宴もたけなわで
「クラリス、大丈夫か、疲れていないか?」
ポールがクラリスを気遣う。
「うん、大丈夫」
慣れないドレスや靴にクラリスの疲労は蓄積していたが、それを悟らせまいと、クラリスはにっこり微笑んだ。
ウィルとアリスの婚約披露パーティーは滞りなく進み、今はダンスの時間だった。踊れない二人にとっては休憩時間だ。
「立ちっぱなしで疲れただろう。座って少し休もう」
ポールがクラリスを壁際の椅子に連れて行く。
「腹は減ってないか?何か取ってこようか」
「私は大丈夫よ。ドレスがきつくて何も入らないし。ポールお兄ちゃん、お腹空いてたら食べてきて」
パーティーへの参加が決まってからの一ヶ月間、みっちりとマナーを詰め込まれたクラリスとポールは、失敗することなく乗り切れたことに安堵していた。
「すぐに戻るから、ここで待っててくれ」
「うん」
踊り終わったジャンとイメルダがこちらに向かってきているのを確認したポールは、ご馳走の並んでいるテーブルへと足を向けた。
(心配していたような嫌がらせ行為もないし、何とか無事に終わりそうだな)
だが、ポールが一人になったのを見るや、令嬢達がポールの周りを取り囲んだ。
「どちらのご子息でいらっしゃいますの?」
「初めてお目にかかりますわ」
「とても背が高くていらっしゃるのね!」
ポールの関心を引きたい令嬢達に邪魔をされて、なかなか前に進めず、ポールは立ち往生していた。
(ポールの奴、何をしているんだ!クラリス嬢を一人にして!)
踊りながらその様子を見ていたエラリーは焦った。一刻も早くクラリスの隣に行きたいが、ダンスが終わるまでは動けない。
パートナーを伴わず一人で入場したアンソニーとエラリーの前には、ダンスを申込む令嬢達の列ができていた。
貴族の嗜みとして、さすがに断ることはできず、数人は相手をしなければならない。
アンソニーの方を伺うと、ダンスの相手にグイグイ迫られていて、それをかわすのに必死になっている。
(あ!クラリス嬢の周りに男達が!くそっ、ジャン達は?)
クラリスの元に向かおうとしていたジャンとイメルダは、イメルダの両親に声をかけられ、楽しそうに話をしているところだった。
そうこうしているうちに、男達に囲まれて、座っているクラリスの姿が見えなくなる。
(ああ!早く行かないと!)
焦りながら何とか踊り終わると、エラリーは声をかけてくる令嬢達を無視して、クラリスの元へと急いだ。
「クラリス嬢!」
だが、クラリスが座っていた場所にエラリーがたどり着いた時、そこにはクラリスの姿は既になかった。
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「君、可愛いね、どこのご令嬢?」
「少し話をしないか?」
「良かったらダンスを一緒に」
ポール同様、一人になった途端、クラリスの周りには令息達が集まってきた。
椅子の周りを取り囲まれ、クラリスは逃げることができない。
作り笑顔で必死に対応しているクラリスに、一人の男が綺麗な色の飲み物が入ったグラスを手渡してきた。
「喉渇いてない?これ美味しいよ」
「申し訳ありません、お酒は飲めないんです」
クラリスが申し訳なさそうに断る。
『パーティーの席では知らない人から渡される物を口にしてはいけない』
マナー研修で何度も言われたことだった。もちろんクラリスはそれを忠実に守っていた。
「大丈夫だよ。これはアルコールは入っていないから」
だが、男はクラリスの手にグラスを押し付けてくる。
「さあ。受け取って」
「あ、ありがとうございます……」
格上の相手に対してそれ以上断ることもできず、クラリスはグラスを受け取った。
「君との出逢いに乾杯」
男がすかさずグラスを合わせてくる。
「か、乾杯」
目の前で男が一気にグラスをあおる。仕方なくクラリスも一口だけ口に含む。
(え?何、これ……しまった……)
口にするやいなや、ぐわんと目が回り、クラリスは意識を手放した。
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