第8話 神社

 お昼ご飯を食べてお腹いっぱいになった俺と由奈。


「こっちが神社なんですね」


「うん、ここを登れば神社って表示されてるから……」


 俺はスマホを片手に道案内をした。モールから10分の距離に神社がある。正月ともなると人が混み合うのだろうが、今は閑散としていて、行きかう人もまばらだ。


「大丈夫……でしょうか?」


 由奈はさっきから俺の手をぎゅっと握ったまま、言葉も少なかった。


「大丈夫だよ。別に除霊してもらうわけでもないし……ね」


 俺がニッコリと笑うと由奈も微笑むが、その表情は固い。なんかお母さんに怒られている子供のようだな。


「急だよな、この坂道さ」


「本当ですね。こんな高台にあるんですね」


 普段、運動らしい運動をしていない俺にはこの程度の上り坂もきつい。隣の由奈は平気そうだが、俺と歩幅を合わせてくれているようだった。


「やった、頂上だよ!!」


 俺は今まで登ってきた道を振り返る。


「景色いいよなあ」


「本当ですね」


 それほど高いわけでもないが、ここら辺は平地が多いため、ここから武蔵山市が一望できる。東京都と言ってもここから都心まで2時間もかかる田舎だ。駅周辺を除けば住宅街ばかりだった。


「涼しくて、いい気持ち」


 風にそよぐ青色のワンピースが色っぽい。つい胸に視線が行ってしまう。


「見たい?」


 由奈が悪戯っぽい表情で俺を見る。しまった気づかれた。


「いえ、大丈夫です」


「本当にぃ?」


 見たいと言えば本当に見せてくれそうだが、それはクズの所業だ。


「馬鹿を言うな、ほら、行くぞ」


 俺が手を差し出すと、由奈はその手を握った。


「なんか雰囲気のいいところですね」


 境内に入り鳥居を潜ると祭壇があった。今日は人が少ないから巫女さんが絵馬を売っていたりなどしない。


「どこから入れるのかな?」


 俺が困っていると由奈が指差した。


「ここから拝殿に入れそうですよ」


「ほんとだ。ごめんください」


 神主を探して拝殿を少し歩く。


「おやおや、今日はどうされましたかな?」


 拝殿の奥に年配の神主が座っていた。


「本日は、完全予約制になっておりまして、祈祷なんかは行ってないのですな」


「すみません」


 俺は由奈と神主の目の前に座った。


「祈祷ではなくて、聞きたいことがありまして……」


「ほお、聞きたいことですかな」


「はい、実は……」


「お隣の女性のことですかな?」


「えっ? わかるんですか」


「わたしは目があまり見えません。だから、あなたの顔も分からない。ただ、隣の女性ならハッキリとわかります」


「実は、……彼女は幽霊なんです」


「ほほお、幽霊ですか……、それは変わったお客さんだ」


 神主のお爺さんはほほほほっと、笑った。


「はじめまして由奈と言います。実はわたし、幽霊と言うことと名前以外あまり覚えてなくて……」


「そうですか……」


 神主の老人は由奈の方をじっと見た。殆ど目が見えないと言ったが、何故か由奈のことは分かるらしい。


「不思議な幽霊ですね」


「不思議とはどう言うことですか?」


「確かに目の前の由奈さんからは、強い霊力を感じます……ただ、普通の幽霊とは思えない」


「それは、どう言うことですか」


「うむ、本来幽霊は霊魂がこの世にとどまることを意味します。幽霊がこの世に留まるのには、強い意志が必要です。それが目の前の由奈さんからは感じられないのです」


「意志というのはつまりは……、恨みとかですか?」


「ですな、もちろん憎悪だけじゃなくて愛情、悲しみなんかも当たりますが……」


「危険という意味ではどうでしょうか……、実は先輩に由奈とあまり一緒にいるのは好ましくはないと言われました」


「うーん、普通の霊であれば、あまり長く一緒にいることはいい結果にならない場合が多いです。由奈さんはどうなんでしょうね」


「分からないですか?」


「すみません。長年生きていますが、こんな変わった霊を見るのは初めてなものですから……」


「俺はどうしたらいいと思われますか? やはり除霊した方が……」


「ほっほほほ、どうでしょうね。そもそも除霊できるのかも分かりませんが……。霊と言うのは一般的にはこの世に様々な後悔を遺しているために留まると言われております。この世に未練があるのかないのか、由奈さんの知ってる少しの情報からでも、探してみたらどうでしょうか」


「暫く一緒にいても危険ではないと?」


「どうでしょうね。こればかりは由奈さんが特別な事くらいしか分かりませんからね。ただ……」


 神主はそこで言葉を切って、俺の方に目を向けた。


「やはりそうだ。由奈さんからは呪いのような強い意志は感じられません。そうですな。一月くらいならば別に一緒にいても大丈夫なんじゃないでしょうか」


「一月以上は保証できないと」


「まあ、あまり霊魂と一緒に過ごすのはいい結果にならない場合が多いです。惹かれますからね。特に由奈さんはお綺麗なようだ」


 神主は由奈をじっと見た。いや正確には見えてないのだろうが、心の目で見てるのだろう。


「そう言う強い特徴を持つ霊との関わりは時には不幸になる。特に若い人だとね」


「どう言うことでしょうか」


「好きになっていくと強く惹かれていくものです。それは、良くないことになるかもしれません。生きてる者と違い、その向こうはやはり死の世界に繋がりますからね……」


 やはり由奈と同居するのは良くないことなのだろうか。


「ほほほほっ、まあ暫くは大丈夫だと思いますよ。心配になったらここに訪れてみるといい。今日はいませんが巫女の娘もいますしな」


「娘さんがいらっしゃるのですか?」


「はい、娘の久美子ならば、わたしと違って霊能力が強いですからね」


「久美子さん!?」


 そう言えばここの神社の名前、山川神社じゃなかったっけ?


 隣でそうですか、と言っている由奈は気がついていないが、山川久美子と言えばあの先輩しかないじゃないか。

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