学園ダニエル

@oka2258

決勝戦

エーリス県の高校野球地区予選の最終戦。この試合に勝った方が高校球児の夢、甲子園への出場権を得る。


アース高校とキシダン学院の試合はシーソーゲームの末に予想に反してアース高校のリードで4対3、9回裏までもつれ込んでいた。


「昨年の夏、今年の春と連続で全国制覇を果たした覇者キシダン学院がここまで追い込まれるとは思ってもみませんでした」

アナウンサーの言葉に解説者も答える。


「ええ、決勝戦までキシダン学園の打線は四番バッターのヘンリー君を筆頭に予想通り打ちまくっていたのですが、この試合は一転してヒットはヘンリー君の二本のホームランのみ。


アース高校が予想外の善戦です。

昨年まで1回戦負けが当たり前だった同校が、今年の一年生を入れてこれほど変わるとは。

多くのレギュラーが一年生となり、面目を一新、今年は強豪校を次々と打ち破り決勝戦まで駒を進めました」


「確かに、今日も一年生のバース、カケフ、オカダが3連発で本塁打を打ちました。あれで一気にゲームの勢いはアース高校に傾きました。

そして、それにもましてピッチャーのダニエル君が素晴らしい。

160キロの速球とカーブとシュートの変化球で最小限の得点に抑えてます。

これで一年生とは、末恐ろしささえ感じます」


「しかし、流石のダニエル君も一人として気を抜けない強打打線を相手についに疲れが見えてきました。

9回裏キシダン学院はツーアウトながら満塁としました。1打出れば逆転です。

そして打席には4打数2安打2ホームランのヘンリー君」


「ヘンリー君は中学の野球部ではダニエル君の先輩で、随分と可愛がっていたそうです。そして、自分と対決するために他の高校への進学を勧めたとか。

因縁の対決となります」


キャッチャーのクリス、サードのカケフ、セカンドのオカダ、ファーストのバースが寄ってくる。


「あと一人が遠い。

ここでヘンリー兄さんかよ」

こぼすダニエルにカケフが言う。


「自信がなければ歩かせてもいいぞ。

押し出しだが、次の5番を打ち取れば延長戦だ。

まだ勝てる可能性はある」


そこにはるばるレフトから駆け寄ってきたノーマが口を出す。

「そんな弱気でどうするが。ダニエルさぁ、ヘンリー先輩も同じ高校生、今日も半分は打ち取っているやろう」


「まあ、2回とも完全に捉えられていた。

お前のファインプレーのおかげでアウトにはなったがな。

くそっ、ヘンリー兄さんを討ち取れる未来が見えない!」


「愚痴を言うな。

ここを押さえれば甲子園だ。

お前は実家を見返すためにプロに指名されてスターになるんだろう」

オカダに言われて、ダニエルは気持ちを切り替える。


「よし。

生半可な気持ちでは抑えられない。全力でいく。

ここで三振で討ち取り、今晩のニュースに出てやる」


「その意気じゃ。

勝ったらアタイがキスしちゃる」

ノーマが激励する。


この女とも妙な縁があったなとダニエルは思う。

彼女は、ダニエルと仲の悪い兄ポールの婚約者ジーナの妹であり、女子野球の第一人者であった。

両家の顔合わせの際に、ダニエルがピッチャーで甲子園を目指していると聞き、勝負を挑んできた。それに完敗してからは自分も同じ野球部に入り、自称ダニエルの婚約者である。


「よし!

後ろに飛べばお前達の守備が頼りだ。頼むぞ」


「「オー!」」

それぞれがポジションに散っていく。


「ダニエル様!頑張って!」

ベンチからはマネージャーのイングリッドが声援を送る。


彼女は繁華街で不良に襲われていたところをダニエルが助けた縁でマネージャーとなり、一生懸命にその仕事に励んでいたが、特に甲斐甲斐しくダニエルの世話を焼いていた。


ダニエルは汗を拭い、ヘンリーがバッターボックスに入るのを見守る。

ヘンリーはニヤリと笑って、ダニエルに何かを話しかけているようだ。


「こんな大舞台でお前と勝負出来るとは嬉しい限りだ!」

声は聞こえないが、その嬉しげな顔からはおそらくそんなことを言っているのだろう。


家族から見放されネグレクトされていた幼い日のダニエルに会い、兄代わりとなって野球の楽しさを教えてくれたのはヘンリーである。


(ヘンリー兄さん、ここであなたに教えてもらったオレの全力を見せます。

それがオレの恩返しだ!)


ダニエルは投球動作に入る。

第一球はインコース高めの胸元に速球を投げる。

ダニエルの豪速球が近くに来ればたいていのバッターはのけぞって逃げるが、ヘンリーは微動だにしない。

「ボール」と審判が言う。


クリスは次を外角にリードするが、ダニエルは首を横に振る。

そしてもう一球、更に内側へ、避けなければデッドボールとなる球を投げる。


ヘンリーはわずかにのけぞり、ボールを躱す。

敵ベンチからはビーンボールか!と怒鳴り声がするが、ヘンリーはダニエルに笑いかけ、ホームベースの上にバットで円を描く。

ストライクを投げろ、敬遠などするなという意味だ。


のけぞらせて恐怖心を高めてから勝負するなどという姑息なことを豪速球を持つダニエルは今までしたことがない。

それだけ追い詰められており、しかもそれをヘンリーに見破られている。


(苦しいな、いっそ押し出しでも歩かせた方がいい)とクリスは思い、外角遠くに外す様に要求する。


しかし、ダニエルはそれを拒み、なんと次にど真ん中にストレートを投げてきた。

クリスは快音が響くことを覚悟したが、ヘンリーも意外だったのかそれを見逃す。


「ど真ん中とはいい度胸だ、なあクリス」

クリスもヘンリーの後輩である。


「どうも。どこでも打ちそうな強打者への配球に苦労してるんです。

先輩、後輩の苦労に免じてあと2回空振りしてくださいよ」

クリスの軽口にヘンリーは言う。


「嫌なこった。

小中と鍛えてやった成果を見せてみろ。

俺はこれが楽しみでお前達を他所の学校に行かせたんだ」


無駄口は終わり、ダニエルが次を投じる。

真ん中から内に食い込むシュートをヘンリーは打つが、レフトへの大きなファールとなる。


「ツーボール、ツーストライクになりました。

ヘンリー追い込まれた。

ここでダニエル君は決め球を投げるか。

いよいよ大詰め、目が離せない一瞬です」


ダニエルはヘンリーの顔を見るが、余裕綽々である。

(ヘンリー兄さん、これが育ててもらった恩返しだ!)


ダニエルは渾身の力を込めて外角低めの速球、160キロを超えているだろう、それを最も打たれにくいところに投げる。


「やはりここか。

内角で崩して外角で決める。

定番だが理に落ちすぎなんだ、お前の配球は!」


カキーン!

ヘンリーの一打は左中間に大きく飛ぶ。


「ヘンリー君、打った!

外角低めを強引に引っ張った!

俊足のレフト、紅一点の美しすぎる野球選手ノーマがそれを追う。

彼女は先程もヒット性の当たりを大ファインプレーでキャッチしたが今度はどうだ?

ノーマ、大きく飛びついた。グローブの中に入ったか?

いや、グローブからボールがこぼれる。

三塁ランナーはホームイン、二塁ランナーもホームを狙う。

いまノーマからキャッチャーのクリスにボールが投げられる。

クロスプレーだが、審判の判定は?」

アナウンサーが大きく叫ぶ。


「セーフ」

審判の手が横に開かれる。


「セーフ、セーフです!

キシダン学院、ヘンリー君の一打でサヨナラ勝ち!

残念、アース高校は敗退です。

俯くダニエル君にナインが駆け寄ります」


「すまん。

最後の最後でやられちまった」

ヘンリー兄さんなら仕方ないと意外とサバサバしたダニエルだったが、外野から来て大泣きして謝るノーマを見て慌てる。


「アタイがちゃんとキャッチしていれば。

ダニエルさぁ、みんな、ごめんなせ。

ここで自裁して責任ばとる!」


普通なら冗談だが、この女は本気だ。

すぐにでも隠し持つナイフで頸動脈を突くかもしれない。


ナインは全員が[お前、早く止めろ]とダニエルを睨む。


「やめろ!

あそこまで追いつけるのはお前だからだ。

ノーマは良くやってくれた。感謝している。

全てはオレの責任だ」


「じゃあ、頑張ったアタイに褒美ばほしか。

今度の休みはデートしよごたっ」


(うーん。

しかし、イングリッドと大会が終わった後の休みに買い物に付き合う約束をしていたしなあ)

悩むダニエルにナインが言う。


「ダニエル、ここまで勝てたのはノーマの貢献が大きいぞ。

こんなに頑張ったのだからデートしてやれよ。

大会が終われば暇だろうが」


「そうそう。

デートの一つや二つしてやれ。

練習は休んでいいぞ」


(こいつら、オレがイングリッドと約束しているのを知っているだろう!)

オカダもカケフもクリスもニヤニヤしている。


大泣きしているノーマと宥めるダニエルを見て、敗北を受けて深刻な話をしているのかと気遣った審判はデート云々を聞いて呆れ果て、「君たち、整列しなさい!」と怒鳴りつける。


「キシダン学院対アース高校の試合は5対4でキシダン学院の勝ち。

礼!」

審判の声でお互いにお辞儀をする。


「ダニエル、ちょっと来い」

ヘンリーに呼ばれてダニエルは飛んでいく。


「俺の予想の上を行くいい投球だったぞ。正直負けるかと思った。

しかし配球が読みやすすぎる。もっと考えろ。

来年はもっといい勝負するぞ!」


「はい!

兄さんも全国制覇頑張ってください!」

ダニエルは誰よりも褒めてほしかった人に褒められて上機嫌である。


「ここで負ければお前に合わす顔がない。

優勝旗を持って帰って見せてやるさ」

ヘンリーはダニエルの頭を撫でて、去っていく。

この後、彼はヒーローインタビューが待っている。


「さぁ帰るか」

荷物をまとめて、ダニエルがチームメイトと何を食うかと話をしながら外に出ると、そこには気の強そうな美少女が立っていた。


「ダニエル会長、さっきの試合は何?

県大会勝ってみせるから見に来いと言っておいてあの様は何?

まあいいわ。

さあ、遊びも終わったし、仕事に戻るわよ」


「レイチェル副会長様、試合が終わったあとでクタクタなんだ。

今日は休ませてくれ」

嘆願するダニエルの首根っこを捕まえてレイチェルは冷然と言う。


「球遊びにかまけて、生徒会の仕事が溜まりまくりよ。

中身は見てあげたけど、会長のサインがいるものがいっぱいあるの。

学校に向かうわよ」


レイチェルは親族との相続争いで弟ともども誘拐されかけていたのをダニエルが助けたことが縁となり、その後付き合いがある。

そして彼女の策略でダニエルは一年生にして生徒会長とならされ、副会長のレイチェルと学園を切り回す仕事に従事させられていた。


「ちょっと待ちたもんせ。

ダニエルさぁは疲れちょい。アタイと遊びに行って疲れを癒やさにゃなりもはん。

そんなつまらん用ば明日にしたもんせ」

ノーマが口を出す。


あーあ、ナインは空を見上げて、彼らと距離を置き始める。

この二人はダニエルを巡って犬猿の仲である。


レイチェルはずっと大会でダニエルといられなかったので非常に機嫌が悪い。

「何がつまらない用なのかしら。

つまらないのは球遊びの方じゃないの?おまけにそんなものに負けて。

ああ、負けた原因は誰かさんがボールを落っことしたせいだったかしら。

アタイに任せておけって言ってた、いつもの大言壮語はどこに行ったのかしらね」


挑発に挑発を返すレイチェル。

一番今言われたくないことを言われたノーマは怒りで顔を赤くし始める。


ナインは一人二人と姿を消す。

しかし最後に残ったクリスは泣きそうなダニエルに袖を掴まれて逃げ出せなかった。


その間、二人の美女は激しい言い争いをして、道路を通る多くの人の注目を集めている。


なすすべもなく立ち尽くすダニエルの後ろから声がする。

「ダニエル様、わたしと一緒にこの修羅場から逃げ出しませんか?」

いつのまにかイングリッドが背後で囁いていた。


「いつまで待ってもあの猛獣達の争いは収まりませんわ。

ならば三十六計逃げるに如かずですわ」


ダニエルは疲れていたのか、後のことも考えずにその甘言に乗る。


あとで奢るからとクリスに頼み込み、帽子を深く被らせて身代わりとしてそこに残し、イングリッドに手を引かれて逃亡する。


そのまま彼女とぶらついて、ご飯を食べてデートを楽しむダニエルは、その後、帰ってきたところを野球部の寮の前に仁王立ちする二人の般若に捕まり、一晩中正座と説教される未来を知らなかった。


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高校野球を見て思いつきました。

せっかくバース、カケフ、オカダがいるのだからと書いたのですが、何故か最後の主役は女性陣になってしまいました。
















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