意味で怖い。

 というか1人で3学年全部の教鞭を振るうのか?

 と思ったが、実際には上級生はほぼいないのか。


「なあ、上級生はほぼ外に出ているっていうけど、本当にここで技術を学べるのか?」


 全員の目が一斉にこちらに集中する。

 こいつは何を言っているんだろうという目だ。


「君は一体何を――」


「だから待って! 彼は群馬から来たのよ」


「……もういい。気分が悪くなってきた。俺は部屋に戻るとする」


 杉林すぎばやしとかいう奴は、露骨に嫌な顔をして立ち上がった。


「あ、あたしもそろそろ部屋に戻るわ」


 呼応するように、高円寺こうえんじさんも続く。


「そ、そう。そうね。それじゃあ私は彼に簡単な案内をしておくわ」


「――無駄だろ。たとえ群馬人だろうが、そいつは一般人だろうが」


 もう答えるのも面倒くさい。さっさと行ってしまえ。





 こうして先にいた二人はいなくなったが、俺としては聞きたい事が山ほどある。

 向こうもあるかもしれないが、今はこちらが先だ。


「と、取り敢えずコーヒーで良い? 入れてくるわ」


 こちらのイライラした空気を察したのか、来栖がちょっとぎこちない感じでコーヒーを入れに行った。

 ここはセルフサービスで、奥にドリンクバーのような物が設置されている。

 その間に、俺も頭を冷やして反省だ。

 入学自体のおかしさ。彼らの話に入っていけずに感じた疎外感。それに故郷を馬鹿にされた感じ。

 だがそれらは聞けばいい。調べればいい。

 少なくとも、共に戦った彼女に気を使わせてしまったのは人として恥ずかしい。

 戻ってきたら、もっと柔らかな態度を取らないとな。


「ええと、一応入れてきたけど……群馬のコーヒーってコーヒー豆の奴で良いの? まあ人工品だけど。それよりドングリの方が良かったかしら? でも困ったわ、そっちは無いの」


 前言撤回。大真面目で言っているだけに逆に腹が立つ。





 ◆     ◆     ◆





 おそらく職員室というより指令室と呼んだ方が良い場所では、入学時からずっと彼らを監視していた二人がその様子をモニターで見ていた。


「これは前途多難ですな」


「そうかしら? それぞれ思惑はあるようだけど、彼に興味を持ったのは確実ね」


「群馬県民ともなれば誰もがそうなって当然でしょうが……それとは違うと?」


「当然でしょう? それこそ、一般人程度の考えしか持てないものがここに来られるわけがないもの」


「確かに……そうではありますが」


 群馬県。

 元々タヌキにより自治を認められた土地であり、それこそ室町時代から人口の8割りはタヌキと言われている。

 その後の戦乱、明治維新、大戦など様々な出来事を経て人口の変化はあれど、この比率はずっと守られている。

 それが人類と彼らとの協定なのだ。

 互いに不干渉、無関心。互いにあるのは、ただ一定の不可侵共存関係だけ。

 ある意味公然の秘密だが、群馬で産まれ育った普通の人間だけはこの事を知らない。


 だが状況は変わりつつある。

 2041年。人類は突如現れた未知の生命体によって壊滅的と言って良い打撃を受けた。

 何処から来たのかは分からない。

 というよりも、それを知った時はすでに手遅れであったと言える。

 彼らは巣を作るのだ。そしてその巣は、この世と隔離された別世界となる。

 外から見た限りでは、その境界線は分からない。だが一歩でも足を踏み入れてしまえば、そこは異常なる彼らの世界。

 重力は無く、当然上も下もない。大気すらないただの空間。振りむけば出口は無く、まるで宇宙空間に放り出されたようだという。

 永遠に続く暗闇の中、遥か遠くに微かに見える肉の様な壁だけが、その世界に境界線がある事を人類に教えてくれた。


 この外からは確認できない世界から、次々と彼らがやって来た。

 当初は近代兵器が有効であり、各国も警察や自警団で十分に対処できた。

 しかし、やがて彼らは大型化し、種類を増やし、知恵を付け、そしてついに、人類の武器を克服してしまった。


 人類と彼ら。パワーバランスが逆転してからは防戦一方。

 彼らの巣は世界中に拡大し、十分に認知できるようになった。

 当然、人類は彼らの巣に対する反攻作戦を行った。

 しかし、何も判らなかったというのが現状である。かろうじて生きて戻ってきたものも、どうやって元の空間に戻ったのか分からなかったという。

 核も何発も放り込まれた。しかし結果は今の状況が物語る。

 人類は敗北したのだ。





 ◆     ◆     ◆





「そんな訳で、人類はとっくに敗北したの。今は2107年。もう当時を知る人間なんてほとんどいないでしょうね。今残っているのはここ静岡と長野県、それに貴方の言う群馬県。それだけよ。世界にはまだ残っているところがあるかもしれないけど、今言った3県の周囲はもう彼らの巣。その先に人類が残っているかなんて、誰にも分からないの。お分かり?」」


「全く分からねえ」


 そりゃ今まで考えないようにしてきたが、俺が考えてきた大都会静岡とは少し違うかなとは思っていたんだ。

 いや、そりゃ群馬に比べれば大都会だ。異世界――それも遥かに文明の進んだSF世界に迷い込んだのかと思ったくらいだ。

 だけど同時にあの怪物たち。都市の規模に比べ、あまり人を見かけない不自然さ。群馬県民に対する態度……。


「すまないが色々と教えてくれないか? どうやら俺は、やはり世間知らずの田舎者だったようだ」


「……驚いた。そこまで卑下する必要なんて無いけど、普通はもっとこう、全否定とかしない? 人類が負けたなんて」


「否定する材料があったら否定する。今はとにかく教えてくれ」


「分かったわ……」


 そう言うと暫く考えるように目を閉じて一呼吸置くと――、


「私たちの外見……そうね、髪や目の色とかどう思った?」


「都会はすげえなあと思ったよ」


「……町の人は見た?」


「さすがに都会のファッションはすげえなと思ったよ。ただまあ、鉈とか斧とかナイフとか持っている人間がやたら多かったのは面白かったけどな」


「ダメだわコイツ、脳がバグっている」


「何が言いたいんだよ、お前は!」

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