白紙
海湖水
白紙
「さあさあ、どうだい‼︎いつもは10ルベドの知恵の実が、今日は驚きの7ルベドだよー‼︎」
「そこの姉ちゃん‼︎この布はどうだい‼︎ウミナリカイコからとれた、極上の布たちだよー‼︎今日だけは、たったの100ルベドだ‼︎」
市場は随分と賑わっていた。カラフルな屋根の店が立ち並び、食べ物や潮風が匂うこの場所は、たくさんの人で埋め尽くされていた。商人たちにとっては、今の時期は他国からも人が来るから、稼ぎ時なのだろう。
港町「ベナクス」。カルトス王国の中心地でありながら、世界でも有名な商業の町だ。港からは世界各地の商品が運び込まれ、珍しい香辛料や果実、布や道具が簡単に手に入る。
「フーカちゃん、あんた、またお使いかい?感心だねぇ。うちの息子にも見習ってほしいくらいだよ」
「ペラー君、また引きこもってるんですか?」
「いや、違うよ……。何か思いついたのか、今は山小屋にこもって、一日中何かを作ってるよ。あんな年になって、働かないなんて……。今の時期は稼ぎ時なのにねぇ。ほんとに困ったもんだよ」
「また、引きずり出しましょうか?」
「いや、いいよ。どうせ、今回も1週間後には飽きて出てくるでしょ。ああ、そういえば、何を買うんだい?」
「今日はコーンパンと……、ベリーパイと紅茶をちょうだい!!」
パン屋のおばさんが、紙袋にコーンパンと紅茶の茶葉を入れるのを、フーカはボーッと見つめていた。目はそこをとらえているのに、感覚は全て別のことに集中している感じ。鼻は周りのパンや紅茶のいいにおいを吸い込み、耳は外の人々のお祭り騒ぎのような音をとらえつ続けている。
「……ーカちゃん!!フーカちゃん!!またボーっとして……。とりあえず、いつもどうりパイは別の袋に入れておいたからね」
「ありがとう、おばさん!!」
「お姉さんとお呼び!!」
袋に入れられたコーンパンの熱を感じながら、フーカは自分のとまっている宿屋へと向かった。道の脇からは、相変わらず商人たちの熱いアピールが続くが、それらを全てかわしながら、フーカは坂を駆け上がる。
「また、帰ったらあれを書かないと。あと、宿屋の手伝いもしなきゃ!!」
宿屋に帰ると、買ってきたパンたちを台所に置くと、フーカはすぐさま自分の部屋の机に向かった。机の上には、紙とインク、そして1枚の写真が置いてあった。
写真の中には、見たことのない金属や石でできている建物が立ち並んでいる。人々は皆、見たことのない服を着ており、建物の外壁に書かれている文字は、見たことのないものばかりだった。
「いつか、この都市にたどりつけるかなぁ……」
「あらら、またあの絵を見てるの?飽きないねぇ」
「うわっ!!シューナさん、いつからいたんですか⁉」
「さっきからずっと居たわよ。というか、前から思ってたけど、その絵ってすごいきれいね。どこで買ったの?」
「えっとね。小さいころに市場に行ったときに、黒い服のお姉さんが、あげるって言ってくれたの。ほんとにきれいだよね。建物なんてお城みたいに大きいし……」
「ほんとね。実際に存在してるなら、ぜひ行ってみたいわ。あと、パンを買ってきてくれてありがとうね!!」
「うん!!大丈夫だよ!!私も暇だし」
シューナが部屋を出ていった後、フーカはペンをインクにつけた。そのまま、ペンをすぐさま紙に走らせる。このために、わざわざ文字を覚えたのだ。今では、この文章を書くことができることが、ただただ楽しかった。
「次の話はどんな感じにしようかな……。あの大きさの建物なら、作った大きな巨人がいるかもしれないしね」
この文章を書くことが、今のフーカの夢だ。あの絵の中に映っている場所を舞台にした物語だ。ただの想像だけど、フーカにとっては別の、心の中にある「もう一つの世界」だった。この物語を書き終わったら、またこれを写して、市場で売る。そうやって、たくさんの人に自分の文章を見てもらいたかった。
この町にはたくさんの友達がいる。今までは旅をしてきたが、ここにとどまるのも悪くないかもしれない。そう思って始めた、この町での生活。
