裏庭のロンド
@Pz5
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「先生!」
白い光の手前。
長い黒髪をいい加減に一本に束ねた後ろ姿。
光のせいで黒い影法師になり、輪郭はハレーションを起こしている。
他には何も無い。
それでも、僕にはそれが先生だと判った。
『どうしたんですか?こんな処で』
靄がかかっているが、その影法師は「先生の声」で応え、此方を向く。
顔は相も変わらず逆光に沈むが、黒いセルに金属のツルを併せた「いつもの眼鏡」は明確に見える。
「先生!帰っていたんですね!」
僕は、ただそう返す。
他に何があるのか。
『ああ、君はこんなに大きくなって……』
見えない顔が笑顔になる。
先生は僕の腕の中にいる。
笑顔で。
血を流しながら。
僕の膝が赤くなり、手は固まり始める。
光る白い空間に広がる赤。
僕を中心にどんどん広がる。
ぬるぬるしていた膝はガチガチと固まり始める。
動けない。
僕の手の中で先生は生き絶え、目は凹み、鼻は削げ、顔は虚無の穴に沈んで行く。
僕の手から先生が溶け溢れていく。
先生が赤い液体になって溶け出したのを何もできずに固まった僕の手に残ったのは、「いつもの眼鏡」だった。
心さえも動けずに、ただ「いつもの眼鏡」を凝視する。
「いつもの笑顔」を失い、片方のレンズも撃ち砕かれた眼鏡は、それでもキラキラといつもの様に、いや、いつも以上に光を反射していた。
何処かから声が聞こえる。
何も無い白い空間から幾人もの声が聞こえる。
Converte gladium tuum in locum suum:
それは波を為し、畝り、廻り、幾層も重なり、打消し相い、或いは相乗増幅する。
変拍子のポリリズムによる輪唱。
連綿と受け継がれる事で永遠の持続音となった減衰音の群、波、塊。
Omens enim, qui acceperint gladium, gladio peribunt…
僕は動けない。
動けない僕は剣を取り出そうとする。
Converte GLADIUM TUUM in locum suum:
CONVERTE! gladium tuum in locum suum:
Converte gladium tuum in LOCUM SUUM:
足元の底が抜ける。
先生だった赤い液体は皆そこに吸い込まれる。
僕も……
僕の剣も……
「いつもの眼鏡」も……
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