15 その感覚、魔力感知につき――

 

 レイラを先頭にして歩いていた地下水路を、今度は魔力感知のできるダッカを先頭にして歩く一行。

 先頭をダッカ、最後尾をガランドが行く形となって最も安全な場所を歩くレイラはこれ幸いとばかりに魔力感知の練習に勤しんでいた。


『魔力感知で一番重要なのは自分の魔力を薄く広げつつ、それでいて広げた先の魔力と自分を繋いでおくことだ』


 他の細々とした説明も頭で復唱しつつ、レイラは身体を巡る魔力に意識を向ける。

 そして自分を中心にして、糸のように薄く細く引き伸ばした魔力を円状にして周囲へ広げていく。

 最初は蚕が吐き出すようにゆっくりと魔力を紡ぎ出し、途切れないように注意しながら体の周囲に魔力を漂わせる。

 歩きながらでも漂わせた魔力が途切れないのを確かめたレイラは繋がっている魔力を今度は大きく広げていく。




 広げた魔力が前後にいる二人に触れた直後、レイラの脳裏に弾かれたような感触が煌めく。




 レイラは自身の脳裏にあった反応を感じ取りながら、なるほどと小さく頷いた。

 この方法が魔力"探知"ではなく魔力"感知"と呼ばれ、また使えるのと使いこなせるのとは違うとダッカが言った理由も理解できた。

 なぜなら返ってきた反応は酷く曖昧で、反応があった場所との距離など分かるはずもなく、弾かれたと言う感触とその反応があった大まかな方向しか分からない。

 多少の強弱はあるようだが、それだけだ。

 このままでは真っ当な使い道などないだろう。故にレイラは顎に手を当て考える。


 周囲に魔力を漂わせながら歩くことしばし。


 チラチラと様子を見るように振り返ってきているダッカを視界に収めつつ、考え込んでいたレイラはふと気付く。

 丁度ダッカとガランドの二人に触れるほどの範囲に魔力の糸を広げていたせいか、脳裏には常に二つの反応が煌めいている。

 試しに二人を内に居れる形で魔力の糸を広げれば反応は消え、一気に狭めると一瞬だけ反応してそれ以降は何の反応も感じない。

 何度か魔力の糸の収縮を繰り返してから、レイラはなるほどと一人頷いた。


「できたわ」

「ん? んッ?! 出来たって魔力感知が? 早くないか?」

「えぇ、そうよ。証拠、じゃないけど、二つ目の通路を右に曲がった先に反応が三つあるわ」

「……確かにあるな」


 ダッカが小さく呟き、一行は確認するようにレイラが示した通路を覗き込むと三匹の大鼠が何をするでもなくそこに居た。

 そしてレイラ達の姿を認めると、三人が目指していた方向へ一目散に逃げだしていく。

 逃げた先で通路を曲がった大鼠たち姿が見えなくなってから再びレイラが魔力感知を使って居場所を探ると、大鼠たちは曲がった先の通路でひと塊になって足を止めていた。

 やはりと、どこかに誘い込もうとしているようにしか見えない大鼠の行動にレイラが訝しんでいると、視界の隅に大きく肩を落としたダッカの姿が目に入る。


「どうしたの?」

「……俺が魔力感知で距離を掴めるようになるのに数ヶ月も掛かったんだよ。それを目の前で教えてすぐ身に着けられると、な」

「それは悪いことをした、のかしら?」


 レイラが僅かに憐憫の視線を送ると更に肩を落とすダッカ。

 対応を誤ったかとレイラが考えたのも束の間、盛大な破裂音がダッカの背より鳴り響く。


「ハハハ、才能の多寡を気にしてっと気が滅入るだけだぜ。それよか将来有望そうな若人が出てきたって思う方が建設的だぞ」

「……その将来有望な娘と今度は食い扶持を食い合うことになるんですがね?」


 手加減もなく背を叩かれたダッカが恨めしげな視線をガランドに送るものの、気持ちが良いぐらい豪快に笑い声を上げるガランドは気にした素振りを一切見せなかった。

 気にしても仕方がないと割り切ったのか、大きなため息とともに表情を切り替えたダッカはレイラに向き直る。


「正直、長年斥候スカウトをやってきた身としては色々と思うところはあるが、今はその話はよそう。それより、実際に大鼠たちの反応を感じてどう思った?」

