29 意外なパーティーメンバー

西の森に入って2人は矢をつがえ、低く構えて進む。魔物の気配はないが、既にゴブリンの目撃例が出ている場所に入っている。

(ミランダ、俺の事、彼に話すべきだ。ふたりきりの今がチャンスだ。)

(ビビッて腰抜かさないかね。)

(それよりも領主の件だ。首都本国からの離反は、冒険者ギルドを全て撤廃することに等しい。反対する冒険者は君の仲間になるはずだ。君に好意的だし、聴く耳は持ってくれると思う。)

(確かにね。)

(それに、俺達の戦い方を見るとは言ったが…実際は魔術師とコンビを組んでる様なものだ。独力ではない。正直に種明かししておくべきだと思う。)

(…アンタがいいなら、いいか。)

ミランダは立ち止まって、しゃがんで振り返ると、彼を手招きしお互い隠れた姿勢のまま対面する。

「どうしたんっすか?」

彼女が武器を下して呼びかけたことに疑問を抱く。周囲に気配はないが、何の用だろうと。

「そういや、お前さんの名前、まだ聴いてなかったと思って。」

彼女が聴くと、心の底から嬉しそうに笑顔を見せた。

「エリックっす!ミランダさんっすよね。」

「あぁ、そうだけど…」

「嬉しいっす!ようやく仲間として見てくれたんっすね!」

「あ~~はいはいそうだねぇ…だから、アンタに私の秘密を教えてやるよ。」

彼はドキっとして顔を少し赤くした。

「えっ…いきなりっすね…男女の秘密って…」

「何勘違いしてんのさ…戦い方が見たいって言ってたろ?」

ミランダが呆れながら言うと、彼は安心した様な残念な様なと、何度か頷いた。2人はくすくすと少し笑い飛ばす。

「なんだ、そっちすか。驚かせないでくださいよ。いいんすか?冒険者の食い扶持みたいなもんっすよ。」

「構いやしないよ。絶対に真似できないからね。驚くんじゃないよ?」

彼女は逃げない様に彼の手首を握り、首元のマントの留め金を取った。肌色か砂色の、革か銅か、はたまたそういう色を塗った鉄の鎧なのか、判断に困る鎧が露わになる。

「えっ…なんすか…なんかその…」

ハラりとマントが落ちる様はまるで衣服を脱ぎ捨てた様に見えてしまう。

(聞こえているかな、エリック君。)

「…?」

どぎまぎしているエリックの頭に、男性の声が響いた。彼は周囲を見渡した。

(違う違う、ミランダの胸だ。)

「…!」

フェクトと目が合った彼は思わず後ろに飛び退こうとするが、ミランダに手を掴まれて尻もちを付いた。

「インフェクテッドアーマー!」

「落ち着け!大丈夫!こいつは喋るよ!」

(ドーモ。鎧のフェクトです。)

恐怖した顔でミランダを見るが、彼女は人差し指を口元に当てた。

「うちの相棒さ。いいかい、他言無用で頼むよ。」


エリックに事情を説明すると、彼は頭を混乱させつつも理解した。


「そうだったんですか…前世が人間で、領主が反乱を…」

ミランダとエリックは座って木に寄りかかりながら肩を合わせて会話する。

(冒険者は露頭に迷うことになる。エリック君みたいに実力のあるヤツなら、他の街でもやっていけるだろうが…。)

「いきなりの方針転換で街を追い出されんのは、実力者であっても理不尽に感じるだろうし、迷惑だろうさ。」

(その移動費の補償もないだろう。それどころか、交渉の人質として使えそうな教会の縁者は捕縛される。君のとこの神官が街を出た理由だろう。)

彼は顔をあげる。

「神官ちゃんも街を出る前に、キナ臭くなってきたと言っていました。俺にはサッパリでしたけど、こういうことだったんですね。」

(首都側もある程度、領主の噂は把握はしているんだろうな。)

「思えば前の合戦以降、何カ月か近くパーティー探ししてて、治癒師が今まで以上に集まらないとは思っていました。腑に落ちる話です。」

(この話を踏まえて、君はどうする?)

