変わりゆく王宮(3)

 ジュリアンの長い指が、姉の髪を絡めとる。

 紫の目は細められ、うっすらと笑みを浮かべた口がなにか囁いている。

 手つきは優美で、髪にしか触れていないのに奇妙なほどなまめかしい。

 傍から見ていても、二人の親密さが伝わってくるほどに。


「………………リリア?」


 その手が、ふと止まる。

 テオドールを探す姉の向かう先。鬱蒼とした裏通りの影の中に、私がいることに気が付いたのだろう。

 彼は私の姿を目に映すと、ひどく驚いたような――戸惑ったような顔で目を見開いた。


 ――……どうしてそんな顔をするのよ。


 らしくない彼の反応に、上手く表情が作れない。

 感情を隠さなければと思うのに、どうしてか強張ってしまう。


「あ…………」


 声を漏らしたのはジュリアンの方だ。

 険しい顔の私を見て、彼はもの言いたげに口を開く。


 そのまま、迷うような口が動く――が。


「リリ――――」

「リリア! あなたはまた、私の大切な人に手を出そうとしたのね!?」


 それよりも先に、甲高い姉の声が響き渡った。

 姉は大股で私に歩み寄ると、感情的に私の腕を掴んだ。


「テオドール様になにをしようというつもり!? 今度はどんな嘘を吐いたの!」

「お姉様、いえ。私はただご挨拶をさせていただこうと思っただけで……!」

「黙りなさい! 私は騙されないわ!」


 姉の力は強い。力加減など忘れたように私の腕を締め付け、どうやら爪まで立てているらしい。

 刺すような鋭い痛みに、私は思わず顔をしかめた。


「…………お姉様」

「いつもそう! いつもあなたは、なんでもない顔をしてそうやってこそこそと! 私がなにも知らないとでも思っているの!?」


 だけど姉は、私の反応などお構いなしだ。

 目にすら入った様子もなく怒鳴りつけると、今度は嫌悪するように私の手を荒く振り払った。


「――――いえ。いいえ。でも、それももう終わりよ。……リリア、あなたは明日を待っていたのでしょう? 明日になれば、使者が戻ってきてすべてが解決する。そのために、今日まで王宮を維持したのでしょう?」

「…………それは」


 見透かしたような姉の言葉に、私は内心でぎくりとする。

 心臓が握りしめられたかのように竦み、鼓動がいやに早くなる。

 じわり、と額に冷や汗がにじんだ。

 姉の次の言葉を待つ時間が奇妙なほどに長い。


「いいわ――明日。あなたの期待する、明日で決着をつけてあげる。その期待を全部、粉々にするために」

「………………」

「明日、大広間で待っているわ。――――その意味が、わかるわね?」


 私は無言のまま、激情を宿した姉の目を見上げる。

 まだ動悸は収まらない。それでもやはり感情を隠し、長い息だけをひそかに吐く。


 姉の言葉の意味は分かっていた。

 大広間は、姉が追放を言い渡された場所だ。


 姉はそこで、あのときの再演をしようと言うのだ。

 今度は私が姉の立場で、姉が私の立場となって。


「明日まで、本当に王宮が持つといいわね。――本当に使者が来るといいわね?」


 ふふ、と楽しそうに笑うと、姉は用が済んだと言うように私に背を向けた。

 姉のあとをテオドールが追い、他の令息たちが追い――。


 ジュリアンだけが、一瞬だけ逡巡するように私を窺い見てから、やっぱり姉を追って去っていった。

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