本当の黒幕は?
ここはブートレット公国の宮殿にある地下室。シンプルな内装に最低限の家具しか置かれていないその部屋で、アーゴク侯爵一家は後ろ手に拘束されて床に座らされていた。
最初はジタバタとうるさかった三人も、公国の騎士団から剣を向けられて、ようやくおとなしくなっていた。
「アーゴク侯爵。どうしてこんなことをした?」
「隣国の王太子と公爵令息に毒を盛ろうとするなんて、正気の沙汰とは思えないな」
大公とディミトリが、厳しい顔で詰問する。
「ど、毒など!そんな物騒な物では…」
「毒じゃないとしたら、何なんだ?」
ディミトリは追求の手を緩めない。
「そ、それは…」
アーゴク侯爵は答えられない。
「自分達では飲むこともできない、答えることもできないような物が毒ではないと?」
大公が重ねて問い詰める。
「優しく聞いているうちに、おとなしく話した方がいいと思うけどね。我々も暇じゃない。このままダンマリが続くようなら、治安部隊に引き継がねばならないからね」
ディミトリの、優しげな顔に似合わない物騒な言葉に三人は青ざめた。
ブートレット公国の治安部隊は、カリーラン王国の特務部隊に相当する。尋問のプロ集団だ。もちろん汚れ仕事も厭わない。
「ち、治安部隊なんて、嫌よ!」
最初に根を上げたのはブリトニーだった。
「わ、私はお父様とお母様に言われた通りにしただけです!王太子殿下と公爵令息に媚薬を飲ませて誘惑するようにと!」
「「ブ、ブリトニー!何をっ!」」
アーゴク侯爵夫妻が声をあげる。
「媚薬?では、あのワインに入っていたのは媚薬だと言うのか?」
「媚薬の所持、使用は禁じられてはいませんが、その種類によりますね」
ブリトニーの自白に大公とディミトリは困惑した様子を見せた。
「それで、私とアンソニーを誘惑してどうするつもりだったのかな?」
それまで黙って尋問の様子を見守っていたウィルが初めて口を開いた。笑顔を浮かべてはいるが、目は笑っていない。
「そ、それは、二人が私を襲ったことにして、それを種に脅せば、言うことを聞くようになるからって…お母様が…」
「ブリトニー!あなた、何てことを!殿下、違うんです、これは何かの間違いで…!」
娘の自白にアーゴク侯爵夫人は、慌ててウィルに擦り寄ろうとするが、公国騎士団の剣に遮られる。
「ほう。ウィル様と私を思い通りに動かして、何をさせようと考えていたんですか?」
アンソニーも厳しい顔で問いかける。
「わかりません!私はそれ以上のことは何も聞いていません!私は何も知らないままお父様達に利用されたんです!」
ブリトニーは必死に自己弁護する。自分だけでも助かろうと必死だ。
「お、お前、親を売るのか⁈」
「そうよ!今まで可愛がってあげた恩も忘れて!」
「お父様もお母様も、私のことを庇おうともしなかったじゃない!」
自分達の置かれた状況をわかっているのか、家族喧嘩を始める三人にうんざりした顔を向けると、ディミトリは大公の指示を仰いだ。
「父上、どうしますか?」
「そうだな。こうしていても埒が開かない。侯爵夫妻は治安部隊に引き継ぐ。待機している部隊長を呼んでくるように。娘の方は貴族用の牢へ連れて行き、厳重に監視しろ」
大公は少し考えてから、騎士達へ指示を出した。
「「「「はっ!」」」」
公国の騎士達が散っていく。
ジタバタと暴れるブリトニーは、騎士が二人がかりで引き摺るようにして牢へと引っ立てていった。
「貴族用の牢とは、父上もお優しい」
「成人しているとはいえ、まだ世の中を知らないひよっこだからな。あの自白を聞く限り、嘘を言っているようにも見えん」
大公の言葉に、ウィルとアンソニーも頷く。
「治安部隊隊長シビア、ただいま参りました」
「おお、来たか」
「シビア、この二人を頼んだよ。よりによって隣国の王太子と公爵令息に媚薬を盛ろうとしたらしい。何を企んでいたのか、全て吐かせてくれ」
「かしこまりました。大公閣下、公世子殿下」
シビアと呼ばれた長身痩躯の男は、キビキビとした動きで、部下達に指示を飛ばした。
「アーゴク侯爵と夫人を連れて行け」
「ひっ!や、やめろ!やめてくれ!」
「触らないで!離して!」
騒ぐ二人の声を全く気にも留めず、治安部隊の隊員達は黙々と任務を遂行する。
「それでは、閣下、殿下、御前を失礼いたします。隣国からのお客人も、お目汚し失礼いたしました」
シビアは軽く一礼すると、部屋を出て行った。
「やれやれ、あの様子だと、あまり待たずにすみそうだな」
「全くです。最初から全部しゃべっておけばいいものを」
シビアを見送り、大公とディミトリが息をついた。
「ウィリアムもアンソニーも疲れただろう?場所を変えてお茶でも飲まないか」
ディミトリの提案に、ウィルもアンソニーも首を縦に振った。
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