15 その者、村長一家につき――
森の中に入ったレイラは木々によって追ってきている
前へ前へと飛び移り続けるレイラの動きに躊躇いはなく、地上を走るのと大差のない速度で木の上を駆け抜けていくレイラは五〇〇メートルほど進んでようやくその足を止めた。
「これぐらい進めば充分でしょう。流石に少し休憩も挟みたいものね」
太い枝の上で幹に背を預け、ダルトンが持たせた食料の入った袋の中から水の入った革袋を取り出し、少量の水を口に含んで渇きを癒やす。
大きく息を吐き出しながら全身に漲らせていた魔力を解くと、どっと疲労感が押し寄せてくる。
ただ身体的な疲労と言うよりは、気疲れのような精神的な疲労のように感じるもの。
それに合わせて、体感的に魔力が大分減っているのも分かる。
「魔力を消耗するのってこういう感覚なのね」
体感的に減った魔力量は半分強といったところだろうか。
少量の魔力を指先に流してみるが、万全の状態に比べて指先に満ちた魔力量はレイラの意思に反して明らかに減っていた。
不思議なことに総量が減ったことで、自在に扱える魔力の量も減っていることにレイラは首を傾げる。
「使える魔力は絶対値ではなく、総量に対する相対値なのかしら? それにこれは意思に関係なく、魔力を使い果たさないようにするための潜在的な生存本能なのかしら? しかし自分の意思でどうにかできないとなると、バルセットまではまだまだ距離もあるし、扱える魔力量が少ないのは困るわね……」
そう考えながらレイラが意識を深層へと沈め、いつもの瞑想と同じような感覚で魂から魔力を引き出そうとした時だった――――
「ッ?! なるほど。魔力が減ってる状態で無理に引き出そうとすると、こう言うことになるってことね……」
――――針で突き刺したような鋭い痛みが全身に迸り、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさに溜まらず意識を浮上させるレイラ。
額には大粒の汗が浮かび、指先は小刻みに震えていた。
だが幸いにして魔力は微力ながら回復しているように感じられ、痛みを味わった分の収穫はあったと額の汗を拭う。
「一気に引き出そうとするとさっきみたいに反動が大きくなりそうだし、少しずつ時間を掛ければ平気かしら? どの道、魔力を回復させないといけないのだし、やってみる価値はあるかしら……」
レイラはそう呟きながら再度意思を深層に沈めるが、今度は糸を寄るように少しずつ引き出すことを意識する。
やはり魔力を引き出そうとすれば、先のような苦痛が押し寄せてはくるものの、その大きさ自体は耐えられる程度の物だった。
この調子なら引き出せると判断したレイラは減った分の魔力を少しでも回復できるように、時間をかけて少量の魔力を無理のない範囲で意識の奥底から引き摺り出し、少し長めの休憩を挟むことにした。
そうしてかなりの時間を回復に費やしたレイラだったが、追ってきていた遊鬼達の声が聞こえて来ることはなかった。
レイラの子供騙しな工作が殊の外上手くいったのだと言う確信を得た。
トリックは簡単な物。
森に入ってから少しの間、態と見つかりやすい場所に足跡を残し、それを途中から途切れさせるようにして木の上に登り、足跡が向かっていた方向とは違う方角に向かって木の枝を移動し続けたのだ。
「今の時間は凡そ十五時前後。太陽の位置から南はあっちで、街道はここから西の位置にあるから、南西方向に進めばいずれは街道に出るでしょう」
僅かに乱れていた呼吸を整えながら空を見上げ、太陽の位置を確認しながら以前行商人の一人が見せてくれた手書きの地図を思い浮かべる。
それと意識を奪い取る前のレイラが一度だけ通った事のある街道を思い出し、凡その現在地を脳裏に叩き込む。
進むべき方向に当たりを付け、立ち上がったレイラの耳に狼らしき動物の遠吠えが届く。
