難波

@that-52912

第1話 難波

水中から出現した土地。その顔を露にして水飛沫を上げたのは、4000年以上前のことだった。異常な暑さが暫く続いた。昆虫ばかりが、やけに多い土地なのだ。暑さにやられた昆虫たちは、みな、一様に諦め顔を浮かべ、じぶんの身体よりも小さな昆虫を殺戮する。弱い昆虫たちの頭をもぎとり、その傷口から体液を吸い上げ、強い昆虫たちは、丸々と太ってゆく。体液を吸いとられた、弱い昆虫たちの死骸は、熱い風にさらされ、頼りなく土地の上で揺れて、その上を風が走ってゆくのだった。昆虫たちの死臭が辺りに満ちていった。


「所有がないこと」

「はい」

「執着して取らぬこと」

「はい」

「これが私たちの土地の掟だ」

「はい」


色が黒く、白い僧衣の男たちふたりが、この土地にたち、問答を終えた。弟子である男はしかし、執着の塊であった。おんなの身体に異様に執着するたちの男で、近所のおんなたちからは嫌われていたのだ。拒否されるほど、焦げ付く喉が水を求めるように、おんなを求めた。師匠は、そんな弟子をたびたび諌めたのだが。


その弟子、隣村のおんなを犯して逃げる途中だった。


真っ暗闇のなか、走って逃げる途中、地面から、大きな蛇が現れた。男のからだに巻き付き、ぎゅう、ぎゅう、と身体を締め上げ、やがて男の身体は潰され、目玉がぽろり、と地面に落ちる。地面は男の血液で鮮やかに染め上がり、そこに首のない昆虫たちの死骸が動き出してむらがった。男の陰茎だけが、地面に転がり、寂しそうに佇む。白髪の老婆が影に隠れてみていたのだが、男の陰茎を拾い上げ、いとおしそうにしばらくなで回していた。やがて、この醜悪な老婆は、風のように消えてしまった。いしころひとつない、荒地での出来事。


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