小物達の悪あがき(続)


「まだ見つからないのか」


「はい。馬車が捨てられていた地点から四方をくまなく探しているのですが…」


ここは王都の中心地にある第一騎士団の詰め所。ウィル、アンソニー、エラリーは学園からそのままここに駆けつけていた。


「あの親子だぞ、隠れて移動するのは無理がある」


「そうなんですが…」


第一騎士団の副団長が弱り切った顔で答える。


「副団長!父親の方が見つかりました!」


そこに一人の騎士が慌てて駆け込んできた。


「何!見つかったか!」


「報告してくれ」


「はっ、王太子殿下…!これは失礼…」


「今は挨拶などは不要だ。男爵が見つかったのか?」


「は、はい!街へ向かう途中の林の中に倒れていたようです!」


「倒れて…?意識がないということか?」


「それが、首から血を流して倒れていたと。恐らく命はないものかと思われます」


「なんだと…?」


ウィルは眉を顰めた。


そこに、騎士団長であるエラリーの父が現れた。


「王太子殿下、ご報告申し上げます」


「キンバリー伯爵か。頼む」


「コモノー男爵は、鋭利な刃物で首を切られて絶命していました。近くにその刃物を拭ったと思われる、血のついたハンカチが落ちていましたが、そのハンカチは男爵親子が騎士達の意識を奪うのに使ったもののようです。薬物反応が出ました」


「して、男爵の息子の方は?」


「残念ながらまだ見つかっていません。恐らく男爵を殺したのは息子だと思われます」


「ですが、移送前に身体検査をするはずです。ハンカチは見逃しても、刃物を見落とすことはないのでは?」


ウィルの側に控えていたアンソニーが疑問を呈す。


「御者が護身用に持っていたナイフがなくなっていることが、新たにわかりました」


「息子がナイフを奪って逃走したというわけか」


「はい。騎士の剣は鍛えていないと扱えませんが、護身用の小型ナイフなら、力のない者でも容易に扱えますから」


「どうして息子が父親を…」


エラリーが信じられないといった様子で呟く。


「理由は後だ。今は一刻も早く息子を捉えなければ。伯爵、私も捜索に加わる。街へ向かう途中にある家々をしらみつぶしに探すぞ」


「「「「「はっ!」」」」」







騎士達が血眼になって捜索していた頃、コモノー男爵の息子のアグリーは、貸切馬車に揺られていた。



闇に乗じて街へとたどり着いたアグリーは、街外れにある貸し馬車屋に押し入った。


「この子供の命が惜しかったら、俺の言う通りにしろ」


まだ年端もいかない少女の首にナイフを突きつけ、アグリーは貸し馬車屋を脅した。 


子供を人質に取られ、貸し馬車屋の夫婦はアグリーの言いなりになるしかなかった。妻に夫を拘束させ、自身に食事を提供させると、アグリーは妻と娘を拘束した。家族三人をバラバラに閉じ込めると、アグリーはゆったりと仮眠を取った。


食欲と睡眠欲を満たしたアグリーは、娘を人質に取ったまま主人を脅し、馬車を中心街へと走らせた。


馬車の窓のカーテンを少しだけ開けて外の様子を伺う。


「…!あれは…」


「ふふふ、探しに行く手間が省けたな」


乗合馬車を降りて一人歩くクラリスを見つけて、アグリーは醜悪な顔をさらに歪めて笑った。








コンコン。


アンソニーが貸し切り馬車屋の家の粗末なドアをノックした。


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか?」


返事はない。


「留守でしょうか」


エラリーがドアを少し押すと、呆気なく開く。


「あ、開きました」


開けた本人が一番驚いている。


「鍵をかけずに外出したのか…?」


先に立って家の中に入ろうとするウィルを制して、アンソニーが先頭に立つと、警戒しながら歩を進めた。


「…人の気配がします…」


小声で呟くとアンソニーはエラリーに左側に見える台所を確認するように指示を出し、自分は家の奥へと進んだ。ウィルはその後に続く。


奥のドアのノブに手をかけ、パッと勢いよく開く。誰もいないのを見てホッと息を吐く。


「いませんね」


「…待て。このベッドは使われた跡がある」


ウィルは部屋の中に入るとベッドに手を伸ばした。


「まだ温かい。ここを使った誰かがいなくなってから、まだそれほど時間は経っていない」


ウィルとアンソニーが顔を見合わせて頷いた、その時だった。


「殿下!アンソニー様!来てください!女性がいます!」


台所に向かったエラリーが二人を呼ぶ声が聞こえた。


急いで台所へ向かうと、縛られていた縄を解いて、女性を椅子に座らせようとしているエラリーの姿が見えた。


「あなたはこの家の人ですか?」


アンソニーができるだけ穏やかな声で尋ねる。


エラリーが女性に水を差し出しながら、言った。


「何があったのか話してもらえないか」


女性はブルブルと震えるだけで、しばらくは声も出ないようだったが、エラリーが持ってきた水を飲んで一息つくと、ようやくゆっくりと話し出した。




「朝早く、朝食の支度をしていたら、ドアがノックされたんです」 


ドアを開けると太った汚い男がナイフを持って押し入ってきて、娘を人質に取られ、夫婦は男の言いなりになってしまったことを話す。


「それで、その男は今どこに⁈」


エラリーが意気込んで尋ねるが、女性は力無く首を横に振った。


「わかりません。娘を人質にしたまま、夫に馬車を出させる声は聞こえましたが…」


「何でもいい、男は何と言って馬車を出させていたのか、覚えていることを教えて欲しい」


ウィルも女性を怖がらせないよう、ゆっくり問いかける。


「私はここで縛られて動けなかったので、はっきりとは聞こえなかったのですが、確か、街へ向かえ、と聞こえたような…」


その言葉を聞いてエラリーは外に飛び出した。厩へ走りながら、大声で叫ぶ。


「馬を貸してくれ!代金は後でいくらでも出す!」


貸し馬車屋の厩舎には一頭の馬が繋がれていた。エラリーはその馬を外に連れ出すと、ヒラリと飛び乗った。


「クラリス嬢が危ない!あの親子は以前からクラリス嬢と母親を狙っていたんだ!俺は先に行きます!」


唖然としているウィルとアンソニーに向かって、大声で告げると、エラリーの姿はあっという間に見えなくなった。


「やれやれ、短気な奴だ」


「ですが、コモノー男爵令息が街に向かったとなると、確かにクラリス嬢が狙われる可能性があります!」


アンソニーが珍しく焦りながら言う。


「わかっている。マダム、この貸し馬車屋の許可番号は何番かな?」


ウィルがドアの前に立つ女性に尋ねる。


王国の貸し馬車は全て登録制で、営業を許可されると許可番号が発行される。どの貸し馬車も、目立つ所にその番号が掲示されているため、その番号が分かれば、男爵令息が乗った馬車を探しやすくなる。


「番号は、『960』です!」


「ありがとう。騎士を一人見張りにつけるので、あなたは家で休んでいなさい」


「娘は、娘と夫は大丈夫なんでしょうか…⁈」


「もちろん。必ずその卑劣な男を捉えて、娘さんとご主人を助けよう」


(民に害を為す輩は絶対に許さない)


ウィルは王太子の顔でキッパリと言った。

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