「勿論、協力しますよ。ダンジョンは冒険者の稼ぎ。それに、あのダンジョンを踏破するのは、俺っすから。」

自信満々に答えた彼を見て、ミランダとフェクトは目を丸くした。

「…どうしました?」

きょとんとする彼は、まるで自分を疑っていない。だがフェクトにはすぐに理解できた。単純な、男心、冒険心だ。

(いや…ふふ…ははは!そうだよな。冒険者だもんな。夢はでかくなけりゃ詰まらないだろう。よく言ったものさ。)

「ウチらには踏破なんて目標、まるでなかったからねぇ…稼いではすぐに出ていく金、金、金。復興と交渉で手一杯でさ…。」

ミランダとフェクトには、冒険者としての自覚はとうに薄れていた。できることなら、商店街の売り上げを更に流動させて、ダンジョンへ行く回数を減らして、商売で復興の効率を上げたいとすら思っている。

「いや、街一つ復興させるって、とんでもなくスゲーことっすけどね?冒険者なんかいいかえればただの放蕩人。俺なんかじゃまず不可能っすよ。姐さん冒険者間では結構、有名なんすよ?」

「悪名だろ。」

「最近は見直すべきじゃないかって話がギルドマスターや受付で結構されてますって。驚いたのは、依頼を出す側になってることっすねぇ。掲示板に依頼書張り付けた時なんか、みんなざわつきましたよ。」

(スケアリーウルフの依頼のことか?)

「はい。4層の厄介モンスタ―だけあって、みんな敬遠してましたけどね。金になるなら別だから、みんな凄い動揺してましたよ。」

(ニカワの生産量が、家畜じゃどうしても足りないもんだからな。ダンジョンが稼ぎとは、よく言ったものさ。スケアリーウルフはデカいから、数匹の死骸でも毛皮が大量に手に入る。それが無限とあっちゃ、凄い世界だよ。)

「報酬の受け渡しの時は気まずかったけどね。」

彼女にとって冒険者ギルド内は余り居たくない場所だ。褒められても気分はよくない。気に入らないという口ぶりで水を差す。

「防具屋の新しいハードレザーのインナーアーマーだって賢者フェイルと姐さんの合作って聞いた時、みんな驚いてたっすよ。」

彼女はため息交じりでバカにした様に、片手で嘆息した。

「設計者のフェクトさんや、アレの評価をどうぞ。」

(半分ぐらい失敗作でーす!防具屋の鉄鋼が足りないって依頼の達成にはまるで至っていません!)

「あ、あれで失敗ぃ~?手入れの手間が鎖帷子の半分以下で済むって、超評判いいのに…俺も欲しくて予約したのに来月まで生産待ちっすよ。」

常人ならざる知識量のフェクトの口から、失敗とハッキリとした結論を叩きつけられる。エリックはめまいがしそうだ。

(ま、これから千年経って新しい金属が生まれても、やっぱり鉄が基準だ。現状が足りてなきゃ、新しい鉱床を見つけないと、本来は絶対に解決できない問題だよ。)

フェクトはアメジストのダンジョンを見つめた。アメジストの紫色の正体は鉄イオンだ。つまり、鉄の鉱床は、探せばまだまだそこかしこにあるはずなのだ。彼はまだ、鉄鋼不足の解決を諦めてはいない。

「じゃあ、解決できないと分かってて挑んだってことですか?」

(そういうことになるね。節約する方法を教えてやったってだけの話さ。大きく鉄を節約できる方法も提示したけど…それは旧市街区側で名物になっちまった。)

「矢止めの鎧っすか。」

(そう。本当はアレとセットで使って欲しかったんだ。)

エリックは旧市街区が急速に復興した理由を理解した。復興していたのは見たまま事実だったが、ミランダの手で解決できていたのかは半信半疑だった。

矢止めの鎧や、薬屋、宿屋や馬屋。商店街の街灯や出城に繋がる道路とレンガ。整備するインフラに対して、質屋にホワイトランプソードを売って喜んでいる、がめつい彼女の印象に全くらしくない。

教会の本国でも通じて、誰か口添えしているのではないか。そんなことを考え、冒険者仲間の神官達から話を聞いても首都からの目新しい情報は全くない。見るほど違和感を感じていた。

「賢者フェイルが旧市街区に通うわけだ。スゲー頭いい人っすねぇ。本物のインフェクテッドアーマーなんて知性の欠片もない暴力装置みたいなヤツなのに。」

(だが、アイツの魔法は賢者だけが使える複合魔法のオンパレードだ。効率的な破壊力を得る為に、信じられんほど考えられてるぞ。甘く見たもんじゃない。)

