第10話 見守り業務


「あ、スマホ取られたまんまだ」


 事務所に着くとボブにスマホを取られたままだと思い出した。

 安堵したことですっかり忘れていた。

 普通ならばエクスプレイに出向いて返してもらうところなのだが、怒らせた感じであるし、つい先ほどゴタゴタしたばかりなのでそれはしたくない。

 バックアップもとってあるし、俺のスマホも3世代くらい前のものなので、近くの携帯屋さんに行って最新のものを買ってきてもいいかもしれない。


「今日は災難ですね、伊藤さん」


「禍福は糾えるものと言うし、しょうがないよ」


 ここ2日でもう二度と配信させてもらうことはないだろうと思っていた配信をさせてもらえたり、巷で話題であるトップ攻略者である剣道さんともコンタクトも取れたのだ。

 前者においては、ダンプロの地力がついて俺のような素人同然の人間を出しても配信として成り立たせられるだろうと思われるほどの信頼を得ていたこと、後者については攻略最高難度のS級ダンジョン配信という大きな仕事を得たことでダンジョン攻略者にも注目されたことで、今までの仕事が結実しただけであるといえば、そこまでのことだが、俺にとっては大きな幸運だった。

 ちゃんと積み上げてきても、どれだけ思いを込めて行おうとも何も応えず、どんどんと状況だけが悪くなっていくーーそんな状況を呪物の大量死が起こった後の配信で経験しているからこそ、そう思わずにいられない。


 むしろ今回のことで新しい携帯に買い替える契機になってくれたことを考えれば、これもまた禍ではなく幸運だったとも言えるだろう。



 ーーー


「呆れたわね。エクスプレイがそんなことをしてくるなんて。こっちから日本支社の方に抗議はしとくわ。携帯についてはどうする? 多分あっちはこっちを下に見てるから、取りに来るように言って来ると思うけど」


「それなら別に新しいのに買い替えるからいいよ。またエクスプレイに行って、トラブルになるのも避けたいし。社用で使ってる方は無事で特に仕事に支障もないしな」


「不幸中の幸いね。ヒカリさんも報告してもらってありがとうね。もう今日は大丈夫だから」


「いえ、特にそこまで時間を取ったわけでもないし、今日は拘束時間も短かったですから。では」


 ヒカリさんはそう言うと、社長室から立ち去っていく。

 今日の拘束時間が少なかったとは言え、昨日から自分の実力以上のS級ダンジョンに休みなしで入ってるのに、文句の一つも出て来ないのは凄まじい。

 並大抵の配信者ならへばってるだろう。

 トップ配信者で過密スケジュールをこなしていることはあるということか。


「淳、剣道さん側から連絡があって、明日の正午にS級ダンジョン「羅生門」で話し合いをする約束を取り付けたけど大丈夫だった?」


「問題ない。それよりもアスカが配信するA級ダンジョン「悪霊のおもちゃ箱」に大火が下見に行った結果はどんな感じだった?」


「大丈夫だったわよ。今、深層だったからヘトヘトで今デスクで伸びてるけど」


「大丈夫だったか。アスカさんに配信する層を短めにしてもらう必要はなさそうだな」


 一応大火もヒカリさんが入るダンジョンに潜って下見をしているということは知っていたが、噂に違わない腕で安心した。

 大火にはS級ダンジョンの配信があったため、俺が下見に行けないためその代打で行ってもらっていたのだが、いかんせん最後にダンジョンで戦闘する姿を見たのが、A級ダンジョンの上層だったので、アリサからお墨付きがあったとは言え深層に行くのが少し心配だったのだ。


「もうすぐアスカさんの配信が始めるから見守りしてくる。なんかあったらデスクのパソコンの方に送ってくれ」


「了解。頑張って」


 ーーー


『こんばんわ。アスカでーす』


 ・こんアスカス

 ・こんアスカ

 ・今日はついにボスかな


 緩い声と共にアスカさんが配信を始める姿をデスクで見る。

 これは見守り業務というもので、強制ではなく、中には全くしないというマネージャーもいるものだ。

 俺の場合はしてアスカさんが割と自由なタチでギリギリな言動をしたりすることや、何かが起きた時に即応できる人がいるといないとでは、心の張り詰め方や何か起きた時にパニックになる危険性が低くなると信じているのでやっているが、配信者がマネージャーが自分のしでかしたとの後始末をつけてくれるため、やりたい放題やっていいと勘違いしてしまう可能性もできるためあえてやらないという人もいる。

 まあ自由に配信をしてもらわないと配信者の個性を死んでしまうので、圧倒的に前者の方が多いが。


『オーホホホホ!! オーホホホ!!!』


 警戒して画面を見るめていると早速アクシデントが発生した。

 下の階に続く階段を防ぐようにして存在しているモンスターハウスの死骸から聞き慣れた高笑いがし始めたのだ。

 速攻で社用携帯の呼び出し音がなり、声の主の担当マネージャーーーダンジョン配信事務所「ドリームキャンパス」の安藤さんが呼び出し主であることを確認すると電話に出る。


『す、すいません、安藤です。うちのミヤビがいつもご迷惑を掛けまして、もうなんと申し上げたらいいか』


「いえ、こちらも今からご迷惑をかけると思うのでお気になさらず」


 こちらの予想に違わず、アスカさんが動き出した。


『今日は、このクソみてえな旗ごとミヤビちゃんの家を燃やしたいと思いまーす』


 家のてっぺんに立てかけてあるミヤビさんのドヤ顔がアップで印刷された旗を指さすと、そのまま指先から火球を放って火をつけた。


 ・ミヤビ様死す

 ・リアル炎上系ダンジョン配信者ミヤビ様爆誕

 ・クソみてえ旗で草

 ・ミヤビ様どっからそんな旗持って来たんや

 ・迷惑すぎてアスカスブチ切れて草

 ・相変わらず仲良いな


『ぎゃあああ! 誰、火つけたの!? 夢のミヤビハウスが!! 熱!』


 ・欠陥住宅ミヤビハウス

 ・これが噂のあったかハイムですか

 ・バルサン焚かれたゴキブリみたいになってて草


『なんだあれ?』


 ミヤビさんがモンスターハウスから燻りだされると、騒ぎに配信者が1人寄ってきたので、その配信者の所属事務所の担当マネージャーに電話をかけることにする。


「もしもし、すいません。ダンプロの伊藤と申すのですがーー」


 


ーーー


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