……あと

黒メガネのウサギ

第1話

 視界にうつっているのはヘッドライトによって照らされた範囲だけだった。ライトは上向きのハイビームになっているが、見えている範囲は百メートル前後といったところ。時速八十キロで進む車から見れば、その程度の距離は一瞬でしかない。

 時折、中央分離帯にある反射鏡が車の進むべき道を示し、それに従ってほんの少しだけハンドルをかたむける。手に重さと小さな振動が伝わり、落下防止のためにつけられた道路の壁に沿うように視界が流れていく。

 遠くに青い看板がぼんやりとみえる。次のパーキングエリアまで三キロ、と。

「結局、日付変わってるじゃねえか……ったく」

 悪態とともにため息が出てくる。あわせて出てきたあくびに抗うことができず、大きく口をひらく。涙で一瞬視界が無くなりかけるが、すぐに目の涙をぬぐって視界を戻す。それでも見えているものは自分の車から発せられるライトによって浮かび上がるアスファルトの道だけ。

 あとあるのはタイヤと路面が高速で接し続けている音と、車内のスピーカーから聞こえる音楽。無作為に流れるそれは何かの映画に使われているものだったはず。

 どんなことをしていても眠気をぬぐい切れない事に気づき、助手席に投げ出されている自分のバッグを左手でまさぐる。手の感触だけで目的の物を二つ見つけ出す。

 タバコの入った箱と昔から愛用しているオイルジッポーのライター。

 前方の道に合わせてわずかにハンドルを動かしつつ、左手でタバコの箱を軽く振る。すると、箱の中から茶色いタバコのフィルターがわずかにとびだしてきたのがうつる。それを歯で軽く噛むと、くにゃりとした感触が伝わってくる。そのまま箱から引き抜くと、タバコの全ての部分があらわになる。

 タバコの箱をバッグの方へと放り投げ、手に残ったオイルジッポーの蓋を左手の指で弾く。小さな金属の乾いた音とともに開くジッポー。親指の当たるところに少しだけギザギザとした感触が、指先に伝わってくる。指がすべらないようにひっかかりを与えている。

 そのひっかかりを利用して、親指に力を込める。金属同士がこすれる音とともに、左手の親指近くが少しだけ熱くなったのを感じる。そのまま、歯で噛んでいるタバコのところまで持ってくる。

 ジッポーの炎が視界の端にうつる。運転に注意をしながら、ジッポーの炎をタバコの先端に近づける。髪の焦げる音とともに赤く光るタバコ。口の中に少しずつ煙が入ってくる。さらに吸い込むと、煙がフィルターを通して流れ込んでくるのがわかる。

「ふうぅ」

 タバコを口からはなし、息をつく。吐き出された息とともに白い煙が車内に現れ、霧散していく。肺の中に煙を充満させたためか、頭の中にぼんやりと留まっていた眠気が口から出てくる呼気とともに流れ出ていく。ぼんやりとしていた視界もはっきりと見えるようになる。

 左手に火のついたタバコを持ちながらハンドルを握る。タバコの先から細く流れる白い線は、視界を奪うことはなかった。

 道路の真ん中に立つ反射板が遠くで少し曲がっている。山肌に沿って緩やかなカーブを描いているのだろう。その流れに沿うような形でハンドルを少しずつ傾けていく。反射板が右前から後ろへと流れていく。

 ふと、タバコが再び、視界の中に入る。そういえば、と昔のことを思い出した。

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