魅了魔術(6)

「――――なるほどね」


 一通り私の話を聞き終えると、ジュリアンは渋い顔で長い息を吐いた。


「やっぱりルシアはそういう感じかあ。そんなところだろうとは思っていたけど、これではっきりした」


 腕を組みなおし、ずるずると椅子に沈み込むジュリアンを横目に、私もまた息を吐く。

 姉の考えがわかったところで現状は変わらない。

 問題は姉をどうするかの方で、そちらはなにも解決していないのだ。


 そしてさらに問題なのは、その『どうするか』を私たちだけでは決められないところにある。


「……今回のお姉様のこと、陛下はなにかおっしゃっていた?」


 半ば不安を抱え、私はジュリアンに尋ねる。


 姉は一度国外追放をされた身だ。

 そのうえに隣国の皇子を連れて戻ってきた。

 もとは国内の問題だったものを、国際問題にまで変えてしまったのだ。


 そのことを、陛下がなにも思わないはずがない。

 厳罰があってしかるべきだろうし、陛下ご自身が事件解決に乗り出すのは間違いない。

 少なくとも、黙って見ていることはないだろう――と。


 思っていたのだけど。


「いや、なにも」


 ジュリアンはあっさりと首を振った。

 ついでに肩も竦めてみせた。


「相変わらず丸投げだよ。さすがに叔母上や幼い令嬢令息は王宮の外に逃がすつもりみたいだけど、それだけ。ルシアのことには一切手を出すつもりがないみたいだ」


「――――え」


 対する私は、あっさりとは受け止められない。

 聞いた言葉が信じられず、私は呆けたまま瞬いた。


 ――この状況になっても?


 なお、陛下は手を出すつもりがないという。

 魅了を携えた姉さえも、黙って見ているつもりというのは――。


「…………助かるわね。その方がやりやすいわ」


 とてもありがたい。

 正直に言って、横やりが入るのを恐れていたくらいだ。


 陛下が口出しをされるというのは、不敬ながらも非常にややこしい。

 この国の最高権力者は陛下であり、ジュリアンも陛下のご意向には逆らえない。

 もしも私たちが今後の方針を決めたとして、陛下が却下したらそこでおしまいなのだ。


 そうでなくとも、いちいち陛下の許可を取るのは面倒くさい。

 ジュリアンの一存に任せてくれるというのは、今一番陛下に望んでいた判断だった。


「それなら、私たちで好きに動けるわね。ひとまず、これからどうするかを考えないといけないわ」


 気を取り直すように座り直し、私はジュリアンに向かい合う。

 さてここからが話し合いだ。姉の魅了。隣国の問題。王宮での対処法を、じっくりと考えなければならない――。


「いや、どうするかは決めたよ」


 と意気込む私に、彼はやはりあっさりと言ってのけた。


「ルシアの話って、つまりは君だけはどんなことがあっても絶対に正気って意味でしょう?」

「は」

「それなら、あとのことは君に任せたよ」

「――――は」


 軽い口調でジュリアンは言う――けど、なんだって?

 あとのことは私に任せる?


 嫌な予感がする。

 嫌な予感がする。

 嫌な予感がする。


 嫌な予感がする私に、ジュリアンがにこやかに笑う。


「じゃ、僕はルシアの魅了にかかってくるから」


 は――――。


 ――――はあああああああああああ!?

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