遅れて微かに笛らしき音も聞き取れた。
「音の方向は北西方向、遠吠えの反響具合いから見て一キロ前後って所かしら?その距離だと街道の方でなにかあったのね」
自分を追っていた遊鬼達による物ではないと知ると、レイラは身を預けていた幹を更に登り、天辺付近の葉の間から顔を覗かせる。
目を凝らし、よくよく見ていると木々の隙間から僅かに見えていた街道を一台の獣車が駆け抜けていく姿が映り込む。
更に少し遅れて数頭の狼に騎乗した騎獣兵の姿が見えた。
見えた騎獣兵の数は三騎。
他に追っている遊鬼が居ないのを確かめたレイラは木から飛び降り、着地と同時に周囲に自分以外の気配が無いのを確認してから顎に手を当て考える。
唇を数度指で叩きながら考える素振りを見せた後、レイラは徐に走り出した。
真っ直ぐ南西を目指して進めば、鬱蒼とした木々の乱立する森を避けるように蛇行する街道を征く獣車を先回りできるだろう。
幾つか手ごろな石を拾いながら暫く走り、街道が見えてくると再び木の上に登って耳を澄ます。
北側―――開拓村の方角から響く車輪が転がる豪快な音を聞きながら息を殺し、木の影に身を潜めさせる。
そうして待つ事しばし、聞こえる音が大きくなるに連れて見えてきた獣車を見て首を傾げた。
「獣車を引いてるのはアーグさんの所の
全体的に丸いフォルムをし、どこか気の抜ける顔をした丸猪牛が猛然と獣車を牽く中、必死に手綱を握る男の顔には見覚えがあった。
会話こそしたことはないが、なにかとダルトンの事を目の敵にして絡んできていた村長の後ろに控えている姿を何度か見たことがあった。
荷台にも何人かの人影が見えるが、誰が乗っているかまではレイラの居る場所からは見ることができなかった。
「まぁ、直ぐに分かることでしょうし、今は気にしても仕方ないわ」
一先ず疑問に蓋をし、足に魔力を満たしながらタイミングを図る。
そして獣車が最も近くなった瞬間に足場の枝を圧し折る勢いで飛び出し、木々の隙間を抜けて勢いよく獣車の荷台に着地する。
「あら、誰が乗ってるのかと思えば村長とそのご家族が乗ってたのね」
大きく揺れる荷台の上でバランスを取りながら見渡すと、丸猪牛の飼い主の姿は見当たらず、代わりに村長一家と見知らぬ女性一人が乗っていた。
更に乗員から獣車に目を向けると、御者台から荷台後部へと何かを引きずったような血の跡、縁にしがみつくように残された手型の血痕、そして幾本もの矢が荷台に刺さっているのが分かる。
ざっと見ておおよその状況を把握したレイラは荷台にしがみつき、驚愕で目を見開いている面々に対してスカートの端を掴み、淑女然とした慇懃な態度で頭を下げる。
「一昨日ぶりですね村長。その無駄にふくよかなお腹回りと、まったく似合っていない華美な装飾品たちが今日も素敵ですよ」
「お、お前―――ッ?!」
何かを言い募ろうとした村長の足元に一本の矢が突き刺さる。
着地の揺れに顔を青くし、レイラの侮蔑混じりの挨拶に顔を赤くし、馬車を追う騎獣兵の放った矢が荷台に刺さったのを見て再び顔を青くしたりと忙しそうな村長を尻目に後方を見る。
今まで見てきた狼よりも一回り大きい狼に乗った、やたらと派手な飾りを着けた遊鬼を先頭に、三騎の騎乗した遊鬼達がそれぞれ手にした短弓を番えながら迫ってきていた。
走る速度は向こうの方が速いらしく、ジリジリと距離を詰められつつある。
手が届く距離まで追い付かれるのも時間の問題だろう。
散発的に矢が降り注ぐ中、レイラは村長一家を見回し――――
「このままだと追いつかれそうなのだけど、誰かこの獣車の軽量化に協力してくれないかしら?」
――――腰に下げていた斧を手に取り、満面の笑みを浮かべて告げるのだった。
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