王の采配(続)

「元気でな、メーダ……」



 遡ること数週間前、裁判続きの毎日の中、先にクロー伯爵令嬢であるメーダを含め、各令嬢達の処分が決まった。


 令嬢達は未成年であることと、全員が深い反省を見せたことから、更生のために別々の修道院へ送られることになった。



「お兄様、お兄様もお元気で」



 兄妹として十七年も同じ屋根の下で暮らしていながら、トマスとメーダが共に過ごした記憶はほとんどなかった。


 母であるマチルダが目を光らせていたため、言葉を交わしたことも数えるほどだったのだ。


 最後にと、馬車に乗せられるメーダを見送ることがトマスには許されたが、二人とも互いに何と声をかけていいものか全くわからず、ただ互いに悲しい目を向けるだけだった。



「行くぞ」


 見張りの騎士が時間切れを告げる。



 馬車の扉が閉められる瞬間、メーダは大きな声で叫んだ。


「ありがとう!お兄様!」



「!メーダ!メーダ!」


 トマスには、走り出した馬車に向かって手を振ることしかできなかった。




「トマス・ド・クロー。宰相がお呼びだ」


 馬車が見えなくなってからも手を振り続けていたトマスに、見張りの騎士とは別の騎士が声をかけた。


「宰相?ハートネット公爵が?」


「ああ。ついて来い」


 トマスは訝しんだが、どのみち断る術はなく、おとなしく騎士に従った。




「お連れいたしました」


「うむ。ご苦労だった」


 騎士がトマスを連れてきたのは、国王の執務室だった。


 そこでは、国王と宰相であるハートネット公爵、筆頭公爵のオストロー公爵がトマスを待っていた。


「トマス・ド・クロー、その方の処分を検討していたところだ」


「どのような処分でもお受けいたします。妹を助けていただいた今、この身がどうなろうと構いません」


 国王の言葉に、トマスは深く頭を下げたまま答えた。



「実は、我がオストロー公爵家とそちらのハートネット公爵家で君を奪い合っていてね」


「オストロー公爵が譲ってくださりさえすれば、君の身柄は我がハートネット公爵家の預かりとなるのだが」


「それは卑怯だぞ、アラン。トマス殿は我が公爵家の影として迎えたいと、私が最初に陛下にお願いしたんだ」


「何を言う、アレックス。私が先にお願いしようとした所に君が横から入ってきたんじゃないか」


 なぜか、オストロー公爵と宰相が言い争いを始める。


「いや、違うね」


「違うのはそっちだ」




「二人ともいい加減にしろ」


 王の面前だというのに、子供のように言い争う二人に、国王が呆れた声を上げた。


 トマスは深く頭を下げたままだ。


「全く……この国の屋台骨であるその方らが揃いも揃って」




 アリスの父であるオストロー公爵と、アンソニーの父であるハートネット公爵は同い年で、幼い頃からのライバル同士だった。


 何かにつけて張り合ってきた二人は、今もその癖が抜けず、お互い譲るということを知らない。




「トマス、顔を上げよ」


「はっ」


 国王の声にトマスはようやく顔を上げた。その顔からは何の表情も読み取れない。



「裁判でその方が証言した内容、特に過去の事件のことはよく調べられていた。その方が一人で調べたのか?」


「はい。誰に協力を求めていいものか、わからなかったのです」


「そうか。実は、その情報収集能力を見込んで、両公爵家がそれぞれの家の影にそなたを欲しいと言っていてな」


 無表情だったトマスの糸目が薄く開いた。


「だが、先ほどからこのように争うばかりで収拾がつかんのだ」


「この身は既に私の物ではございません。如何様にもなさってください」


 言って、トマスは再び頭を下げた。



「ふむ。よし。決めたぞ」



「「陛下?」」



 国王の言葉に、両公爵が仲良く声を揃える。


「トマス・ド・クロー、その方の身柄は王家の預かりとする!」



「「陛下!」」



「今日から我が影として働いてもらう。アラン、アレックス、両家で影として鍛えてやってくれ。頼んだぞ」



「「陛下!それでは話が違います!」」



「この話はこれで終わりだ。トマス、まずはオストロー公爵家で、その次にハートネット公爵家で影としての修養を積むように。わかったな?」


「はっ。仰せのままに」



 国王の鶴の一声に、両公爵は仲良く互いにジト目で見つめ合うしかなかった。

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