16 その者、異常者につき――


 レイラが事も無げに告げると、荷台に乗っていた四人の大人たちはポカンとした表情を浮かべた後、揃って慌てたように立ち上がるのだった。


「お、お前は何を言ってるんだッ!?」

「そうよ!! だいたいどうやったのかは知らないけど、後から来たのは貴女なんだから貴女が獣車から降りなさいよ!!」

「あら、村長夫人もおかしな事を言うのね。この血の痕を見る限り、この獣車の持ち主であるアーグさんを引き摺り下ろして逃げてきたのでしょう? だったら貴方達をこの獣車から引き摺り下ろした所で誰に咎められるというの?」

「そ、それは……」


 さも不思議そうにレイラが首を傾げると、村長夫人は言い淀む。

 だが自分達の命が掛かっている状況でレイラの発言は看過できなかったのか、村長が何とか捻り出した言い返す言葉とともに詰め寄ろうとしたときだった。


「ちょっと失礼」


 そう言うや否や、レイラは振り向きざまに手斧を振るい迫っていた矢を切り払い、返す刀でもう一本の矢も叩き落とす。

 一連の動作は淀みなく、瞬く間に矢を防ぎ切ったレイラが何事もなく村長たちを振り返ると、唖然とした表情を浮かべた面々の顔が並んでいた。


「で、何か言いたい事でもあったのかしら?ないなら―――」

「ま、待ってくれ!!丸猪牛が牽いてるんだぞ!! これ以上速く走れないのに軽量化を図る必要はないだろう?!」

「…なるほど。確かに貴方の言う通りかもしれないわ」


 村長の息子――名前は確かカリウスだったはず――の言葉に一つ頷くレイラ。


 丸猪牛は馬ほど速く走れない。

 だが速度の代わりに持久力と重量物も物ともしないその脚力は凄まじく、伐採した材木を山盛りにした荷車を難なく牽ける程である。

 一度暴走してしまうと魔力が尽きるまで走り続けると言う厄介な性質を除けば、伐採した材木で生計立てている開拓村では貴重な労働力として何かと重宝されている丸猪牛。


 カリウスの言う通り、既に暴走状態の丸猪牛の脚力を持ってしても遊鬼の騎獣兵に追いつかれつつある現状、数人の大人分の重量が減ったところで走れる速さはそう変わるとも思えず、追い付かれる未来に変化はないかもしれない。

 それをわかった上で、レイラは乗員達を再び見渡した。


「―――でも、荷車の重量が減れば丸猪牛の走れる距離が少しでも伸びるかもしれないでしょう? あの遊鬼ゴブリン達を何とかできればその後は体力を温存できるし、仮に丸猪牛が潰れても少しでも長く走ってくれれば、その分目的地までの道のりを楽できるとは思わない?」


 ニコリと純真そうな笑みを浮かべるレイラに乗っている誰もが言葉を失い、またレイラが冗談を一片も交えずに本気で言っているのだと理解した。


 理解したからこそ、顔を青くさせる面々。


 これが武器を持たないただの大人なら、説得を試みることもあっただろう。

 あるいは武器をただ持っているだけで上手く扱えず、魔法も使えないか弱い少女なら一笑に伏し、逆に獣車から叩き落としていただろう。




 だがレイラは違う。




 手斧という武器を持ち、あまつさえ飛来した矢を苦もなく切り払えるだけの技量を持っていた。

 ただ村の差配に従事し、荒事とは無縁だった村長一家にとって、魔法を使えるというアドバンテージなど無いに等しい。

 最初の一人二人が犠牲になれば、残った人間でレイラを排除することは可能かもしれない。

 だが真っ先に切り捨てられるだろう一番手を買って出るほど殊勝な、一種の自己犠牲の精神を持ち合わせている者など一人も居なかった。

 そのせいか誰一人として動けずにいるなか、レイラはニンマリとした笑みを浮かべて小首を傾げた。


「それで、誰が一番最初に軽量化に協力してくれるのかしら?」


 手斧をわざとらしくチラつかせながら一歩踏み出せば、御者台から後ろをチラチラと見ていた小間使いの男が声を張り上げた。


「こ、この中で暴走した丸猪牛の手綱を引けるのは私だけだ!!だから獣車から落とすなら私以外の連中にしてくれ!!!」

「なッ!?貴様、いままで世話をしてきた恩を――――」

「――――あら、そうなの? なら荷台に残ってる人たちに協力してもらうしかなさそうね」


 あっさりと頷き、標的を定めるように荷台の面々にレイラが鋭いまなざしを向けると、顔を青褪めさせた村長が荷台を見渡し、荷台の隅で息を殺して縮こまっていた女を見つけて眉を吊り上げながら指さした。


「お、お前が荷台から降りろ!!」

「な、なんで私が……」

「口減らしの代わりに愛人として能無しのお前を金を払って引き取ってやったんだから、その恩をここで返せッ!! そもそも能無しの分際で一緒に獣車に乗り込むなんて図々しいにもほどがある!!」

「で、でも、私まだ一昨日おととい来たばっかりで恩も何も……」

「うるさいッ! 黙れ!!」


 激しく捲し立てる村長に女は弱弱しく反論しようとするが、唾を吐き掛ける勢いの怒声にその声はかき消されてしまう。

 自分の言葉を聞く気がないと即座に判断した女は助けを求めるように周囲を見渡すが、村長一家の女を見る目は村長の意見に賛同する色をたたえていた。

 自身に向けられた視線の意味を悟った瞬間、女は顔面を蒼白にして現実を否定するように必死に首を振る。


「い、いや! まだ死にたくない!!」


 村長やレイラから逃げるように女は後ずさろうとしたが、荷台は広くない上に元から隅に身を寄せていた女に後ずされる場所などなかった。

 女の僅かな反抗的な態度が気に喰わなかったのか、女が一向に飛び下りる素振りも見せないことに業を煮やした村長が青筋を浮かべ、女を突き飛ばそうと手を伸ばし――――







「うるさい!! お前は黙って飛び下りればいいん――――え?」






 ――――右腕の肘から先がなくなっていることに気が付いた。

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