「あの理不尽魔法、解明されてたんすか…」

(フェイルが教えてくれた。今は俺も使える。対応策もいくつか作れた。)

「この人達こっわ~…敵に回したくねえ~…!」

彼は、ミランダがまだ同じレベルの冒険者だと思っていたが、その実態は深層に単身で迫れるほどだと言える。エリックが今ミランダに戦いを挑んでも、数瞬で敗北するだろう。ギルド内の高名な人物を何人相手取って倒せるのか、底知れない。

「そろそろ休憩は終わりにしようか。」

ミランダは立ち上がり、矢をつがえる。もう少し進めば、魔物の姿も見えてくる頃合いだ。

「悪いね、複合魔法矢とか、イカサマみたいな戦い方してて。」

「でも、魔法使いがいれば同じことは出来るんですよね。フェクトさんなら、多分そういうんでしょう?」

(あぁ勿論。手際よく連携さえできれば、通常の魔法使いでもシャーベットバイトぐらいはできる。よくわかってるじゃないか。)

「その通りだって、褒められてるよ。」

「へへへ…」


警戒して進むこと数分。


魔獣化したイノシシや、野生化して知能を失いつつあるゴブリンを射抜きつつ、エリックを後衛に、接近してくるのなら、加速したミランダが斬り伏せる。2人は魔物のより多い方へ向け、森の中を突っ切る様に進んでいく。

(専門職なだけあって、やはり見事な早撃ちだ。)

確実にミランダが接近戦で止められるというわけでもない。体躯の小さいゴブリンなどは藪の中から急に現れ、不意を突いて後衛を先に狙ってくる。

その飛び掛かっている中空で、後ろに跳ねて距離を取りつつ、頭と胸に3本を射抜くほど、正確で素早い。弓兵は近距離に弱いが、それを対処すべく技を身に着けている。

非戦闘時は弓を持つ弓手側に複数の矢を持ちつつも、矢筈側を傾ける様にして素早くつがえ、戦闘が始まれば馬手側に矢をまとめて持ち、更に早く近距離で早打ちする。

(洋弓は左につがえるものだと思っていたが、早打ちは左右を問わないのだな。)

「真似できる気がしないねぇその射抜き方。」

ミランダの弓は、左側につがえる為にくぼみがあるが、エリックのものにはない。ありきたりなデザインの一体型のリカーブショートボウだが、ミランダのものよりも短く張力が強い。

左右どちらにでも矢をつがえ、体の感覚で狙えて、短いドローで高い威力を発揮できる。

「練習あるのみっすよ。逆に姐さんは…その…凄いっすね…たまに何やってるのかまるで見えない時が…。」

加速中に攻撃しながらゴブリンから短剣を奪って投げつけたり、武器を手放して素早く切り替えて攻撃する。一連の動作を流れる様にする為、後ろや横から横目で見るのではどのタイミングで攻撃したのか認識できない。

通り過ぎた後にはゴブリンの首が飛んで、数匹が串刺しになっている様は、まるで暴風だ。

「勘だよ。そのうち見えるようになる。」

「ミランダさんが一緒だったら…戦士も魔術師も死なずに済んだかもしれません。」

「なんだい、嫌味かい?」

「偏見が死を招いた…自分と彼らへの戒めです。無理を通してでも、パーティーに入れておくべきでした。」

「…勘弁してくんなよ。信用できないヤツに、フェクトはバレるわけにゃいかないんだ。」

「…そうでしたね。」

深呼吸してミランダは武器を拾いなおし、再び森の奥へと向かう。


そしてまた数分後、しばらく敵と出会わなかったふとした時、エリックが何かを感じ取った。肩を叩いて耳打ちする。

「…姐さん、誰かつけてきてる…」

ミランダは頷いて答えると、後をつけてきている人物に狙いを定めた。

エリックがぼんやりと木陰に隠れる姿を見る。影は人の背丈だ。シルエットは緩やかで、マントかローブの様なものを着ている。

ミランダが彼の放った矢を目で追った。隠れている人物の木にガツンと突き刺さると、位置を特定した彼女は加速で素早く詰め寄る。悪い足場や肩まで届く藪をものともせず、木を三角跳びする様に前進して一直線に突っ切った。

「動くな!」

胸倉をつかんで喉元に刃を添える。

「ひぃん!」

戦意のない気の抜けた女性の悲鳴。どこかで聞いた声だと思って2人は顔を見る。

「なっ…シトリン…?!」(シーちゃん!?)

