3

 声が、聞こえる。


Converte gladium tumu…


 先生の写真を伏せる。

 ナイフを取り出す。

 折畳みフォールディング鞘入りシース、それぞれを腰に挿す。


Quod facis…

 スプリングフィールドマイクロコンパクトの9mmから弾倉を取り出し、中身を確認。

 念の為、スライドを引いて、薬室チャンバーにも一発込めておく。

 デコッキングして安全装置を掛けると、脇のホルスターに収める。予備弾倉とサプレッサーは腰の後ろに。


 ダークスーツの上着を羽織ると、鏡で収まりを確認する。


 黒い髭に黒い髪の自分の顔は、後ろのテーブルランプの逆光で暗く沈んで見えた。

 いつもの眼鏡はケースに入れて先生の写真の上に置く。


Quod facis, fac citium…


 分かってる。


Omens enim, qui acceperint gladium, gladio peribunt….


 それも解ってる。


「それじゃ、行ってきます」

 部屋の電気を消す。


†††


「ああ、終わったよ」

 封筒に入っていたSIMでアンジェラに報告をする。

『うん。トレンドに上がってるよ。またヨロシクねー』

 彼女はそれだけ云うと、電話を切ってしまった。

 僕はスマートフォンからSIMを取り出すと、テーブルの上に出し、ナイフのグリップエンドで叩き潰した後、入っていた封筒と一緒にオーブンで焼き、その間にナイフの血を拭い、銃身バレルの煤を抜く。


 オーブンが焼き上がる。

 毎度ながら酷い匂いだ。

 オーブンの清掃が面倒だから、次はアパートメントは止めておこうかな。


 寝室に武器を置くと、そのまま浴室へ行き、シャツの袖に付いた血痕を下洗いした後、髪の返り血をシャワーで流す。


 浴室から出ると、そのままベッドに倒れ込み、先生の写真を起こす。


「ただいま。先生」


 写真立ての裏から先生の手紙を取り出す。

 もう何年も前に読み、何度も読み返している手紙。


『やあ、ジュード、調子はどうかな?

 これを読んでるなら、私の方は消えたか殺されたかしたんだろう』


 貴方は僕の目の前で殺されたね。


『時間がないので要点だけ。君に謝らなければいけない事がある』


 両親の事ならもう大丈夫だよ。


『そこで、君を引き取ったのはいいんだが、何せ私はこの家業しかしてこなかったら、『親』と言う物がよく解らなかったんだ』


 だから、僕はずっと貴方を「先生」と読んでるんだ。


『君に色々教えておいてこんな事を言うのも違う気はするが、私は君に、明るい表通りを歩いて、幸せになって貰いたいんだ』


 気がついたら、先生と同じ道を行っていたんだ。


『そんな事を考えるのは、私にも『親の気持ち』が解りかけているのかも知れないね』


 貴方は僕にとって、最高の先生だったよ。


『では、最後に、ちゃんと幸せになってくれ給えよ。私に代わって』


 もう、僕の人生も、ひたすら行止まりに頭を打ち続け、無意味に足掻くしかなくなったんだよ。

 先生ーー


 先生の写真を見る。

 そこにはいつもの眼鏡の横に、「いつもの笑顔」があった。


Omens enim, qui acceperint gladium, gladio peribunt…

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