梅切らぬ馬鹿

大和成生

第1話 梅根性

 石田梅は真っ直ぐ前を見たまま立っていた。朝からずっと。


 朝の会でクラスの野口が手を上げた。

「石田さんがぁ僕のことをぉ鼻デカマンと言いましたぁ謝って下さいぃ」

語尾がムカつくその発言をうけて、先生が石田梅に立つように言う。

「何でそんなこと言うたんや?」

 先生の問いかけに石田梅は一瞬考えてから


「……鼻がデカいから」と呟いた。


 生まれもった身体的特徴をからかう事は人として恥ずべき行為だと先生が懇々と諭す。

「野口に謝れ」

先生の言葉に石田梅は真っ直ぐ前を向いたまま

「嫌です」

と答えた。

「何でや?!」

先生が強い口調で石田梅に詰め寄る。

「悪いと思ってないから」

石田梅はそう言うと野口を睨んだ。

「謝る気になるまでそのまま立っとけ」

先生がそう言って朝の会は終わった。

 そして六時間目が終了した今も石田梅は自分の席で立ったままだ。

 石田梅がなぜ野口に「鼻デカマン」と言ったのか、俺は知っていた。


 昨日の掃除の時間、クラスの女子に野口が、

「おまえ、眉毛ぼうぼうやな。きもー 毛虫みたい!」

と絡み、毛虫毛虫とはやし立てて泣かせた。

 石田梅は特にその女子と親しそうでもなかったが、野口のしつこさに腹を立てたのか、

「うるさい、黙れ!そういうおまえは鼻デカいやろが!この鼻デカマン!!」

と怒鳴った。

 先生に発言の理由を聞かれても言わなかったのは、クラスメイト全員の前で、毛虫と言われた女子の事を話すのをためらったのだと思う。


 石田梅は野口に謝ることを頑なに拒否し続け、結局その日の授業がすべて終了するまで、休み時間も給食の時間すら一度も座らなかった。


「石田、おまえはホンマに頑固やな」

先生が呆れる。

「明日も立ってた方がいいですか?」

石田梅の言葉に先生がため息をついた。

「もうええ。でももうそんなこと人に言うなよ」

と言う先生の言葉にも、

「わかりません。また言うてまうかも…」

石田梅はあくまでも強情だ。

「石田、梅やったな、おまえの名前。梅根性か…」

先生はつぶやき、もう帰りなさいと石田梅に告げた。


 教室を出て俺の前を歩いていた石田梅は、下駄箱の手前で突然走り出した。そしてそこで靴を履こうと屈んでいた野口のお尻に思い切り膝蹴りをかました。前につんのめった野口が悶絶する。

 フンッと鼻をならして靴を履き替え、石田梅は悠々と帰って行った。

 明日、朝の会でまた言われんのにな…と俺はため息をついた。


 家に帰ってから先生が言っていた【梅根性】を調べてみる。

【梅はなかなか酸味を失わないところから、頑固で変わらない性質、良い意味では頑張り屋さんのことをいいます】

 石田梅の事を言ってる様な言葉だった。


 次の日の朝の会では案の定、

「昨日ぉ石田さんがぁ僕のケツにぃ膝蹴りをぉしてきましたぁ謝って下さいぃ」

野口のムカつく語尾伸ばし発言があった。

例のごとく何故そんな事をしたのか先生が聞く。


「そこにお尻があったから」


 登山家か……先生は呆れてもうその日は立っとけとは言わなかった。

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