事の真相
コンコン。
アンソニーの滞在する部屋のドアがノックされた。そのドアがウィルの部屋へと続いているものだったことから、アンソニーは躊躇わずにドアを開けた。
「ウィル様、どうされました?」
「誰か確認もせずに開けるのは不用心だぞ」
「この国で、この時間に、このドアをノックする人間なんて限られていますよ」
アンソニーが少し呆れたように言うのを聞いて、ウィルは微笑んだ。
「まだ起きているなら、一杯やらないか」
「いいですね。今日の夜会では結局飲みそびれてしまいましたし」
あの後ディミトリの私室で話をしながらお茶と一緒に軽食をつまみ、解散した。
疲れが溜まっていたこともあり、すぐに眠れるかと思いきや、気が昂っているせいか、なかなか眠気が訪れなかったのは、ウィルもアンソニーも一緒だった。
ウィルは客室に置かれている封の切られていないワインの瓶を持ってくると、慣れた手つきで開栓した。
アンソニーと自分のグラスに注ぐと、ウィルが口をつけるより先にアンソニーが一口飲み、数分待ってからウィルに頷く。
「ふ。今度は随分と用心深いことだ」
「側近としては当然です」
「今日もしお前があのワインを飲んでいたら、どうなっていたかな」
ウィルは少し意地悪くアンソニーを見る。
「その生真面目な態度がどう変わるのか、少し興味があるな」
「冗談はよしてください。あんな怪しげなもの、仕事だとしてもお断りしたいですね」
「だが、もし私が飲もうとしたなら、お前が奪いとって先に飲んだのだろう」
「……それが私の仕事ですから」
アンソニーが憮然とした表情でグラスをあおる。
それがアンソニーの照れ隠しであることを知っているウィルは、優しく微笑んだ。
「それにしても、やはりあのアーゴク侯爵達が裏で糸を引いていたとは考えにくいですね。計画があまりにも杜撰です」
「そうだな。親子揃って口が軽そうだし、後先考えずに動いているようにしか見えないな」
ウィルも頷いて、グラスを揺らす。
「まあ、あの様子なら、ディミトリが言っていたように明日までには知っていることを全部話しているだろう」
「ええ。ワインに入れられた薬の成分も明日には分析が完了するとのことですし」
「明日はまた忙しくなりそうだな」
二人はしばらく無言でグラスを傾けていたが、やがてウィルが立ち上がった。
「さっさと終わらせて国へ帰るとしよう。おやすみ、トニー。よく休んでくれ」
「はい。ウィル様もごゆっくりおやすみくださいませ」
アンソニーも立ち上がり、ウィルを見送った。
翌朝。部屋で朝食を済ませたウィルとアンソニーは、大公に呼ばれて応接室へと向かっていた。
ウィルとアンソニーが応接室に入ると、そこには既にブートレット大公とディミトリ、シビア、そして一日で別人のようになったアーゴク侯爵夫妻がいた。
「大公閣下、お待たせして申し訳ございません」
「いや、わしらも今集まったところだ。気にするな」
ウィルとアンソニーは一礼して、大公とディミトリの向かいのソファに座る。
「シビア、取調べでわかったことを教えてくれ」
ディミトリの言葉にシビアは軽く頷くと、よく通る声で話し始めた。
「ウィリアム王太子殿下からのお話通り、そこのアーゴク侯爵達はカリーラン王国へ粗悪な医薬品と違法薬物を密輸していました。医薬品や薬物の製造元は、アーゴク侯爵夫人の実家であるヤーブ医院です。そこでできた薬品等をカリーラン王国のクロー伯爵に流していたようです」
ウィルとアンソニーが頷いた。
アーゴク侯爵夫人が元々は平民だったことは調べがついていた。そして、その実家の医院が薬物等の製造元であることも予測できていた。
ウィルがシビアに問う。
「アーゴク侯爵とクロー伯爵の繋がりは?」
「それは、アーゴク侯爵夫人から説明していただきましょう」
