君の戦い 作:さめ

(Ⅳ)

Ch.0 終わりと始まり

Ep.1 人造天使

「この研究所もスカだねぇ」

 肩までの黒髪を揺らすと、少女——雛街菜音ひなまちなのは赤い瞳で周囲に倒れた戦闘服に身を包んだ男達を見下ろす。

「ここで6個全ての研究所がスカ。随分下請けが多い割に、情報が少ない。面倒だな」

 青交じりの腰辺りまでの銀髪のもう一人の少女は面倒くさそうに呟いた。

 日本で最も魔法研究が発展した都市、東京には、1000を超える研究施設が存在している。その1000以上の幾つがこの件に関与しているのか、考えるだけで頭が痛くなる。

 と、菜乃が不思議そうに首を傾げる。

「そういえば、それ、なんか変じゃない?」

 彼女が指を指す先には鉄製の扉が白い壁にぴったりと付いていた。

「防火扉だろう?」

 そう、ここは通路である。研究所ならば防火扉の1つや2つ、いや10や20、通路に設置されていない方がおかしいといえるだろう。

「でもさ」

 と菜音。

「あれ、サイズ的におかしくない?」

「サイズが、か……?」

 少女、夜ノ森月羽よものりつきはは 訝しむようにして紫の瞳を扉へ向けた。

 そうして思う。

 確かに、と。

 防火扉とは、本来火事が起こった際に通路を封鎖し、炎の回りを遅延する、もしくは防ぐといった役割を持つ。しかしながら、この扉の大きさは小さい。

 用途から考えれば通路いっぱいを塞ぐことができなければいけないが、扉の大きさは精々通路半分程度。

 タイプによっては、通路の両側に扉が付いていて、半分ずつ閉じるものがあるが、この扉の対面にはそんなものは存在していない。

「おかしい……」

 月羽が口を動かすと共に、菜音は扉に足を進めた。そして目の前で足を止めると扉に触れた。

(重い……)

 全体重を乗せて扉を押そうとしたのを諦め、彼女は2回、軽く扉をノックした。

 否。

 ノックというより、これは検査。

 彼女はすぐに扉の中央の辺りに耳を付ける。

 すると数秒後、菜音の鼓膜は、鉄の扉故小さくはあるが反響するような音を捉えた。

「これ、中になんかあるっぽい!」

「わかった」

 そう返事をすると、月羽は菜音の隣へ進み、自身の右手を扉の中心へ向けて伸ばし添えた。

「どう?」

 菜音は彼女の顔を見る。

「大丈夫。一応離れてて」

 月羽は菜音が頷き数歩下がったのを見た後で、扉の方へ視線を向けた。鉄製の扉、それも厚さ10センチはあろうかというもの。

 刹那。

 彼女の手がふれていた辺りが前方方向へベコリとへこみ、そのまま扉が吹き飛んだ。

「行くぞ」

 月羽は扉が吹き飛び露わとなった7畳程度の空間へを足を踏み入れていく。菜音もそれに続く。

 部屋は暗く、壁一面、全てが本棚になっていた。

 が、入っているのはファイル1つのみ。それも正面に1つ。

「なんだろね?」

 菜音はファイルを凝視する。

 当然、そんなことを聞かれても、月羽には答えることなどできなかった。ただ、防火扉に扮した隠し扉。それも厚さ10センチはある鉄の扉。

「まあ、スカということはないだろうな」

 月羽は菜音に視線を向けたが、菜音は首を振る。

「分かってるでしょー? あたし頭使うのはパス!」

「……わかった」

 月羽はファイルを手に取り、間も空けずに開いて、中にあった2枚資料に目を通す。

 そして数秒後。

 菜音は「ねえ」と月羽の肩を叩く。

「……」

「ねえ」

 再度かけられた言葉に、月羽は資料に視線を落としたまま声を出した。

「見つけた……」

 その一言に、菜音の顔色も変化する。

「天使を作る、場所……?」

「そう」

 数年間追ってきた研究、「人造天使」。人間の数段上位に存在しているといわれている天使、それを人造的に作り出そうという実験。

 東京都の裏組織やいくつかの研究場が闇の中で進行させていた実験であり、目的は不明だ。

 2人はこの実験を追っていた。どこの研究所へ行っても天使を作っている研究所は見当たらず、見つけられたのは下請けのの研究所の木端資料。

 それでも2人は阻止のために動いてきた。天使の降臨、それのリスクを知っていたから。

 だがここに来てようやく、手掛かりがつかめた。

 しかし月羽は眉をひそめていた。

「どうしたの?」

 菜音は正直うれしい気持ちも大きかったが、どうも彼女の表情が引っかかっていた。

 月羽は口を開く。

「人造天使の召喚実験が行われるのは、明日の……いや、今日の午前2時だ……」

「……っ!」 

 菜音はすぐさまポケットからスマートフォンを取り出し、時刻を確認する。

 1時30分……。

「場所は?!」

「第6区」

 第6区——、ここからならば20kmはあるだろう。

 もちろんのこと、2人は自家用車を持っているわけがないし、足からジェットを噴射できることもない。

「間に合わない……」

 部屋に転がる先程飛ばした扉の上に資料を放ると、月羽は視線を足元の方へと落とした。

(あの惨劇が……また起こる……)

 ひどく暗い顔をする月羽。

 菜音はそんな月羽の右手を両手で握ると、顔を上げた彼女の瞳をまっすぐに見た。

「まだ間に合うよ!」

「無理だ」

「月羽の魔法を使えば、ひとっとびでしょ?!」

「だが魔法は——」

 基本的に公共の場で使用することは禁止とされている、と彼女は続けたかった。

 そう、この街には一般人だって多く住んでいる。街中で魔法を使うのは危険すぎる。が、月羽はそんなことを言っている場合でないことも分かっていた。

 彼女は口を閉ざすと、少しの間を開け口を動かす。

「わかった」

 

 2人は走り研究所の施設内から外へ出た。月羽は菜音をおんぶする。

「しっかり捕まっていないと、落とすからな」

「お願いだから勘弁してね……」

 瞬間。

 2人の姿はその場から消え去った。

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