第33話 配信スタイル
今日はS級ダンジョンの配信もあったこともあり、混んでいるかと思ったが、喫茶店はいつも通り空いていた。
S級ダンジョンの近くにここがあることを知らずに、皆駅前のファミレスに行ったのかもしれない。
「酸っぱいね、これ」
アイスコーヒーを何を入れずにそのまま一口含んで微妙な顔をしたアスカさんが、ミルクと大量の砂糖を投入していく。
普段は甘いものを飲んでいることを考えると、今はブラックに挑戦中の時期なのかもしれない。
昔背伸びしたくて、当時苦くて飲めたもんじゃない思ってたブラックを飲んでいたことを思いだす。
あれだけまずいと思ってたのに、今はブラックばかり飲んでいるのが不思議だ。
コーヒーの思い出と喫茶店のレトロな雰囲気からノスタルジックな気分になってくる。
「打ち合わせってことですけど、今の配信のスタイルを変更したいってことですか?」
「そうだね」
いつまでも懐古に耽るわけにもいかないので、アスカさんに本題について尋ねると気のない返事が返ってきた。
否定する時は否定する人なので、的外れというわけではだろう。
時が立っていないということも会って何かしなければいけないと思ってるだけで、まだ考えがまとまっていないのかもしれない。
「今日望月さんのやり方ですごいバズってたから、ああいうやり方もありかなって」
「前も言ったけどあのやり方は一部のリスナーさんに敬遠されるやり方だからあまりおすすめできないな。今日はたまたま状況が、一大イベントで頑張ってもしょうがないという状況で、はまってたから上手く行っただけで普通の配信ではリスナーさんが気後れするし。それに実際俺が配信をしていた時にはそのやり方でうんともすんとも言わなかったから」
「でも今回のことで少なくとも間違いじゃなかったって言えるんじゃない。ただ淳さんは間違ってなくって、運が悪かったってだけって。きっと当時のリスナーは血とかが気になるよりも淳さんのことをかっこいいとか、すごいって思ってたんじゃない」
「数少ない中でもリスナーさんの中でもそうコメントをくれた人も確かに居たけど、たまにくる人は一度チラリと見て去っていたからリスナーさんが満足する配信の仕方とはやっぱり違うと思うよ」
「私は満足してたよ」
手強いな。
あの遮二無二モンスターを倒していく配信スタイルアスカさんと相性が悪し、実入りが悪いというのに。
今日の配信ですっかりあの配信スタイルが気に言ってしまったらしい。
「配信スタイルはアスカさんが満足してるだけじゃだめなんですよ」
「今日ので他の人たちも認めてたでしょ。それに当時のリスナーさんはそれだけの価値があると思って見てたと思うから、張本人の淳さんからそれを否定してほしくないと思うよ」
狡い言葉を使う。
流石に過去に支えてくれた人を蔑ろにするのかと言われれば、もう否定はできない。
大量の動画のなかにただ埋もれていって見るまでもなく無価値だと決めつけられる中で、唯一手を差し伸べてきてくれた人たちだ。
担当配信者ためとはいえ、俺はそこまで薄情にはなれない。
「とりあえず是か非かについてはひとまず置いておいて、配信のスタイルはこのままで行きましょう。今のスタイルで、アスカさんは完成されていますから変更の必要はありませんから」
「確かによくよく考えればあたしにはそういうのは似合わないよね。やっぱり今のままでいいや」
ここから本題に戻り、また一悶着あると思ったが、アスカさんはすんなりと俺の言い分を通した。
相変わらず捉え所がない。
まあ方針での食い違いはない方がいいのだから、これでいいのだが。
ーーー
「ああ、また言いづらくなっちゃったな」
全ての仕事を終えたあと、アスカは伊藤に過去を肯定してもらうためとはいえ、彼のリスナーを盾にしたのはまずかったと後悔していた。
今のタイミングで伊藤のリスナーだったとアスカが告白すれば、信じてもらえたとしても自分の立場を利用してくる厄介な奴だと思われてしまう可能性ができてしまった。
誰でもそうであるが、好意がある人に対してマイナスイメージを持たれたくはなく、彼女も例外なくそうであった。
ただでさえ、伊藤のリスナーは少ない上に担当配信者と言う奇妙な巡り合わせもあり、信じられ難い上に、今は人気が出てきているので、調子に乗って悪質な冗談を言ったと捉えかねられない理由があり、言い出すタイミングが難しいというのに。
リスナーとして伝えたいことを伝えてしまったために、過去にリスナーだったと告白することが遠のく。
言いたいことを言ってしまったために、本当に言いたいことが言えない。
一種のジレンマだ。
悪循環を起こしては目も当てられないので、しばらくは踏み込まずに、待つしかない。
「伝えられるのはいつになるんだろうな」
抱き枕を抱えつつ、そんなことをぼんやりと考えていると、そのままアスカはベッドの上で眠りに落ちた。
ーーー
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