シビアがそう言ってメアリーを見ると、メアリーはそれだけで身体をぶるぶると振るわせた。
「夫人。ご説明を」
シビアの声は淡々としているが、それが逆に凄みを感じさせる。
「わ、私は、あのクロー伯爵夫人に騙されたんです!あの女が、ドイルの敵を討とうと、そそのかしたんです!」
「ドイルとは?」
ディミトリが聞く。
「私の弟です…!可哀想なドイル、あんな、メッシー伯爵の娘なんかに見初められたりしなければ…!」
「メッシー伯爵?なぜその名前が今ここで?」
ウィルもアンソニーも首を傾げた。
メッシー伯爵家と言えば、半年ほど前に様々な悪事が明るみに出て、取り潰しとなった家だ。
伯爵夫妻は炭鉱での強制労働、伯爵の一人娘はその炭鉱の娼館送りになっていた。もちろん全てジャンの差金だ。
「先代のメッシー伯爵の時代から領民を搾取し、やりたい放題やっていたのをドットールー侯爵家に暴かれて、影も形もなくなったはずだが」
「今回の事件にどうしてメッシー伯爵家が関係するんですか?」
アンソニーの問いに、メアリーは怒りに満ちた声で答える。
「メッシー伯爵家の長女のマリーネが、公国に遊覧に来た時に私の弟のドイルに一目惚れしたんです。ドイルは医院を継がなければいけないから婿には出せないと、父が断ったのですが、メッシー伯爵は無理矢理ドイルを遠縁の子爵の養子にし、マリーネと結婚させました。そのせいでドイルはメッシー伯爵家の悪事に巻き込まれて…!あの子は本当に優しい子だったのに…!」
メアリーはたまらず涙をこぼした。
「だが、それがなぜクロー伯爵夫人と繋がるんだ?」
ウィルがメアリーの涙を無視して聞く。
「グスッ、クロー伯爵夫人のマチルダは、メッシー伯爵夫人のマリーネの妹です。マチルダは実家の復讐をするために、私に近づいてきたんです。一緒に姉弟の無念を晴そうと言って!」
「なるほど。ようやく話が繋がりましたね」
「実家のメッシー伯爵家が潰されたのはドットールー侯爵家のせいだと逆恨みしたクロー伯爵夫人が、低品質の薬を王国内に流通させて、ドットールー侯爵家の信頼を失墜させようとしたのか」
ウィルとアンソニーはようやく合点がいったと、大きく頷いた。
「あの女はこんなことも言っていました。『中毒性の高い薬物を王国内で流行らせれば、王家を弱体化させられる』と」
もう隠していても仕方ないと思ったのか、メアリーは聞かれる前から暴露した。
と、そこに扉を叩く者がいた。
「誰だ」
ディミトリが誰何する。
「薬物研究所のメディアです。昨日の薬物の分析結果が出ました」
まだ年若い女性の声が答え、シビアは部下にドアを開けるよう促した。
「失礼いたします」
小柄な女性が一礼して、ディミトリ達のそばにきた。手には分析結果を細かく示した書類を持っている。
「結果を報告してくれ」
ディミトリの声に頷いて、メディアは書類を見ながら結果を告げた。
「あのワインからは、これまで知られていない薬が検出されました」
「媚薬の類いか?」
大公が眉を顰めて聞く。
「使用する量に寄るかと。少量であれば媚薬として働きますが、量を増やせば麻薬として、さらに量を増やせば毒としても使えます。今回は命に関わるほどの量は認められませんでした」
メディアの説明に、それまで大人しくしていたアーゴク侯爵が声を上げる。
「ほら!だから言ったでしょう!毒ではないと!」
空気の読めない侯爵を、シビアがひと睨みで黙らせた。
「いずれにしても、隣国の王族に薬を盛ったんだ。貴様らの極刑は免れないものと思え」
ディミトリが冷酷な為政者の顔で告げると、アーゴク侯爵はがっくりと項垂れた。
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