夢鏡と憐憫少女 多重人格の少女の悪夢

詩歩子

第1話 蜃気楼の玩具、それは生人形


 その鏡の底には無色透明の僕らという存在は映っていない。


 絶え間ない時の流れのように僕らは鏡に映りがたいがために贋作に耽り、蜃気楼の玩具を作り、致し方のない歓楽を味わう。




 これが正しいことなのか、一切誰にも教えてもらえないのだ。


 灰色の鏡は僕らを呼んでいるかのようだった。


 鏡は濁った砂色にも思えて、その奥底はきっと万年時計の針の先のようなんだと思う。


 僕と君、という肉塊がたがいに抱き合えば、仮初めとしての、僕らは互いの性を交換できるのにこの期に及んで僕は何もできない。


 言葉の切れ端もチグハグになった僕は元来の性が何であったのか、全く見当もつかなくなる。


 それはなぜだろうね。




 鏡には僕は映っていないよ。


 誰も映っていない。


 もちろん、君も映っていない。


 あるのは心が空っぽになって泣き叫ぶ、哀れな女の姿だけだ。


 映るためには仮面をつけた悪魔によって吐かれた空気を頬に触れさせ、角張った黒い時間を過さなければいけない。



 僕が僕であったのか、君が君であったのか、彼が彼であったのか、彼女が彼女であったのか、そんなことは誰にもわかりやしない。


 僕らの心を刺激する、パッションは僕らを虚ろ舟にのせて運命という川を漕ぐのに、まだ君は僕を拒絶している。



 君が僕の中に閉じこめられたから、僕らは一つになれたんだよ。


 君は僕の中で眠り続けるしか、君は存在しない。僕は君の身体を乗っ取ったんだよ。



 ほら、君の身体がこそばゆいだろう。君は僕の中で永遠に眠り続ける。


 僕が君の身体を支配する。


 君の存在を穢すために僕の中で眠ってごらん。



 ここは温かなところだから。


 


 僕は君になれたけれど、鏡の表面には僕は映っていなかったんだよ。


 所詮、僕は君が編み出した想像上の住人で、この世には存在しないのだから、僕は実体がないんだ。


 透き通った風だけが僕を形作っている。


 鏡を幾度見ても僕の睫毛や赤い唇、白い手は映っていないね。


 僕は君の心の中でしか見えてこないのだよ。




 僕は他者からは見えない。


 ペルソナ、イマジナリーフレンド、アニムス、ドッペルゲンガー、交代人格としての哀れな犠牲者。


 どんな名前を精神科医が僕を呼ぼうと僕には知ったことじゃない。




 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る