一年前の再演(5)

 魅了は人を変えるという。

 テオドールはたしかに、かつてのジュリアンの印象から大きく変わったのだろう。

 だけどもう一人、明らかに変化している人物がいる。


 一年前より悪化した、一年前はここまでではなかった人物が。


 ――……お姉様。


 姉は自信過剰で傲慢で、しかも下手に実力があるから自分を傲慢とも思わない。

 常に自分が正しいと信じ、正しくあろうとして、正しさを貫くだけの力があった。


 自信過剰なほどの高い理想。傲慢なくらいの高潔さ。破滅的とさえ言える正義感。

 自分の力は人のため。魔術のすべては国と民を守るためにあると信じる姉にとって、魅了魔術は許せるものではなかった。


『――――私は、この力を発現させるつもりはないわ』


 自分に魅了魔術の才能があると知ったとき、姉は真っ先に私のもとへ来た。

 まだ、王都の同じ屋敷で暮らしていたころ。夜遅く、使用人たちさえ誰もが寝静まった時間帯。

 姉は人目を忍び、寝間着姿のまま、声を落として私にだけ打ち明けたのだ。


『魅了魔術は存在するだけで国を荒らすものよ。私はこの力を発現させないし、誰にも言うつもりはない。ずっと隠し通すつもりでいるわ』


 でも――と言って、姉は表情を硬くした。

 恐れと不安、固い決意の奥に――強い信頼を宿して。


『でも、あなたにだけは解呪方法を伝えておきます。私のことが嫌いなあなたに』


 ――姉は。


『あなたなら、私の思い通りにはさせたくないでしょう。私だって、あなたに好かれるなんて気持ち悪くて絶対に嫌。だから私は、万が一魅了を発現させたとしても、あなただけは魅了しない。この先なにがあったとしても、絶対に』


 ――――私のお姉様は。


『――ねえリリア。これがどういう意味か、わかるでしょう?』


 魅了を使うような人間じゃない。

 魅了を考慮しながら、ジュリアンは『姉が相手だから』と油断した。

 魅了を目の当たりにしても、王宮の誰もが『魅了を使う姉』を信じられなかった。

 みんなみんな、姉がどういう人間かを理解していたからだ。


 姉は追放された。自分の行動のために、傲慢さのために、理想を追いすぎたがゆえの、視野の狭さのために。

 高潔であればこそ、姉はこの国にはいられなかった。


 そんな姉が。腹が立つほど純粋な姉が。苛立つほどに自分を曲げられない、どこまでも馬鹿なあの人が――――。


 ――――自分の意志で、魅了なんて使うもんか!!






『ねえリリア。私の言いたいこと、わかっているでしょう――――』


 姉がフィデル王国に戻った、最初の夜。

 寝起きに抜け出したような格好で、誰にも見られずひそかに私の部屋を訪ねてきた、あのとき。


『あなただけは魅了しない。他の誰を魅了しても、絶対に』


 細められた目。つり上がった口角。引きつるうように歪んだ頬。

 あまりにいびつな、笑みとすら呼べない表情を浮かべて――――。


 姉は泣いていたのだ。

 である、赤い紋様を私に見せながら。

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