「そうねぇ。使えるに越したことはないんでしょうけど、正直頼りになるかって聞かれると微妙なところね」

「ほう? どうしてそう思った?」


 さっきまでとは打って変わって真剣な表情をするダッカに習い、レイラも表情を真剣なものにして自身の考えを口にした。


 魔力感知を使えば視界外にいる存在を察知することは容易だ。

 だが脳内に煌めく反応はひどく曖昧で、もし二、三十を超える反応を同時に感じ取ろうものなら、それぞれの反応が干渉し合って正確に読み取れなくなるだろう。

 故に街中など魔力を有した存在が多数いる場所ではほとんど使い物にならなくなるはず。

 なにより魔力感知が魔力操作の訓練で誰でもできるようになるのならば、当然対策はされていると考えるべきであり、対人対蛮族戦では効果を発揮しない可能性もある。

 それらの考えを臆面もなく語ると、ダッカは大きく頷いた。


「初めて使ってそれだけ分かれば十二分だな。あと熟達した魔法使いや魔術師、斥候なんかは魔力感知で流れてきた魔力を逆に辿って相手を見つけ出すこともできる。だから魔力感知はあくまで探索や追跡の一手段だと思って頼り切ることがないように他の技術も身につけるのをおすすめする」

「わかったわ。色々教えてくれてありがとうございます」

「なに、これぐらいのことだったらお安い御用さ。それにさっきはああ言ったが、若い奴に助言するのも先達の役目だからな、気にするな」


 ペコリと頭を下げるレイラにダッカは真剣な表情をふっと緩め、子供の成長を見守るような温かみのある笑みを浮かべながらレイラの頭を優しく撫でつける。

 レイラがなされるがまま頭を撫でられていると、ニヤニヤとした笑みを再び浮かべたガランドがダッカの肩へ腕を回す。


「おうおう、ウチの斥候様はいつから生命礼賛主義者ロリコンになったんだァ? えェ?」

「誰が生命礼賛主義者だ、誰が!!」

「誰がってェ、んなの目の前にいる斥候様よォ」


 ダッカはギロリと睨みつけるが、ガランドはどこ吹く風である。

 またかと二人を眺めていたレイラはふと視線を感じて振り返る。

 そこにはさっき逃げ出したはずの大鼠が通路の先から顔を覗かせ、こちらの様子を見ているように見えた。

 ネズミ相手に様子を伺われるとは世も末だと苦笑いを浮かべ、未だにじゃれ合っている二人に再度向き直る。


「お二人とも、じゃれ合うのはそれぐらいにして先に進まない? 相手さん、随分と待ちくたびれてるみたいよ?」


 レイラが頭を出してこちらを見ている大鼠を指差すと、子供に指摘されたのが恥ずかしかったのか、気まずげにじゃれ合いを辞めて咳払いをこぼす大人二人。

 緊張感の長続きしない大人たちだと自分の事を棚上げしたレイラが止めっていた歩を再び進めると、二人もようやく動き出した。


 三度目になる歩みを再開させた一行。


 逃げては止まり、逃げては止まりを繰り返す大鼠の後を追うように目的地である大広間に進んでいると、レイラの魔力感知に新たな反応があった。

 ダッカも同じくして気づいたらしく、やや険しい表情を浮かべていた。


「この反応の感じ、他の冒険者かしら?」

「あぁ、それも一組二組じゃ済まなそうだ。しかも全部同じ方向に向かってるな……」


 二人が怪訝な表情を浮かべるのに遅れて、水路を流れる水の音に混じって騒々しい足音と罵詈雑言の残滓が三人の元に届く。

 随分と穏やかではなさそうな気配に三人は言葉を交わすでもなく頷き合い、音の出処に向かって走り出す。

 先行するように前方にいた大鼠を武器も使わず容易く蹴散らし、狭い通路を駆け抜けていくと、前方の路地を見知らぬ冒険者一党が逃げる大鼠を追って走っていく姿が目に入る。


「こりゃァ、本格的に何かあるかもしれねェなァ」


 奇しくも彼らが向かう先は、レイラたちが目指していた大広間に繋がっていた。

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