シスターの服にベール。淡い金髪と透き通る様な白い肌。目を固く閉じて彼女は両手を上げる。

「おま…!どうしてここに?!!」

ミランダはカタナを鞘に納め、両肩を掴んで揺さぶった。彼女の背中は、フェクトの作った大鎌がある。

「なぁ~はは~…着いてきちゃった…」

「なんで!?」

「だって楽しそうなんだもん!ずるい!私も冒険したーい!やだー!」

ハグしたあとにミランダに縋りつく様に抱き着いてずりおちる。

「ダンジョンには来るなって言われてるだろうがい!?」

「ダンジョンじゃないもん!ここはただモンスターがいるだけの森ですぅ~。」

あっけらかんと口答えすると、ミランダは白目をむいて呆れ果て、明後日の方向を向いて言葉を失った。

(見た目以上にお転婆だとは思ってたが…マジかよ…)

エリックが追いついた。

「アナタは…教会のシトリンさんですね?」

「そうでーす!いえい!」

「いやぁ、前々から思ってました。やっぱり可愛いすね。夜明け前の夜空の様な、綺麗な目だ。」

「えぇ?そうですか?でへへ。」

褒められてシトリンは調子のいい笑顔を見せる。

(ミランダ、どうすんだ?)

「こうなったらもうシーは言うこと聞かないよ…ハァァァァァ~~~……一体ウチがどんな思いで戦ってんだかわかっちゃくれない…」

(う~む…冗談半分に戦えるんじゃないかと思っていたが…まさか自分から飛び込んでくるとは。)

「仕方ない。適当に探索して引き上げよう。」

エリックも苦笑いしながら探索を続ける。


そして1時間後。


「しゃっ!」

飛び出て来たゴブリンが大鎌の下段からの素早い突き上げにどてっぱらを貫かれて持ち上がる。

「うぇ…!?」

エリックはぎょっとしてシトリンを見る。ゴブリンを目線の高さまで持ち上げて、切っ先を返して勢いよく振り抜き、死体を抜いて放り捨てた。

(…………俺が思ってるより10倍ぐらい強いぞ?!どうなってんの!?)

フェクトは驚きの余り、深呼吸をしながら武器を下す彼女の横顔を見た。視界外からの不意打ちに反応できるのは、未経験の動きではない。

(槍の様な鉈を使う、ポーランドのコスィニェシは聴いたことがあるが…純粋な農具のサイスは、武術として正式には残っていない…農民に擬態して活動する忍者の手鎌術だけだ。日本には大鎌がない。)

鎌はフェクトが作ったものだが、よく見れば柄の形状が変わっている。直線の柄に対して直角につけられておらず、先端の1/3から反りが強くなっている。知らないうちに戦闘用に改造してあるということは、どこかでついていく準備を進めていた様だ。

彼女は左手を大きく頭上に、右手をハンドルに、大上段の霞の構えに似ながら、長い柄の先は足元へ届き、刃は上を向く。反りをつけた柄で、刃を地面と平行にしている。

刃を下にしているから下段の構えだ。更に手を大きく伸ばし、つま先近くまで刃を持ってくると、重心をぶらしにくく、左右へ振り向きやすい。

(本物の大鎌術か!?)

「槍術ベースの我流のはずだよ。」

(槍術って…シーちゃん、訓練してたの!?)

コンパクトなスイング挙動でありながら、長重な刃物の突きは、シンプルだが脅威的だ。刃そのものが巨大で分厚く、鋭利で重たく、勢いも付きやすい。振るだけで重量のある突き攻撃は、生半可な板金や皮鎧はウォーピックの様に貫通してしまうだろう。

出の早い強力な突き攻撃は、ミランダをもってしても侮れない。

対人なら、直立した相手から目元に下段突きが飛んでくる様なもの。慣れない高さ、距離感が掴みにくい柄と刃を揃えた真正面の構え。槍と違い、刃と柄が離れているから、柄を抑え込められない。

刃を蹴り払おうものなら、今度は普通の鎌の要領でアキレス腱を引き切ってくる。リーチが長く、スイングのモーションが把握しづらく、全体的に捌きにくい攻撃が多い武器だ。

一息に振るその真剣な顔はミランダに似て、血を分けた姉妹の様にも見える。

「そりゃね…クレアおばさん、元は冒険者だったし。ウチが冒険者になる以前から、何度も戦闘の心得とか教えを一緒に聞かされたもんさ。」

(そうなの!?にしちゃあ、戦い慣れすぎてないか…?)

