決戦前夜(続)

 エラリーにイメルダの送り迎えを頼み、イメルダには決して一人にならないようにと伝えた後、ジャンはメッシー伯爵夫妻を追放した炭鉱へと向かっていた。



 (メッシー伯爵夫人と無理矢理結婚させられたという、アーゴク侯爵夫人の弟…)


 自ら馬を走らせながら、ジャンはドイルという名の男のことを思い出していた。



 メッシー伯爵家に騎士団とともに踏み入った時、伯爵夫人と伯爵令嬢は気がふれたかのようにわめき、抵抗していた。

 だが、子爵家から婿に入ったという伯爵だけは全てを諦めたかのように、何も言わず、大人しく連行された。

 


 (あの時は特に不思議にも思わず、メッシー伯爵家を潰せたことに満足していたけど。もし彼が無理矢理伯爵に据えられた被害者だったのだとしたら、僕はとんでもないことをしてしまったことになる)


「一刻も早く、彼に会って話を聞かないと…!」


 ジャンは手綱を握る手に力を込めた。





「ウィル様、私は父と一緒にクロー伯爵家の調査に行って参ります」


「ああ、頼んだ。私は王宮でディミトリからの知らせを待つことにする」


「はい。ご報告した通り、王宮内も完全に安心とはいえません。護衛を側から離さないようにしてくださいね」


「わかっている。お前も気をつけてくれ」


 ウィルとアンソニーは頷き合うと、別々の馬車に乗りこんだ。



  ==========================



「貴方、それで、王家はどこまで実態を把握していたんですか?」


 クロー伯爵家では、王宮から昨夜遅くに帰ってきた伯爵の顔を見るなり、マチルダが厳しく問いただした。


「マチルダ、私は昨日遅くに帰ってきたんだ。せめて朝食ぐらいゆっくり食べさせてくれ」


「ですが、私も貴方が王に呼び出されたと聞いて、眠れないほど心配したのですよ!」


「まあまあ、母上。朝食をとってからでもいいじゃないですか。父上、お疲れ様でございました」


 朝からキイキイとうるさいマチルダをトマスがいなす。


「トマスの言うとおりだ。ん?そう言えば、メーダはどうした?」


 朝食の席に娘のメーダがいないことに気づいた伯爵が、誰にともなく聞いた。


「あら、あの子ならまだ地下室ですわ」

 

「なっ、まだ謹慎させているのか⁈あれからもう何日も経っているぞ!」



 メーダ達数人がヤイミー侯爵令嬢を取り囲んで暴行しようとしていたと、生徒会長名で厳重注意の警告が屋敷に届いた日、マチルダは怒り狂ってメーダを地下室に監禁した。


「まったく、この役立たず!あれほど上手くやるようにと言ったのに!これで王家に目をつけられたらどうしてくれるのよ!」


 メーダの髪の毛を引っ張り、持っていた扇子で容赦なくひっぱたく。


「お母様、すみません、お許しください!」


 メーダの許しを乞う姿も、マチルダの怒りに油を注ぐだけだった。




「おい!すぐにメーダを地下室から出せ!」


 クロー伯爵は近くにいた執事に命じる。


「は、はい!今すぐに!」


 執事が慌てて出て行くのを不満そうに見ながらマチルダは食事を続けた。





「お嬢様、旦那様が出ていいとおっしゃっています」


「お父様が?お母様は何と?」


 ベッドとテーブル、椅子が一つずつあるだけの殺風景な地下室で、メーダは膝を抱えて座っていた。


「奥様は何もおっしゃっていません」


「そう…」


 執事の手を借りて立ち上がると、メーダは恐る恐る地下室のドアをくぐった。


 (良かった…前回のように一ヶ月も閉じ込められたりしなくて)


 マチルダはメーダが幼い頃から、何か気に食わないことがあるとすぐに暴力を振るい、地下室に閉じ込めたりしてきた。中等部の時には一ヶ月以上も閉じ込めっぱなしだったこともある。

 おかげで学園にもまともに通うことができず、閉じ込められている間は勉強もできないため、メーダの成績は常に下から数えた方が早い状態だった。


 そんな時、平民なのに上位の成績でS組に進学したという少女の噂を聞いた。お昼休みに見かけたその少女は、高位貴族達に囲まれて、困惑しながらも楽しそうだった。ただそれだけなら、メーダもそこまで気にはならなかったかもしれない。だが、翌日から王太子の側近のアンソニーの隣に座るようになったのを見て、ずっとアンソニーに憧れていたメーダは、その少女のことが憎たらしくて仕方がなかった。


(私の欲しいモノを全部持っているくせに!アンソニー様まで!)


だから、単純で操りやすいヤイミーを使って、あのクラリスという平民を叩き潰そうとしたのだ。

だが、まさかその悪巧みをクラリスと親しいジャンとエラリーに聞かれてしまい、王太子にまで話がいってしまうとは。


(アンソニー様も当然この話は聞いていらっしゃるでしょうね…)

 

マチルダに会うことなく自室に戻ったメーダは、一人浴室で泣いた。





朝食を終えたクロー伯爵夫妻とトマスは居間に移動し、食後のお茶を飲みながら王宮での取調べの話をしていた。


「では、やはりハートネット公爵達は物証となるものは何も掴んでいないのですね?」


「恐らくそうだろう。もし確かな証拠があれば、今頃私は特務部隊に尋問されていただろうからな」


クロー伯爵は国王と宰相の前で厳しく取り調べられたものの、知らぬ存ぜぬで通し、深夜には帰宅を許可された。


「我が家とメッシー伯爵家のことも聞かれたが、マチルダがうちに嫁いできたのは、メッシー家取り潰しのだいぶ前だったからな、実家のこととは何も関係ないと押し通した」


「アーゴク侯爵家とのことは何と説明されたのですか?」


相変わらず飄々とした様子のトマスが聞いた。


「我が家は、アーゴク侯爵家に騙された被害者だと訴えた。そんな質の悪い薬だとは知らず、貧民救済の目的で安い医薬品を提供しようとしただけだとな」


「ですが、コモノー男爵家との繋がりについては、何とご説明されたんですか?」


トマスがお茶を飲みながら尋ねる。


「それについても同じことだ。先代の時に付き合いのあった男爵家が事業の失敗で困窮していたので、手を差し伸べただけだと」


「そうですわ。我が家の善意を利用して違法な薬物の密輸に手を出していたなんて、許しがたいことですわ」


クロー伯爵の説明に満足したらしく、マチルダは嬉しそうに付け加えた。


「でも、今父上がおっしゃった内容を証明することは逆に難しいのでは?証拠となるものは何もないのでしょう?」


「うふふ。偽の証拠なら山ほどあるわ。我が家がアーゴク侯爵家に騙された証拠もコモノー男爵家に利用された証拠も、家宅捜索された時に見つかるように、ちゃんと書斎に置いてありますもの」


「なるほど。書類を偽造したというわけですね。さすがは母上だ」


トマスの糸目が更に細められた。

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