大体は、宿屋の手伝いをしてお金をもらう。たまに、ペラーの家に遊びに行ったり、ベナクスの中心に建っている真っ白な城を見に行く。そんな生活を始めて、数か月がたった。
あの絵の場所のことを、他の国の商人に聞いたりもしているが、みんなこぞって「知らない」としか言わなかった。あの場所を探してこの旅を始めたが、依然見つかる気配はない。
「あの場所なんて、本当は存在なんてしてないのかな……」
フーカは気分が落ち込んできたので、ペラーのいる山小屋へと向かうことにした。ベナクスの端にある、名もない小さな山の上にある小屋で、ペラーは何かを作っているらしい。ペラーには昔から変なことをする癖があったらしい。フーカがこの町に来てからは、引きこもってしまっているペラーを部屋から数度引きずり出したこともある。
「ペラー!!いる?入るよ」
「うわっ!!フーカかよ⁉見ろよ、これ!!やっと完成したんだぜ!!」
山小屋の扉を叩くと、ペラーはすんなりと出てきた。しかし、今までと違って、テンションが高い。顔は赤く、息は荒く、声もいつもよりも高い気がする。
ペラーの先には、大きな機械が置いてあった。機械の一部からは、火花が散っているし、機械のそこらかしこから蒸気が吹き出している。
「なにこれ⁉なんか……すごいね」
「だろ⁉この機械は『異世界転移装置』って言ってな!!別の世界に行くことができるんだ!!」
「別の世界……」
「そう、別の世界だ。どんな世界かは、行ってみないとわからないけどな」
フーカにはある景色が浮かんだ。フーカが旅を始めた理由。あの絵の景色が、もし別の世界のものだったら……。そんな考えがフーカの頭の中に浮かんだ。
「俺は今から旅に出るぜ!!この装置を使ったら、今まで誰も見たことがない景色を見れるからな!!」
「見たことがない景色……」
ペラーはそう宣言すると、小屋の外へと飛び出した。フーカも急いで追いかける。
ペラーは山小屋から少し進んだところで立ち止まって、城を見ていた。まるで、彫刻のような、美しい真っ白な城。
「あの城、綺麗だよな。向こうの世界に行ったら、俺はこの景色を見れなくなるのかな……。こんなに、思い出がつまってる町から出ていくって、勇気がいるよな。さっき、あんなこと言ったけど、やっぱりあの装置を使うのが怖くなってきたや。なあ、フーカ。お前、あの装置を俺の勇気が出るまで預かってくれないか?」
「うん、いいよ。っていうか、心変わりが早すぎない⁉飽きやすいって言っても、もうちょっともつかなー、なんて思ってたよ⁉」
「まあ、いいじゃん。お前も、もし使いたかったら、使ってもいいぜ!!」
そういうと、ペラーは山を下りて行った。山小屋に一人残されたフーカは、異世界転移装置をじっと見つめた。いまだに、異世界転移装置は蒸気をあげながらガタガタと揺れている。
「この世界か、異世界か。どっちに私は行きたいんだろう……」
フーカが今まで旅をして感じたのは、このような都市を作ることができるような国は、ほとんど存在していない、ということだった。フーカにとっては、この場所に行くのが旅の目的だったし、それはこの町に住んでいる今も変わらない。
けれど、フーカはこの町がとても愛おしかった。向こうの世界からこちらに帰ってくることができるかなんて、わからないのだ。ならば、この機械は、異世界への片道切符になるかもしれない。
「……また、考えておこう」
そう呟くと、フーカは山を駆け降りた。
「おかえりー‼︎もうご飯はできてるよ‼︎」
「ありがとうシューナさん。でも、私、これから少しすることがあるの」
フーカは宿屋に戻ると、椅子の上に座り、机に向かった。
異世界はどんなふうになっているのか。今はまだ、想像のままにしておこうと思った。いつか、覚悟ができたなら見に行こう、と。
それまでは、事実は白紙のままで。
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