第3話 香油のマッサージ

SE:扉を叩く音

(声・近・中央・ココから)

お待たせしました


傷に良い香油をお持ちしました


不思議な香りがしますでしょう?


せっかくので、顔を寄せて嗅いでみて頂けますか?


ふふっ、慣れない匂いかもしれませんが


傷にはよく効くのですよ


それだけではありません


お茶と同じで、心を落ち着かせ


活力を湧かせる力もあります


ええ、わたくしが自分で調合しました


この森には薬草となる植物が豊富に生えておりますから


町に売り物として出してもいる確かなものです


「いい匂い」?


良かったです


そう感じて頂けるならほっと致します


ええ、最初に申し上げましたとおり


わたくしは回復魔法には少々腕に覚えがあります


ですが、魔術はただ傷を治すだけ……


自然の力と合わせることで


人の体の中にある治癒能力が活性化され


相乗効果が生まれるのです


ふふふっ、だまされたと思って


ぜひ、お試しください

(声・近・中央・ココまで)


(ささやき声・極近・左・ココから)

さあ、傷を診ますので、服を脱いで頂けますか


ご遠慮なさらずに……


わたくしが、殿方の裸に顔を赤らめるような


年端のゆかない娘に見えますか?

(ささやき声・極近・左・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

うふふふふ


いじわるを申し上げてしまいましたね


もしまだお身体がお辛いようでしたら


わたくしが脱がせて差し上げましょうか


……自分でできますか?


これは差し出がましいことを申し上げました


SE:衣服を脱ぐ音

お召し物、お預かりしますね


わたくしも香油が服についてしまわないよう


上着だけ脱がせていただきます

(声・近・中央・ココまで)


SE:衣服を脱ぐ音

(ささやき声・極近・左・ココから)

あら、そんな盗み見るようにしなくとも


もっとよく見て頂いてかまいませんよ?


ふふふふっ


緊張されているのですか?


ご安心ください


取って食いはしませんから


どうぞ、お気を楽にされてください

(ささやき声・極近・左・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

さあ、そのままうつ伏せに寝ていただけますか?


あぁ……こうして改めて見ると


たくましい背中……


こほん、いえ、なんでもありません


それでは失礼いたします

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

少しひんやりしますよ


傷口以外にも身体全体に塗りこめることで


効果が上がるんです


では、まずは首筋のあたりから


回復魔法を用いながら


てのひらで塗りこんでゆきますね


ヒール……


SE:魔法の発動する音

すりすり……すりすり……

(声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

あっ、冷たかったですか?


少しお身体がビクンとしましたね


ふふふっ


「少し驚いただけ」ですか?


わかりました


では続けていきますね

(声・近・中央・ココまで)


(声・極近・右・ココから)

今度は肩と背中も……


ヒール……


SE:魔法の発動する音

傷口に染みるかもしれませんが


がまんしてくださいね?


すりすり……すりすり……すりすり……


気持ちいいですか?


良かったです


香油の感触を気に入って頂けて……


それだけじゃない?


わたくしの指が?


細くてキレイな指だ、と……


まあ……!


お褒めいただきありがとうございます


ではこういうのはいかがでしょう?


背中を指の先でたどって……


つぅ~


うふふふふ、くすぐったいですか?


身をよじられる姿が可愛らしい


ふふっ、これは失礼


からかう気など毛頭ありませんが


なにぶん、ひねくれ者なものですから……


褒められるとついイタズラ心が湧いてしまうのです


つぅ~


ふふふふふっ


照れ隠しだとでも思ってください

(声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

さて、これで肩と背中も終わりです


お疲れさまでした


そうだ


せっかくですので


このままお耳のマッサージもいたしましょう


言いましたでしょう?


遠慮なさらないで、と


もしかしたら傷の治療とは関係ないと思われるかもしれませんが……


耳には多くの神経が集まっています


香油でマッサージすることによって


疲労回復や睡眠の改善……


なにより心身の癒しの効果があります


直接患部に触れる以外にも


治療法というものは存在するのですよ


心の傷もそれと同じです


傷を負った出来事に無理に向き合い


傷を癒やそうとやっきになるよりも


遠くからそっと触れ


時間をかけてゆっくりと心を通わせることが


一番の治療法となることもあるのです


わたくしもそうして……


……いえ、これは、喋りすぎてしまいましたね


ご納得いただけましたか?


では右耳から失礼いたします


頭をわたくしに預けてください

(声・近・中央・ココまで)


SE:頭を膝にあずける、ごとりという音

(ささやき声・極近・右・ココから)

ええ、そうです


遠慮なさらないで……


わたくしの吐息が近くに感じられますか?


わたくしもこうしてあなた様の瞳をすぐ間近で見ていると……


ふふふっ、いけませんね


人にリラックスしろと申しておきながら


不覚にも、少々心臓が高鳴るような気がいたします

(ささやき声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

ふぅ、少し気を落ち着かせます


ほんのしばし、お待ちいただけますか?


「安心した」ですか?


なぜでしょう?


「ドキドキしているのが自分だけでないと分かって」ですか?


まあ……


そんなことを言われたら


また照れ隠しをしたくなってしまいますわ


ふふふふっ


ですが、旅人様のお言葉のおかげで


気のたかぶりも落ち着きました

(声・近・中央・ココまで)


(ささやき声・極近・右・ココから)

今度こそ、お耳にも回復魔法と香油のマッサージを……


ヒール……

SE:魔法の発動する音


ふみふみ……ふみふみ……ふみふみ……


いかがですか?


お耳のマッサージは?


全身の力が抜けていくような気がしませんか?


「初めて味わう感覚」ですか?


そうですね……


あまりふだん、人に触れられる箇所ではありませんからね


けれど、心地良いと感じて頂けてなによりです

(ささやき声・極近・右・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

では、左のお耳も失礼いたします


そのまま、ごろんと顔を反対側に向けて頂けますか?


ええ、そうです

(声・近・中央・ココまで)


(ささやき声・極近・左・ココから)

では左側のお耳にも……


ヒール……


ふみふみ……ふみふみ……ふみふみ……


うふふふふ、不思議なものですね


こうして頭をお預かりして


あなた様のお顔に触れていると


愛しいような想いが湧きあがってくる気がいたします……


まるでずっと以前から親しくしていたかのような


そんな錯覚を抱いてしまいます


旅人様も、ですか?


まあ、嬉しい

(ささやき声・極近・左・ココまで)


(声・近・中央・ココから)

いかがですか?


傷の痛みもだいぶ楽になった気がしますか?


それは何よりです


いえ、お礼だなんて……


お金など頂くわけにはまいりません


どうか、気になさらないでください


優しい……ですか? 


わたくしが?


「慈悲深く、思いやりがあって……」


そ、そのようなこと……


わたくしはただ……


いえ、謙遜ではありません


「まるで聖女のよう」?


おやめください……!


わたくしは、聖女などと呼ばれるのに


ふさわしい女ではありません


あっ……


ごめんなさい


急に変な声を出して……


いえ、あなた様が謝られるようなことは何もありません


こちらこそ、取り乱して申し訳ありませんでした


ええ、少し気が落ち着いたらちゃんと話します


ですので、今はどうか……


その……マッサージはこれで終了です


失礼、いたします


(エレアス、自分の上着を手に持って、素早く部屋を出ていく)

SE:早足で歩く音

SE:ドアを閉める音

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