不穏の予兆(2)
「……わからない?」
どういう意味かと、私は眉をひそめた。
『気付かなかった』でも『逃げられた』でもなく、『わからない』。
どう考えても、姉を見逃した理由になっていない。
「本当にヴァニタス卿がそんなことおっしゃってるの? なにかの間違いではなく?」
性格は生真面目。報告は的確。
誤魔化しも曖昧な物言いもしないヴァニタス卿が、そんな報告をするとは信じられない。
鳩に持たせた書簡を入れ替えたと言われた方が、まだ納得できる。
だけど、ジュリアンは私の疑問をすぐに否定する。
「本当だよ。筆跡も卿のものだ。ただ、実際にルシアを見たのは卿ではなくて、部下たちだったみたいけど」
その部下たちは、国境警備中に隣国皇子テオドールたちを乗せた馬車を見つけたという。
馬車にはオルディウス皇家の家紋があれども、そこは荒れた国境付近。皇家を狙う恐れ知らずの賊がいるかもしれない。
もしも馬車の持ち主が入れ替わっていたら大変だということで、一応は中を改めさせてもらったそうだ。
そこで、部下たちは姉の姿を見た。
従者の姿をしていても、かつての聖女である姉を見間違えるはずはない。
たしかに姉だったと、彼らは口をそろえて主張している――が。
「ルシアだとわかっているのに、そのまま素通りさせたらしい。それから数日間、ヴァニタス卿に報告もしなかった。部下五人、全員が全員だ」
「…………」
「で、数日後。夢から覚めたみたいにルシアのことを卿に報告した。それで卿は、大慌てで鳩を飛ばしてきたってわけ」
ジュリアンはそこで言葉を切る。
静かになった部屋で、私は呆けたように瞬いた。
彼の話をどう受け取っていいのかわからない。
部下たちが姉の存在を見逃していたのなら、数日後に報告をすることはないはずだ。
姉がいるとわかっていて逃げられてしまったのなら、すぐに報告をするだろう。
あるいは、自分たちの失態を隠すために口裏を合わせたとして――そうすると、今度は数日後に報告をする理由がなくなってしまう。
彼らの行動に、それこそ『筋の通ったまっとうな理由』がつけられない。
「リリア、実はもう一つ奇妙な話があるんだ」
困惑する私に追い打ちをかけるように、ジュリアンはそう言った。
前のめりに身を乗り出し、窺うように私を見上げ――彼が口にしたのは、意外な問いだ。
「君、テオドール皇子がどんな人物か知ってる?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます