おかえり、お姉様(1)

 仕方のないことなのだけれど――。


「私はなにも間違ったことをしていないわ」


 この姉、一年を経てこれである。


 テオドールの断罪劇から一夜明け、朝の王宮。

 魅了の後遺症を考慮し医務室に預けられた姉を見舞いに来た私は、相変わらずの態度にうんざりとため息を吐いた。




 あの断罪劇の後。

 テオドールは速やかに拘束され、テオドールが連れてきた従者もまとめて捕まえた。

 彼らは現在、フィデル王国にて監禁中だ。今後の対応が決まり次第オルディウスに身柄を引き渡し、裁判はそちらで受けることになるだろう。


 その『今後の対応』については、訪問中のリオネル殿下と協議を重ねていた。

 ひとまずはオルディウス皇帝に事件の顛末を知らせるため、殿下と共同で使者を出したところ。これで少なくとも、テオドールのフィデルでの悪行は正しく皇帝に伝わってくれるはずだ。


 ちなみに使者の報告に、『私がテオドールに手を上げた』事実は伏せられている。

 テオドールは『不敬罪だ』とかなんとか騒いでいるけれど、リオネル殿下が『見ていない』と言ったからには仕方がない。


『か弱いご令嬢に、頬が腫れるほど人を殴れるとは思いません。きっと兄は自分で転んだのでしょう』


 とは殿下のお言葉。よくできたお方である。


 テオドールの持っていた魅了の魔道具も没収済み。魔術師が調べたところ、やはり魔道具は回数制限があったようで、姉の魅了を解いた後は完全に力を失っていたという。

 姉に残っていた魅了の紋様も消え、ひとまず魅了騒ぎ自体は解決。

 残るは山のような後処理と――――。


 これからの、姉の処遇についてだけだった。




「……お姉様、他におっしゃることがあるのでは?」


 そういうわけで、見舞いにやってきた医務室。

 思わず渋くなる顔を見舞いの花で隠しつつ、私は低い声でそう言った。


 顔を隠しているのは、部屋に姉と私以外の人間がいるからだ。

 人払いをしたため医者の姿こそないけれど、私より先に見舞いに来ていたヴァニタス卿と、なんでか私の見舞いについてきたジュリアンがいる。

 ジュリアンはさておき、卿の前で素を晒すわけにはいかない。あくまで可憐な令嬢の態度は崩さずに、私はにこやかにベッドの上の姉を睨みつける。


「これまでのことは、卿からお話をうかがったのでしょう? お姉様、ご自分がなにをしたかご理解されていますか?」


 先に来ていた卿が、姉に事の次第を説明したということはすでに聞いている。

 ならばいくら姉でも、自分の立場くらいは認識しているはずだ。


 テオドールに魅了されていたとはいえ、国外追放の身でありながら戻ってきたことも、王宮の人間たちを魅了しようとしたことも、本来であれば許されることではない。

 実際に、王宮では姉の処遇について意見が大きく揺れていた。


 本人が魅了魔術を使うことを望まず、事前に解呪を伝えていたことを酌量の余地とするべきか。それを加味してもなお、危険人物として排除するべきか。

 姉の魅了が判明してからずっと続けられてきた議論は、一年前の一件があるだけになかなか定まらなかった。


 だからこそ、私とジュリアンはこんなやり方を選んだのだ。

 あの断罪劇は、単にテオドールを油断させて逃がさないためだけではない。

『一年前の再現』をすることで、姉の本音を引き出すためでもあった。


 酌量とは、つまりは同情だ。

 姉が王宮の人々の哀れを誘えば誘うほど、与えられる処遇も甘くなるのである――が。


「理解しているわ。当たり前でしょう」


 姉の態度はこの通り。

 ベッドの上で半身を起こしたまま、彼女は不機嫌そうに顔をしかめた。


 そうして、強張った声でこう言った。

 気丈な琥珀色の瞳に、怒りにも似た色を湛えながら。


「殿下――いえ、フレデリク様からすべて教えてもらったもの。これまでのこと、すべて。――あなたたちが、一年前にしたことも」


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