血を見てもまるで動揺する気配がない。静かに呼吸し、

「こっそり高原のモンスター狩りに参加してこっぴどく怒られてた時もあったのさ。怪我も血も毎日の様に傷病人が来るから見慣れたもんだしねぇ。」

(したたかだなぁ…)

「甘く見ると痛い目に会うよ。混乱させた時、ラリアットしてきたの見たろ?頭悪い分、パワーに振ってるタイプだからね。」

「ちょっと!ミランダ聞こえてるよ!確かに読み書き計算は苦手だけど!」

(鎌持ってる時に失言しない方がいいんじゃないか?)

「あぁ…そうだね。」

藪が邪魔だと、農具本来の使い方で幹ごと切り落とし、どこかへ蹴って放り投げてしまう。狭い森の中だというのに器用に小回りの利く振り回し方だ。ぶおんぶおんと低い音が立つ。

(すげーパワフル。別人みたいだ。)


グルルルル…


狼の唸り声がすると、一同は一斉に集まって背中を合わせる。エリックはヤブをがさつかせる音を目で追って、四方八方を目移りさせる。

「囲まれました…ね。」

「何匹?3匹は見えたよ。」

「聞こえる限り、全部で6だ。」

ミランダは聴き耳を立てる。人間より巨大なスケアリーウルフだが、それでも深い森では目で見える数は限られる。

ダンジョン未経験のシトリンでは中層のモンスターは厳しいかもしれない。ミランダは戦う覚悟を決める。

「チッ…シトリン、準備はいいかい?」

じりじりと後退して、3人の背中が接触した。

「もっちろん!」

「さてフェクト、アンタなら、この地形戦の状況、どうする?」

(この狭さなら、こちらも接近戦で行ける、全速でやる。二刀流で行け。詰め寄ったことを後悔させてやろう。)

「よっしゃ。」

ミランダは弓を放り投げて木の枝に引っかけぶら下げる。カタナとドゥサックを引き抜いた。

(新しい魔法技を試すぞ。思い切り踏み込んで深く切れ、浅手じゃダメだ。)

「いいねぇ、期待してるよ。」

(エリック君、君が合図を切れ。ミランダに援護は不要だ。自分とシトリンちゃんを全力で守れ。)

「任せてください!」

ドゥっとミランダの足に風が纏わりつく。ミランダが低く構え、踏み込む姿勢を見せると狼の姿が見えた。

エリックが弓を引く。観察するように、横向きににじり寄ってくる。

(シトリンちゃんは、自分の身を最優先にするんだ。二の太刀が遅い長柄武器で森の中だ、分が悪い。軽装だから噛まれたら無事じゃ済まないぞ。俺達が始末をつけるまで、しっかり降りかかる火の粉を払え。)

「えへへ。」

(笑いごとじゃないぞ。)

「私、フェクトの声始めて聞いた。カッコイイおじさん声。イメージしてた通り、大人なんだなぁ。」

(…そうだったか?今まで会話が成り立っていたような…)

フェクトは妙な彼女の言動に動揺するが、ミランダがどんどんと胸を叩いて構えなおすと、彼も気を取り直した。

「なんでだろうね。全然怖くない。やっぱり冒険楽しい!今すっごくわくわくしてる!」

彼女は鎌を強く握りしめ、前に出した右足に力を込めた。ふくらはぎと太ももの裏にぎっちりと力を込め、重心を低く取った。

エリックは僅かに前に出て、ドンと前足を踏み鳴らした。狼たちはビクっとして走り出す姿勢を取る。

彼は直後に矢を放った。野生動物の反射神経は凄まじく、急所である前足近くの胴体を狙ったが、見切られて後ろ足に命中する。

ミランダが飛び込んだ。目で追えないスピードの一回の踏み込みで一番遠くにいる2馬身先のオオカミへ前進する。彼女から飛び跳ねて逃げようと前に出たところをもう一歩の踏み込みで先回りした。

空中にいるまま、右手に持ったカタナの一突きが、伸びきる前に両肺を貫いた。裁縫の針が薄手の服を通るが如く、軽い感触。

そのまま蹴ってカタナを引き抜くと、左手に持ったドゥサックの後ろ回し斬りで頭を縦に切り裂いた。

刀身の刃が光っている。光魔法のレーザーだ。インフェクテッドアーマーのレーザー発射地点を爆発炎上させる流星火の応用。刀身の光沢部分を起点に、振れたものを溶かすほどの高熱にせしめる付与魔法。

切創は焼け焦げて血が出なくなるため、直撃して両断させられないと即死に至らせられない。血で熱が大きく失せる為、斬る度にかけ直しが必要だが、威力は絶大だ。

(そのまま進め!もう一発、光刃剣!)

しかし、ミランダのスピードであれば、懐に飛び込める。彼女の身のこなしと反射神経は、日を追うごとに早くなっている。

野生動物と同等クラスの反応速度で動く彼女は、スケアリーウルフの回避の挙動を見切って追いつき、分厚い毛皮が熱したナイフでバターを切る様になます切りにしていく。

シトリンの元に、スケアリーウルフの一匹がに飛び掛かった。その瞬間、左手を大きく引き、右腕を柄になぞらえながら、肘打ちするように短く突く!

彼女の眉間と肩先近くで、骨が外れる鈍い音がする。胴体近くの首の付け根に深く突き刺さると、彼女は右足を軸に回転して、狼の死体を引き抜きながら地面に叩きつけた。

目前にもう一匹が迫る。振るう時間はない。槍で突く様に刃のない先端で突き、殴打しようとするが、鎌の刃とは逆方向の背に潜り込まれ彼女に飛び掛かってくる。

「!」

掌の中で柄を回転させ、切っ先を中心にして刃の向きをオオカミに向けた。バックステップで体の向きを入れ替え、大きく飛びのきながら、右手で鎌を引く。限界まで、背中を見せるほど引っ張る。

シトリンのうなじに牙が届くかといった寸前、前足に鎌の刃が届いた。空中で右前足が離れ跳ぶ。

エリックの矢が横から2発、素早く飛んだ。なくなった前足に沿う様に、矢が縦に2本。心臓を貫いて、矢尻が逆側に突き出た。

(もう一匹!)

シトリンの横から飛び掛かるところを、再びエリックの矢がカバーする。狼の目を的確に射抜き、即死させた。ミランダがエリックの背後に回り込んでいる、後ろ足に矢が刺さった最後の一匹を両断して、剣を振り払う。

「これで3だ。4はやりたかったね。」

(2人は無事か?)

「あぁ。エリックもやるね。」

納刀してバシュンと風魔法が解除された。緑色に光っていたフェクトの目の光が消える。

「自力で1匹倒せた!やった!」

「2匹…ふぅ。」

エリックはほっとして安堵のため息をついた。目を撃ち抜けなければ、シトリンがやられていた。紙一重のところだった。シトリンは彼に向けてサムズアップする。

「後ろありがと!」

「…どういたしまして!(…か、可愛い!)」

「ねえねえ!スケアリーウルフって中層の魔物なんでしょ!私って強いんじゃない!?」

「うんうん。見事だよ。」

剣を収め、ミランダは喜んで飛び跳ねてエリックと会話するシトリンをよそに、しゃがみこんで真っ二つにしたスケアリーウルフの胃を見る。

「どうにも腑に落ちないね。昼間なのに、狩りをするなんて。」

(俺達が縄張りに入ったからか?)

「いや、なら一匹が死んだか、初撃の矢がケツに刺さった時点で逃げ出すはず。それに狂暴ぶりも変な感じだ。獰猛というか暴力的というか…」

(…見た感じは特に異常はなさそうだがな。毛並みも歯並びもいい。健康だ。)

ミランダとフェクトは臓物を見る。ゴブリンらしき小さな骨盤の骨があるが、どうにも果実酒の様なフルーティーな強い臭いが混じっている。


「こりゃ植物の…種?肉食動物がかい?」


ミランダがぶつぶつとひとりで喋っているのを見て、2人は興味深そうに寄ってくる。勝手に背中に手を置いて、フェクトの念話を聞き始めた。

(一応イヌ科はイモなんかのでんぷん質の植物、いわゆるパンや麦とかと同じ炭水化物も食う雑食だ。糖分のある果物を食べるのは別段珍しくはないが…)

食べた果物が胃の中で発酵熟成して酒になるということもある。だがアルコールは犬でも鳥でも平等に酩酊させる。千鳥足と呼ばれるほど、立ち上がれなくなるのだ。

(酔っぱらっていた様には見えない挙動だったな。)

「じゃ、何かの病気?」

(いや…見た感じ正常だ。所かまわず襲ってくるなら狂犬病だが…そうは見えない。)

狼は正常な顔つきをしている。泡立ったヨダレや、血走った眼もしていないし、グループでの狩りも出来ている。

「狂犬病?」

(イヌ類からヒトに感染する、致死率100%のおっかねえ病気だ。俺の時代にも予防薬はあったが特効薬はない。この時代じゃかかっちまった瞬間に死が確定する。咬傷や爪傷、傷口に唾液や血が付着するなどで感染する。)

一同はぞっとして背筋を振るわせる。

(名前の通りゾンビみたいな狂犬になるが…そんな末期症状では矢を避けたり、群れを組める知性はなくなる。毛並みも綺麗だ。戦闘を見る限りそうは見えない。)

「…他に犬やオオカミの行動をおかしくする原因は?」

(寄生虫の中には宿主の習性を変えるモノもあるが…昆虫とかカタツムリとかならまだしも、大型哺乳類の集団の習性を変えるほどのものがあった記憶はないな。)

フェクトは果物の種らしきものを見る。桃の種の様なシワが着いている大きなもので、一つの胃に5~6個ある。主食とされているかと思うぐらいの多さだ。

しかし、形状は奇怪極まる。シワが着いていてCの字にネジぐれながら曲がっている。

(この気味悪い形の種…なんの木のだ?果実に薬効的な何かがあるとか…植物の魔物は存在するのか?)

「この辺には馴染みがないけど…聞いたことはあるね。トレントとかの大樹の魔物さ。」

(…これはあてずっぽうな推理で冗談半分に言うぞ。果実を食べさせて自分を守らせたりするとか、そういう生態系なんじゃないか?)

フェクトが唸る様に考え込むと、ミランダは立ち上がった。彼の予想は、どこか腑に落ちる。

「あり得る話だね。今回はこの辺で撤収しよう。」

「えー!」

シトリンは始まったばかりだという顔をする。

「アンタが!居るからだよ!」

額と鼻頭を指でつつかれると、鼻先で押し返す様にシトリンは前に出て言い返した。

「足引っ張ってないじゃん!」

「戦闘ではね!」

片手で肩を叩いて、緊張した面持ちでミランダは言う。

「嫌な予感がするよ。フェクトの予想はぞっとしない。当たってそうだ。それこそ冒険者の経験が浅いアンタにはついていかせたくない。慣れてるアメジストのダンジョンとも勝手が違う。モンスターも違うはずさ。ウチも不覚を取るかも…」

「う~ん…ミランダがそういうなら…」

エリックは一歩前に出た。

「…俺は反対です。それなりに深いところに来ましたけど、探索の収穫ゼロのままですし、日没まで半日以上あります。また入り直す頃には空いた縄張りにモンスターが根付いてて二度手間になりますよ。」

(彼の言うことも一理あるな…シトリンちゃんは少々危険だが…今の3人パーティーは、モンスターを減らした近日中に確実に出来る保証がない。エリック君の事情だってある。)

「別にうちら単独でだって戦えるじゃないか。」

(尚更だ。それに領主の件もある。何度も突入はしてられない。俺達に仲間がいる珍しさを、ここで無駄にするってのは…)

「そうだよ!もうちょっと探索しようよ!どうせ怒られるなら1回まとめにしちゃおう!」

シトリンの言葉にミランダは青筋を立てた。鼻先をつついて般若の様な形相で詰め寄る。

「なんで!アンタが!また来る前提なんだい!」

「ひん!」

(まぁ落ち着けって…大声出したら魔物が寄ってくるぞ。)

ミランダはイライラしながら振り返った。パーティーリーダーはミランダだが、多数側の意見と、まだ余裕もある。退却もまだ間に合うだろう。前進することにした。

「…うちが何度も助けられる保証はないからね。」

「頑張る!私がミランダを助けちゃうから!」

「のんきなもんだよ…クレアおばさんに怒られるのは私なんだからね…」

3人は歩みを進めた。

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